第8章ー5
「申し訳ありませんでした、フォルンシュタイン嬢」
寮までの道中、カイが肩を落としているのを見て、ユイカは思わず笑ってしまった。
「私は構いませんが、カイ様こそお困りになったのでは?」
「困るなど、そんなことは有り得ません」
はっきりと言い切るカイに、今度はユイカが赤面する。
カイが自分と友人関係にあることを、アルベルトやエグランティーヌに知られても構わない、という言葉の裏には、カイもユイカのことを憎からず思っていてくれているということではないか。ユイカの頭の中では、そんな幸せな思考がものすごい勢いで巡り巡っている。
「後ろめたいことなど一切ないのですから」
カイは胸を張って言い切った。本当に清々しく、その姿は神々しいほどであった。
「……」
(うん、そうだ。後ろめたいことなんて何も……ない、けどさ。なんか、さぁ!!)
恋する乙女とは総じてめんどくさいものである。言い切られることで、ユイカに対して友人以上の特別な感情は持ち得ない、とはっきり言われたような気がしてしまったのだ。
「フォルンシュタイン嬢?」
「あ、いえ、なんでも。ただ……」
「ただ?」
ユイカは、カイの方を見ることが出来ないまま、歩きながら指先をそわそわと動かす。
「私としては……私たちが、特別な関係なように思われることは……少し、気恥ずかしいような……」
「っ! 申し訳ありま……」
カイがハッとしたような顔で立ち止まり、姿勢を正して頭を下げて謝ろうとするのをユイカは慌てて止める。
「違うんですよ! 嫌な恥ずかしさじゃなくって……どう言えばいいんでしょうか。殿下とエグランティーヌ様に知られるのはくすぐったいような、カイ様と私が本当に特別な関係になれたような……って、何言ってるんでしょう、私! すみません、忘れてください!!」
(なんでこうやって焦ると要らんことまで喋ってしまうのあたしっ!!!)
思わずつるりと喋ってしまった正直な想いをどうやって誤魔化そうかと思いながらカイを見上げたところで、ユイカの動き止まった。
「カイ……様?」
無表情だけどユイカの前では様々な表情を見せるようになった、アルベルト殿下の専属護衛である漆黒の騎士が、顔もとを腕で隠しながらも真っ赤にしているのが見えたから。
「貴女という方は……本当に……!」
「え? 私、やっぱり失礼なことを!?」
(特別な関係なんて、カイさんにとっては迷惑だったって……こと? いや、でもあの顔の赤みは……)
確信はできないけれど、希望を捨てるほどの嫌われ具合でもなさそうな……。ユイカの乙女心はカイの一挙手一投足に翻弄されて散り散りに乱されまくりである。
「……何でもありません」
すっと無表情に戻るカイだが、実はユイカにはまだ彼の耳が赤く、口元がむずむずと居心地悪そうに動いているのが見えていた。それだけで、今のユイカにとっては十分なご褒美であった。
「ふふっ」
「何ですか?」
気恥ずかしいのを不満げな声色で隠そうとしているのがバレバレのカイに、ユイカは笑みを抑えられない。
「王宮内でこんな楽しい気持ちになれるとは思っていなかったので、嬉しくって」
またどちらからともなく歩き始めながら、カイは穏やかな声で言ってくれる。
「貴女は本当によく頑張っておられました。それは私だけではなく、殿下も王女殿下もエグランティーヌ嬢も認めています」
「!? 本当ですか?」
初耳である。
「今だからお伝えできることですが、殿下たちが貴女を庇護していると知らしめるのは、王宮で新人女官として働く貴女の安全を脅かしかねない、と私も当初は思っていたのです。ですが、貴女はご自分の力と人柄と話術で確実に仲間を増やしているでしょう?」
「仲間?」
その言葉にピンと来ず、ユイカは首を傾げた。
「王太子宮にいらっしゃってからの貴女は随分積極的に他の職員に話しかけていたことを私たちは知っています。そこから少しずつではありますが、確実に貴女を見る周りの目が変わってきています」
(嬉しい。カイさんが、あたしのこと、そんなに見てくれていたなんて。でも、それが出来たのは……)
