第8章-2
秘密の野原から王太子宮に戻ったユイカが先輩女官たちに向かって開口一番に言ったのは、『働かせてください!』だった。
三人の女官たちが困惑した顔を向けてくる。
(さっきまでのあたしだったら、ここで多分引いてただろうけど……)
「働かせてください! 私に割り振る仕事がないようでしたら先輩方の動きをぜひとも見学させてください!」
と、重ねて言った。
王太子宮での女官の仕事は、手紙の仕分け、王太子のスケジュール管理、社交の随伴、政務に関する書類の仕分けと説明など、侍従と相談して役割分担するものが多かった。
今日からこの宮で研修を開始したユイカは手紙の仕分けだけを教えられ、それが終わったら特に指示もされず放置されていた。
任せられる仕事がないのに自分が近くで常に待機するのも嫌味かと思ってユイカは王太子宮内を徘徊していたのだが、そこでカイに会って、彼にもらった言葉でユイカは自分の考えが社畜時代に戻ってしまっていたことに気づかされたのだ。
(そうだよ。こちらが悪いことをしているわけでもないのに何故に無駄にへりくだって気を遣わなければならないのか……!)
そう思い始めれば自然と言葉や行動にも勢いがつくというものである。目を皿のようにして先輩の動きひとつに対し、何故今このタイミングでそう動くのか、など見たもの考えたものをメモにとり、スケジュールなどと照らし合わせたりしてユイカなりに理解しようと試みた。その結果、数時間後には……。
「14時からのエグランティーヌ様とのお茶会の前に13時40分から騎士団長が視察の打ち合わせにいらっしゃいますよね? その間にエグランティーヌ様がいらっしゃったら、どこでお待ちいただいたら良いですか?」
「王太子殿下の印が必要なこれらの書類のうち、どれを優先させたら良いですか?」
等々、頼まれてもいない仕事に関する質問をどんどん先輩女官や侍従たちにぶつけまくる超積極的な女官見習いが出来上がっていた。もちろん、それまでユイカを避けようとしていた人たちなのだから適当に誤魔化して放置しようとする者もいた。けれども、いや、だからこそ、そこでユイカは言ってやったのだ。
「私、王太子殿下と王女殿下に期待されて入職しただけの、何の力もないド新人なもので、先輩方には大っ変なご苦労とご迷惑とご心労をお掛けしていると思うのです。本当に申し訳ありません。しかしですね、この『期待』を背負っているのは何も私だけではありませんよね?」
頬に手をあて、困ったように、大袈裟に、しおらしい態度をとりながらも、ちらりと女官と侍従を見やってからユイカは口の端を上げる。お手本はアルベルト王太子殿下である。
「殿下方の期待は……私を育てるという大役を拝命された先輩方にも掛かっていますよね? どんな仕事を、どのように、どなたに教えてもらったのかと、私、きっと後で殿下方に尋ねられると思うのですが、手紙の仕分けだけ教えていただいた現状ではどうお答えしたら良いものか……」
と、自分の後ろに最高権力者の愛娘と愛息子が控えていることを知らせた。つまり、脅したのだ。
「……っ!」
女官、侍従達は地頭が良い分、先行きの見通しも簡単に考えられるわけで、ユイカの言わんとすることが自分の不利となるのかどうかの判断も速かった。
「そ、そうね。では、こちらへ。明日の殿下のスケジュールと護衛の確認を一緒にしましょうか」
(よっしゃ! うまくいった!!)
ユイカはこっそり気づかれぬように手先だけでガッツポーズをする。
(使えるものは全部使ってやる! 王族からの期待ってところは嘘じゃないし! うん。きっと、多分っ!!)
