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第9章ー1




 翌日、ユイカは貴賓宮で主席女官との顔合わせの場にいた。


「ユイカ・フォルンシュタインですね。貴賓宮へようこそ」


「!」


 その顔に、ユイカは見覚えがあった。孤児院事件でユイカがひどい打撲を負った際、この貴賓宮でお世話をしてくれた女官、アメリア・フォン・ヴィンターフェルト主席女官だったのだ。


(嬉しい! 王宮女官の仕事が素敵だって思わせてくださった先輩とまた会えるなんて……でも今は我慢! お淑やかにご挨拶するのよユイカ!!)


「よろしくお願いいたします」


 意識して静かにゆっくりと礼をすると、先輩女官は微笑んだ。


「怪我はすっかり良くなったようね」


 その言葉で、意識して保っていたユイカのお嬢様仮面があっさりと剥がれてしまう。


「ヴィンターフェルト様! 覚えていてくださったんですか!?」


「もちろんよ。殿下の御命の恩人ですもの。貴女こそ、私のこと覚えていてくれたのね?」


「当然です! 私、先輩の働かれている姿を見て、女官の仕事ってかっこいいって思ったんですよ」


 憧れの女官と二人きりということもあり、最初の挨拶であることも忘れてユイカは喋り続ける。アメリアもそれを指摘することもなく笑って答えてくれていた。


「あ、申し訳ありません、業務中にお喋りを……」


「構わないわ。私ね、新人の研修期間が終わったら退職するの」


「え!?」


 (憧れの先輩にやっと会えたと思ったのに……)


「どうしてなのか、お伺いしても?」


 アメリアは苦笑した。


「よくある話よ。貴族子女たる者は、おいえの為の結婚からは逃げられない。元々女官って五年くらいで結婚退職するものだし」


「復帰のご予定は?」


 女官長は確か結婚後復帰したと聞いた気がする。しかしアメリアは首を横に振った。


「嫁ぎ先は、そういうのを許してくれる家じゃないのよ。この五年、悔いなくやってきたつもりだけど……やっぱり寂しいわね。特に貴女みたいな将来有望な新人さんが入ってくると……もっと一緒に働きたかったって思っちゃう」


「……」


「ごめんなさいね、湿っぽい話になっちゃって。でも今だけよ。貴賓宮は王宮の外交の一端を担う宮。厳しく指導しますからね」


 アメリアの笑顔に、ユイカも一緒に微笑んだけれど、寂しいような、納得できないような……そんなもやもやした気持ちがユイカの胸の奥におりとして溜まるような気がしていた。




・・・*・・・*・・・*・・・*・・・



 貴賓宮は、王女宮、王太子宮とは違って、常に忙しかった。もちろん、前者二宮も仕事自体は常にある。あるにはあるのだが、基本顔見知りとばかりの仕事である。しかし貴賓宮は入れ替わり立ち代わり、様々な人々が泊まっては去っていく。それも半分ほどが外国からの客人だ。そしてもう半分は国内の高位貴族である。


「お前が殿下の?」


 初対面からユイカを馬鹿にしたり、目の敵のように扱う国内貴族も少なくはなかった。学園や王宮でのユイカのあることないこと混じりに混じった悪意ある噂は、貴族間で大流行の様子だった。


 しかしユイカは言い訳も弁明も返さない。ただにっこり微笑むのみである。


(こういうやからは何を言っても揚げ足取ってくるから何も情報を与えないに限る!)


 という、ユイカの鉄壁の仮面が功を奏した。そして何よりも幸運なことに、貴賓宮の女官たちはユイカを変な色眼鏡で見ることはなかったし、さりげなくユイカと貴族の間に入って距離を取らせてくれた。しかも相手の機嫌を損ねることなく。プロの対応術としか言いようがなかった。


「私、ここにいることで先輩方の仕事を増やしているような気がするのですが……」


 恐る恐る先輩女官に聞いてみた。基本的に各宮に女官は五人。そしてこの五人はユイカの噂のこともアルベルトとロザリンデの発言のことも承知の上で、良くも悪くもユイカを特別扱いしなかった。


