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第9章ー2




 配属先が決定した日の夜、自室でユイカはミナとちょっと良い紅茶にちょっと良いモノを入れて、美味しいお菓子を広げ、研修お疲れ様会を開いていた。


 深夜に近い時間帯。明日が休みということもあり、二人ともリラックスした表情でベッドに座っている。


「貴賓宮、一緒だったね! ユイカ様と一緒だなんて、心強いよ~」


 ミナがホッとしたように胸を撫で下ろしながら言うのを、ユイカは苦笑しながら答える。


「ミナ様、貴賓宮での研修の間、帰ってくるなりベッドに直行だったもんね」


「うん。先輩方が完璧超人過ぎてちょっとした恐怖だった。いまだにどうして私が貴賓宮に配属されたのか分かんないもの」


「確かに。他の宮とは雰囲気が違ったよね」


 二人で笑い合う。入宮してから三週間の間に、ユイカとミナはいつしか敬語ではなくなり、お互いに心許せる友となっていた。


「ね、ユイカ様はどの宮が一番きつかった?」


「うーん……宮がってより、その時の状況が大きいけど王女宮かな」


『さすがアルが見込んだ新人ね。ユイカ・フォン・フォルンシュタイン男爵令嬢』


 ロザリンデ王女殿下が放ったこの言葉で、ユイカの扱いが一気に変わったことが思い返される。


「王女殿下がユイカ様を特別視するようなことを仰ったんだっけ?」


 詳しい状況を知らないらしいミナは、首を傾げて続けた。


「でも王女殿下って、おっとりなさっててお人形みたいな完璧な美をお持ちで、ふんわりした物言いをなさっていた記憶しかないんだよね。だから、王女殿下が何か仰ったからってそこまで周りが変わるなんて想像できない」


「あ、うん。そうだよね、あはは」


 ユイカは苦笑するしかなかった。『お人形みたいな完璧な美』という認識だけは全力で肯定するが、他の認識はユイカとまるで違う。


(あの中身イケメンチックな振舞いと、一気に空気を締めるあの雰囲気を知っている人ってどれくらいいるんだろう)


 そんなことをぼんやり考えていると、部屋のドアをノックする音が聞こえた。


『ミナ様、洗濯物をお持ちしました』


 ユイカとミナは顔を見合わせる。


(こんな時間に洗濯物って……)


 ミナが立ち上がってドアを開けに行くのをユイカは見送った。すると、ガタン、と物がぶつかるような音の直後にミナの声が聞こえた。


「ちょっと、大丈夫!?」


 ユイカが慌ててドアに向かうと、エマの肩を支えているミナがいた。


「大丈夫です、ちょっと立ち眩みがしただけですから」


 まだ顔色が悪い。


「大丈夫じゃないですよ、ちょっとここで休んでいってくださいよ」


 ユイカの言葉に、エマは無表情のまま首を振った。


「いえ、大丈夫です。これで仕事も終わりですし、このまま自室に戻りますのでご心配なく」


 真っ白な顔で、頑なに拒否し続ける彼女を見ていたユイカは自身の頭の端で何かが切れる音を聞いた。


 ここで何か行動を起こすことでエマたちフロアメイドとの関係を悪化させるかもしれない。でもユイカにはカイの声が聞こえた気がした。


『貴女は貴女が正しいと思うことをしてください』


 ユイカはひとつ頷き、エマの手首を掴んでそのまま自分のベッドに進んで困惑した様子のフロアメイドを座らせた。


「ミナ様、エマ様が逃げ出さないように見張っててください。私は温かいお茶を淹れてきます」


「分かった~」


「ちょっ、必要ありませんって!」


「まぁまぁ、このまま仕事が終わりなら良いじゃないですか~」


 そんな二人のやり取りを聞きながら、ユイカはポットからお茶を注ぎ、温かくて甘い紅茶を準備してエマの元に戻った。


「どうぞ」


「結構です」


 エマはミナにしっかり手を繋がれたままベッドには座っているが、ユイカには目もくれずに言った。


「まだ顔色悪いですよ?。せめて身体を温めて糖分摂取してください。こんな時間まで働きづめなんて、本当に倒れちゃいますよ」


「配置人数が少ないんだから仕方ないでしょ? それに、倒れても貴女には迷惑をおかけしません。放っといてください」


「本当に迷惑かけないって言いきれます?」


 ユイカはずいっとエマの前に顔を近づけた。


「?」


「この状態の貴女を私たちが引き止められずにエマ様は部屋を出て行かれるとしますよね、残された私たちが取る行動は次のうち、どれでしょう?」


 ユイカは二本指を立てた。


「一、諦めてそのまま寝る。二、心配だから追いかける」


「……そのまま寝れば良いじゃないですか。実際他の部屋を回ってた時の方が体調悪かったですが、他の女官さんたちは特に何も言いませんでしたよ?」


「不正解です。私たちは貴女のことが気になって気になって仕方なくなります。ねぇ、ミナ様」


「そうですよ。その結果、倒れているかもしれない貴女を寮中探し回ります」


 ミナの言葉を受けユイカが引き継ぐ。


「そして見つけたとしても、きっと貴女は頑なに休むことを拒否する。けれど私たちも引かない。その結果、大騒ぎになります、そして私たちはきっと『うるさい』と叱られます。その場合、迷惑をかけないことになりますか? どうですか? エマ様!」