こんな感じでユイカは一気に社畜マインドを吹っ切った。その勢いで王太子宮での研修一日目を終えて寮に戻る直前には、先輩女官、侍従たちから王族に仕える者としての心構えについて聞き出すことに成功していたのだった。
脅したとは言え、ユイカが彼らの話に心から感心し、目を輝かせてメモを取るものだから、きっと相手も悪い気はしなかったのだろう。
「また明日も共に学びましょう、フォルンシュタイン」
「はいっ! ありがとうございました!!」
そう言ってもらえたのが嬉しくて、ユイカは大きく返事をしてから深く頭を下げた。
自分に対してちょっと警戒している相手には思い切って懐に飛び込む。そして素直に教えを受ける。そして感謝を伝える。これは、ユイカが前の世界でも新人時代にやっていたことだ。
(でも……)
と、ユイカの心は少し重くなる。寮の敷地に入ったからだ。王宮職員専用の建物だからなのか、先ほどまでユイカが過ごしていた王族の居住スペースとは違い、少し明かりの量が少ない。特にユイカの暮らすフロアは、特に暗く感じてしまう。
(あたしの気持ちがそう見せてるってのもあるよね……)
今日一日で、王太子宮の職員との関係には少し改善の兆しが見えてきたが、ユイカの生活スペースである寮のフロアメイドとの関係は、まだどうにもなっていない。何なら最悪のままである。
洗濯は出してもそのまま洗われずに戻って来るし、部屋の掃除もミナのスペースは綺麗になっているのに、ユイカのスペースには朝の時点では無かったはずのゴミが落ちていたりもする。
(彼女たちはあたしと同じ男爵家の出や、うちより裕福な商家の娘が多いからこそ……目障りなんだよね。それにあたしが無理やり女官職を手にしたって噂もまだ残ってるだろうしなぁ……参った)
(『出る杭は打たれる』ってヤツだよね……)
その言葉を思い浮かべた瞬間、ユイカは前の世界で中学生の頃、個性的な美術部の顧問に三年間言われ続けていたことも唐突に思い出した。
『出る杭は打たれるって慣用句、あるだろ? 日本人は皆同じように横一列でいれば安心だって思うみたいだけどな、そんなん、面白くないだろ。にょきっと飛び出して初めて個性に気づいてもらえるんだよ。出過ぎぐらいで良いんだ。出過ぎた杭は打たれないからな。ちょっとしか出ないから打たれるんだよ、思いっきり突出して出きってしまえば、打つ方も打つ気力もなくすんだよっ!』
と豪語する顧問の大笑い。今まで忘れていたけれど、今思い出したことにきっと大きな意味があるような気がする。
社畜時代のメンタルに戻りかけていた今朝まではなるべく関わらないように、彼女たちの視界に入らないように小さくなって生活するように心がけていた。それがきっと良くなかったのだ。
(本当に……カイさんに感謝しなくちゃ、だね)
心の中でカイに感謝を送り、ユイカは一大決心をした。
他人が呆れるほどに思いっきり突出してやる覚悟を、決めたのだ。
・・・*・・・*・・・*・・・*・・・
翌日からも、ユイカは先輩女官と侍従を質問攻めにする。
「先輩、その仕事私にさせてください!」
「この書類、見てもいいですか? 勉強したいので!」
こんな調子で、出来そうだと思った仕事については頼み込んで任せてもらった。相変わらず、先輩女官も侍従たちもユイカに対して距離をとってはいるけれど、何となく空気が変わってきていることは実感できた。以前は拒否、嫌悪だったものが、今は困惑、様子見に変わっているように思う。
(人様の心をすぐに変えられるとは思ってないし、何なら少し脅した自覚もありますしね……)
だが、後悔はしていない。ユイカは少しだけ反省しながらも、でもめげることなく、日々の業務をこなしつつ細かな仕事も覚え、出来ることを確実に増やすことに成功していた。
そんな王太子宮研修五日目のこと。ユイカは王城から馬車で一時間ほどの平原にいた。今日も今日とて煌めいているアルベルト王太子殿下と共に。
『模擬訓練……ですか?』
と、アルベルトの執務室でユイカが首を傾げたのは今朝のことだった。
『そう。私は騎士団の責任者も務めているからね、適任だということで、王太子宮での研修を受ける新人は全員参加してもらうことになっているんだ』
王家の紋章が入った略式の騎士装束に身を包んだアルベルトが元々高い鼻を更に高くする。
『具体的には何を想定した訓練なのですか?』
良い質問だと、王太子殿下は嬉しそうに口を開く。
『侵入者が城内に入って人質を取られた想定と、魔力の暴走で自己爆発を起こす犯人が侵入した想定だね。ついでにこのあたりの動植物の生態についても調べて帰ることにしたよ』