「あら、そんなこと気にしてたの? 意外と繊細なのね」


 今日のユイカの指導女官はアメリアではない別の女官であった。歯に衣着せぬこの先輩女官のことも、ユイカは正直嫌いではなかった。


「新人が入ってきたら仕事が増えるのは当たり前。それを予測して如何にスムーズにいつも通りこなせるか、物事のタイミングを整えておくのがプロの仕事よ。新人はまず与えられた仕事だけに集中してなさい」


 この女官も貴賓宮の先輩からそうやって育ててもらったのだと笑った。


(やっぱり、貴賓宮の女官さんは今までと違う!)


 感動に似た感情を抱きながらだったからなのか、環境が良かったのか、ユイカの貴賓宮での研修は今までで一番体感速度が速く、あっという間に過ぎてしまった。




・・・*・・・*・・・*・・・*・・・



 三週間のローテーション研修最終日。貴賓宮での研修も今日で最終日となる。


「ユイカ・フォルンシュタイン、一週間ご苦労様。このまま貴賓宮で働いてもらいたいくらいの働きでしたよ」


 貴賓宮の主席女官、アメリアがそう言って微笑んだ。


「ありがたいお言葉です。でもこれは、私が自分の仕事だけに集中して取り組めるように先輩方が配慮してくださったおかげです」


「それに気づいて素直に感謝できるところも貴女の素晴らしいところよ。私も女官生活の最後を貴女と過ごせて本当に良かった」


「アメリア様……」


「そんな顔しないで! もしかしたら、貴女が貴賓宮の女官となって、私が辺境伯婦人として客人になる日が来ないとも限らないわよ? その時に貴女の成長が見られるように願っているわ」


 アメリアの言葉が嬉しくて、寂しくて、ユイカはただ深く礼をすることしかできなかった。


(あんなに優秀な方が辞めて、また何も分からない新人が入るって……貴賓宮だけが後輩の指導に長けているからこそ、他の宮での対応がああなるのも仕方ないとも言えるのか)


 そうしてローテーション研修が終わってからアメリアに指示された通り、ユイカは内宮に向かいながら考え込んでいた。


 王女宮でも王太子宮でももちろん女官は優秀だ。けれど、異分子であるユイカに特に関心を持たず放っておいてくれる女官は大体ひたすら仕事に追われていてユイカに興味を持つ暇がないくらいな様子だったことを思い出す。


(嫌なこと言ってくる人たちは……大体女官部屋でお喋りしてたような……)


 ユイカはため息を吐く。元の世界もこちらの世界も、女の世界は同じようなものなのだろうか、と。




・・・*・・・*・・・*・・・*・・・



 内宮に着くと、新人女官たちはそれぞれ順番に面談部屋に通される、との通達があった。


「中には王太子殿下と侍従長と女官長がいらっしゃって、研修中の報告書を見ながら配属先を言い渡されるんだって。で、適性がないって言われたら、辞めるか他の職に就くか決めないといけないそうよ」


 ミナが不安そうにユイカの隣の席でひそひそ話す。今年の新人女官は十名。国王が住まう正宮、王妃が住まう王妃宮、政治を司る内宮、そして王女宮、王太子宮、貴賓宮に配属される。王女宮と王太子宮が一名、後が二名ずつの配属だ。


 ユイカは頭の中で自分はどの宮に配属されるのだろうかと考える。


(王太子宮なら……カイさんと会う機会も多いかな……って! 何考えてんの、あたし! 職場だからっ!! 職場内恋愛はくっついてもくっつかなくても大変だとあれほど前世で!!)