「何その飛躍的な想像。それは貴女たちが勝手にすることですから私には……」


「本当に関係ないと思いますか?」


 ユイカは引かない。じっとエマを見つめる。


「あぁ、もう! 飲めば良いのでしょう? 頂きますから解放してください!」


 エマの言葉にユイカはにんまりと笑んだ。


 ミナも笑ってエマの手首を解放した。エマがティーカップに口をつけ、こくりと飲み下すまでじっと二人で見つめる。


「……美味しい」


 エマがほぉっと息を漏らす。頬に赤みが少しだけ戻った気がした。


「ちなみに、エマ様はアルコールに弱い方ですか?」


「? 何ですか? いきなり……。特に弱くはないですけど」


「なら、その紅茶にこれはいかがです?」


 ユイカは再びにんまりとブランデーの入った小瓶を見せた。


「……なんだか、お二人のテンションがおかしいとは思っていましたが、そういうことですか」


 エマはため息を吐いた。


「お気持ちはありがたいですが、仕事を終えて部屋に戻るまではアルコールを摂取するわけにはいきません」


 ユイカはそうですかぁ、と小瓶をサイドテーブルに置いた。


「エマ様って真面目ですよね」


 ミナが感心したように言う。ティーカップに三分の一くらいのブランデーを入れていたミナは楽しそうに笑った。


「私は私なりの矜持を持って仕事しておりますから」


「なら、どうしてユイカ様に関する仕事を職務放棄ボイコットなさるのですか?」


「ミ、ミナ様!?」


 いくらアルコールが入っているとは言っても、まさかミナがこのタイミングでそれをぶっこむとは思いもしなかった。ユイカは慌てたけれど、ミナは引かない。


「いいんです。私は、何度も何度もユイカ様の噂は誤解だってフロアメイドの皆さんにも言ったのに、誰も聞いてくれやしないんだもの!」


「いや、でもここでエマ様に言っても……」


 ユイカが困りかけた時。


「『言っても意味がない』と仰りたいのですか?」


 険を含んだ声がユイカに向けられた。見ると、エマがティーカップをサイドテーブルに置いて、膝に両手を乗せた。そしてぎゅっと指先を組む。


「馬鹿にしているのでしょう? 私たちみたいな下級貴族や平民に言っても意味がないって。そういう態度が見え見えなんですよ。ご自分は特別だって思っていらっしゃるくせに」


「エマ様……」


 ユイカはかける言葉が見つからなかった。そんなふうに思ったことはない。ただ、刺激したくなかった。事を大きくしたくなかった。それだけなのに、自分の取ってきた行動は間違っていたのだろうか。


 ユイカがぐっと唇を噛みしめて俯きかけた時、呆れた声でミナが言った。


「エマ様は、ユイカ様の何を知ってそんなことを仰るの?」


「え?」


 エマがミナを見た。


「少し前にもユイカ様に一方的に仰ってましたよね? 『仕事してないって告げ口でもするつもりですか?』って」


 ユイカは目を見開く。


(ミナ様、起きてたのか……)


「それで、告げ口された形跡はあったのですか?」


「……」


「勝手に他人の行動を憶測しておいて、その憶測が正しいかどうかも判断せずに決めつけて、それで相手を責めるのっておかしいって思いません?」


「ミナ様、もう……」


 居たたまれず、ユイカがミナを止める。エマは黙って立ち上がると、そのまま部屋を出て行ってしまった。


 室内には何とも言えない空気が漂う。けれどユイカは少しだけ心が緩んでいた。ミナの言葉が本当にあ嬉しかったから。


「ミナ様、ありがとう。本当に噂を否定してまわってくれてたんだね」


「え? 本気にしてなかったの?」


「だって、火の粉が自分にも降りかかるようなこと、しないよね、普通」


「あら、ユイカ様は私のこと普通って思ってた?」


 悪戯っぽく自分を見つめるミナに、ユイカは笑って見せた。ミナの気持ちが嬉しかった。エマの言葉が辛かった。笑って見せたものの、どんな顔で笑えていたかは分からない。けれど、ミナはユイカの肩をポンポンっと叩いてくれた。それだけで、心が慰められるような気がした。




・・・*・・・*・・・*・・・*・・・


 エマとのやり取りから一日の休みを挟み、その翌日から、ユイカとミナは貴賓宮に研修としてではなく、正式職員として出勤していた。正式配属されてはいるが、今週いっぱいは練習期間とされている。


 先週で退職したアメリアの後任である貴賓宮主席女官が美しい所作で、二人に書類を渡した。


「三日後から王太子殿下の婚約者候補であらせられる、エグランティーヌ・ド・ローラン公爵家ご令嬢と、パトリシア・フォン・ノイシュタット侯爵家ご令嬢が、貴賓宮に入られます。ユイカ・フォン・フォルンシュタインはエグランティーヌ様に、ミナ・フォン・リヒテンフェルスはパトリシア様に付いてもらいます」



「三日後から、でございますか?」


 ユイカが驚いて声を上げると、主席女官は静かに頷く。


「お二人のご令嬢は王太子殿下の婚約者候補として約三か月後に行われる最終選定試験を受けられます。貴女方にはその補佐を命じます」


「!」


 ユイカとミナの背が伸びる。


(最初から責任重大過ぎる案件……!)


「まずはそれぞれご令嬢のお宅に伺い、どのようなフォローが必要なのか、何を求められているのか聞き取りとご挨拶をしてきなさい。役目が持つ責任の重さを重々自覚した上で努めるのよ。いいですね」


 主席女官が立ち去り、いきなりの辞令に硬直していた二人は、顔を見合わせて互いの不安そうな瞳を見つめることしか出来ないでいた。





次回(2/24)19時、ユイカ、久々にエグランティーヌに悶える!

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