「私が変われたのは……カイ様のおかげなんですよ?」
「私……の?」
再び立ち止まってこちらを振り返ったカイに、ユイカは頷き、そして見上げた。
「私がリリア様に言った言葉を、カイ様が私に思い出させてくださったでしょう? 『自分がそんな目に遭っても良い理由がないなら、拒否しなさい』って」
「!」
「『貴女は誰に恥じることもしていない。堂々としていれば良いし、違うものは違うと言えば良いのです。貴女はそれができる人でしょう?』とも。私、嬉しくって、しっかり覚えてるんですよ?」
『大丈夫。我々がついています。貴女は貴女が正しいと思うことをしてください』
これは、ユイカがあれからも心の中で何度も何度も反芻したカイからの言葉だった。お守りの言葉だ。ユイカとカイはまた歩き始め、言葉を重ねる。
「私ね、職場に友達を作りに来たんじゃないんだし、勤務時間っていうのは仲良く過ごすための時間でもないのだから、人間関係は自分が我慢すればいいって。昔からずっと思っていたんです」
そうして他人から無自覚に削り取られ、自分でも自分自身を削っていた。その結果が……あの最期だった。
「でもある時、どうしようもないくらいに辛くて……取り返しのつかない出来事があって。それから変わろうって思ったんです。自分のために生きようって。だからこそリリア様にあんな偉そうに言ってしまったんです。過去の自分に言ってやりたかったことを、リリア様に……」
「……」
カイは、何も言葉を挟むことなく、真摯にユイカの話を聴いてくれている。そのことがまた嬉しい。ユイカはカイのその柔らかな表情に背中を押されるように話を続けた。
「けど、王宮で働いているうちに、気づかないうちに、また同じことを繰り返していて……。でも、カイ様が、私の言った言葉を私に返してくださったから目が覚めました」
「そうですか。貴女がそんな顔ができるようになった契機になれたのであれば、本望ですよ」
「っ、あ、ありがとう……ございます」
あまりにもカイが優しい目を向けるから、自分のことのように嬉しそうにしてくれるから、一瞬目元が熱くなってしまった。慌てて顔を逸らす。こんな顔を見られるわけにはいかないから、また歩を進めた。
「それから……自分のしたいことって何だろうって考えていて。私、働くこと自体はきっと好きなんだと思うんです。のんびりしたいとは言いましたけど、がっつり働いた後ののんびり感には代えがたい幸福感がありますからね」
「分かるような気がします」
「だからこそ、職場での摩擦を出来る限り減らそうと思って。私は友達を作りに働きにきたわけじゃないけど、敵を作りに来たわけでもないって」
カイは頷いてくれる。
「それに、カイ様にだから言いますけど、あれだけ王族や公爵家のご威光を見せつけられてしまったのだから、使えるものは使ってしまえとも思いまして……言っちゃったんですよ、先輩方に」
「何をですか?」
「私を育てるという責任を、先輩方は殿下たちから負ってらっしゃるのですよね、と……」
(カイ様、引いたかな……)
ちらりと隣を歩くカイを上目遣いで見てみると、カイは、一瞬呆気に取られたような顔をした後、笑った。子どもみたいな、友達と他愛のない悪戯をしてる時みたいな顔だった。
「貴女という方は……本当に……」
先ほど言った言葉と全く一緒なのだが、表情がまるで違った。本当に可笑しそうで、楽しそうで……思わずユイカもつられて笑ってしまった。
「我ながらやり過ぎたような気もしますけど、まぁ、結果良ければ全て良しってことで」
「えぇ、そういうことにしておきましょう」
そう言って二人で笑ったところで、寮の前についた。
「送っていただき、ありがとうございました」
「いえ、あと一週間、頑張ってください、応援しています」
どちらともなく、こぶしを向けた。手の甲を合わせ、二人は頷いてから、それぞれの方向に向けて歩き始めるのだった。
次回(2/22)19時、王宮内ローテンション研修期間、やっっっっと終了!