 ひとりノリツッコミを脳内で繰り広げていたユイカは名を呼ばれて慌てて立ち上がった。


「がんばれ! 一緒の宮になれるといいね!」


 小さな声で声援をくれるミナにひとつ頷いてから、ユイカは面談部屋の扉をノックした。



「失礼いたします」


「どうぞ、フォルンシュタイン。椅子にお掛けなさい」


 女官長の指示に頷き、ユイカは一礼してから三人の面接官の前に座った。


 アルベルトの後ろにはカイがいる。不安な面談の場に彼がいてくれることが、たったそれだけのことだけれども、今のユイカにはとても心強かった。


「さて……まずは三週間のローテーション研修はどうだったかな?」


 柔らかな雰囲気の侍従長が書類とユイカを見比べながら尋ねる。


「先輩職員の方々の動きを真似することだけで精一杯の三週間でしたが、得難い経験をさせていただいたと思っています。少しでも先輩方に近づけるように精進したいと考えています」


 当たり障りのない模範的な回答である。侍従長や女官長はともかく真ん中の席でにやついているキラキラ王太子殿下がこんな答で満足するはずないことを、ユイカはもちろん気づいていたが、敢えて気づかないふりをすることにした。


(また要らんこと言ってうまく使われるのも癪だし……)


 そう思っているのが気づかれたようで、にこやかな笑みを浮かべつつも口の端を上げたアルベルトがユイカに尋ねる。


「君は、どの宮にいくのが、一番自分自身が精進できると思う?」


「……この答えで配属宮が変わるという可能性はありますか?」


 アルベルトはニヤリとした。


「いい質問だ。しかし、それはないよ」


 そう言って、あの国王玉璽魔法印つき封筒をちらりと見せた。封筒にはユイカの名前があった。すでに配属先は決定しているということらしい。


「ご存じの通り、この紙には魔法を含めた細工は一切できない」


 そうですか、と答えてから、ユイカはまっ直ぐにアルベルトを見つめてから答えた。


「私は王女宮、王太子宮、貴賓宮の三宮しか知りませんが、貴賓宮の先輩方は後輩指導に特に力を入れていらっしゃると感じました。それに長年そうされてきたように感じられましたので、私個人と致しましては、貴賓宮での研修が一番充実したものとなりました」


「なるほど。良く見ているようだ」


 面接官の三名は満足そうに頷いた。


「ユイカ・フォン・フォルンシュタイン。君に配属先を申し渡す」


 王太子が例の封筒を手に小さく呟くと、ユイカの元にふわりと舞うように届き、勝手に封蝋がはがれて中の用紙がユイカの手の中で開いた。


『ユイカ・フォン・フォルンシュタインを貴賓宮配属とする』


 と、記されていた。アルベルトは立ち上がり、ユイカの隣に立った。女官長と侍従長も立ち上がったので、ユイカも慌てて立ち上がってアルベルトに向き直す。


「今一度君に尋ねたい。いつか来たる私の治世で貴女の力を貸してもらえないだろうか、ユイカ・フォン・フォルンシュタイン」


「……」


 この約二週間、ユイカはずっと考えてきた。自分などが役に立てるはずもない。その気持ちは今も変わらない。変わらないのだけれど。


 これまでのユイカの行動を見た上で必要だと言ってくれる人たちがいる。その気持ちに、出来ることなら応えたい。そう思った。


 研修中に出会った人々の言葉がユイカの背を押してくれる気がする。


(王女殿下にセラフィーナ様、そしてアメリア様にミナ様)


(こんな私に心を砕いてくださった、エグランティーヌ様、殿下。そして……カイ様)


 思わずアルベルトの後ろに控えているカイの方に目を向けてしまう。護衛中なのだから、ユイカに何を言うわけでもない。この場で発言などできるわけがない。


 けれどカイは何も言わず、こちらも見ないけれど、左胸に拳を当てた。ユイカに甲を見せるように。


 ユイカは一度目を閉じゆっくりと深呼吸してから、アルベルトの前で膝をつき、胸に手を当て頭を下げる。


「至らない身ではありますが、殿下や他の皆さまのお役に立てていただけるのであれば、この身、アルベルト王太子殿下にお預け致します」


「ありがとう」


 アルベルトはホッとしたように笑んだ後、右手を胸に当てた。


「君の覚悟をこの胸に大事に受け止めさせてもらう。よろしくね。フォルンシュタイン嬢」


 そう言ったアルベルトの顔は今までで一番、年齢相応の、心からの笑顔に見えた。



次回(2/23)19時、ミナとの研修お疲れ様パーティー♪

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