『めちゃくちゃ不穏な上に詰め込みすぎですね』
『眠くならない内容にしようと思ったら物騒でタイトな研修になっちゃってね』
軽く笑っていた王太子殿下だが、実際孤児院で人質に取られそうになったことを考えれば必要な訓練だとは思う。
と、今朝から今まで経緯を思い返していたユイカは隣に座っている王太子殿下に改めて尋ねた。
「今更なんですが、どうして新人の私が殿下の横に座っているのでしょうか?」
「人質役だからね」
だだっ広い草原の真ん中に簡易天幕を立て、ユイカとアルベルトは閉じ込められている体でのんびりとしていた。天幕の外側ではカイが犯人役として救出役の騎士を迎える準備をしているらしい。
「いや、そうではなく……」
どちらかと言うと、女官見習いであるユイカは外側からこの救出劇を見学して勉強しなければならない立ち位置のはずである。
(またこうやって特別扱いされると噂が噂じゃなくなりそうで怖いんだけど……)
困惑が顔に出ていたらしい。アルベルトはすまない、と軽く笑ってから言った。
「私が君と個人的に内緒話をしたかったから、王太子宮の首席女官に頼んだ」
「え?」
「王太子宮で初日に会った時より良い顔しているからさ、何か心が晴れるきっかけがあったのかな、と思って。そして私の為に働く決意はできたかな、という確認も含めて」
顔が良い人は自分の顔の有効利用方法をよくご存じである。斜めに顔を見せウィンクを飛ばして来たのだ。さすが公式激推し攻略対象、キラキラしすぎて目がやられそうになった。
が、ユイカはどちらかというと、エグランティーヌやリリア、ロザリンデたち女性陣の顔が好みなので特に困らなかった。そしてカイのようなさっぱりした塩顔が今の一番の好みであるが故に淡々と答える。
「研修が終わる頃に申し上げますとお伝えしたはずですし……吹っ切れたきっかけにつきましては忠実なる専属護衛騎士様に何かお聞きになったのでは?」
「それがさぁ、カイ、君のことだけはちゃんと話してくれなくてさぁ」
アルベルトは椅子に座りながら後頭部に両手をあて、天幕の低い天井を振り仰ぐ。
「……?」
「もちろん、ある程度の報告はしてくれるよ? でもカイと君が直接何を話したか、までは教えてくれないんだよね。しかも! そもそも二人きりになったっていう報告自体ないんだよ、おかしくない?」
「……カイ様からの報告がないのに、どうして私たちが二人きりになったと思われるのですか?」
「そりゃまぁ、私の目と耳は王城内外にたくさんいるからさ。ちなみに隠していたんだろうけど、学園でリリア嬢に説教した後に君がカイの背中で泣いていたことを把握済みだ。」
「何それ怖いんですけどっ!!」
思わず椅子から立ち上がり、アルベルトから距離を取る。
そんなユイカを見て、アルベルトはにんまりと弧を描くように目を細めて声もなく笑んだ。
「それはね、あの時はさらりと流してあげたけれど、学園時代に私の目の前でフォルンシュタイン嬢がカイに『私が泣きたいときに場所をくださったカイ様の命の方が何倍も大事ですから!』と言い切った時に私もその場にいたんだよね、忘れてるだろうけど」
「!?」
「いやぁ、あれは名場面だったね。ギャラリーが私だけなのが申し訳ないくらいだったよ」
「~~~~~っ!!!」
(そうだった! カイ様に自分を大切にして欲しくて話をしたくてエラ様に頼んで殿下とのお茶会の時間を頂いたあの時っ!!)
ゆでだこのようになっているであろうユイカの反応が楽しかったらしく、王太子殿下は軽く笑った。しかしその後、ホッとしたように言ったのだ。
「しかし、あの言葉とフォルンシュタイン嬢の行動が、カイを変えてくれた。本当に感謝しているんだ」
「……本当に、カイ様、変わりましたか?」
「まぁ、根が深い問題だからね。簡単に傷が癒えるわけじゃないだろうけれど、カイが生死の境目に立った時に思い浮かべる顔が、きっと彼の命を留めてくれるだろうって信じているよ」
「……?」
(思い浮かべる顔? 殿下のこと? なら前と何も変わらないんじゃ……)
ユイカは首を傾げる。そんな彼女を見てアルベルトは苦笑しながら話を戻した。
「まぁ、そういうことだからさ、私なりにフォルンシュタイン嬢の沈んだ姿が気になっていた分、元気になった訳を知りたいな、と」
「……」
(カイさんが黙ってくれてるのをあたしがベラベラ喋るのも……ちょっと嫌かも……)
ユイカは少しだけ考えてから口を開いた。
「……初心を思い出させていただきました」
「初心?」
アルベルトが首を傾げた。
「はい。最初の私の目標です」
「社会の歯車の一部になるってやつ?」
今となっては懐かしい。ユイカが、だるーんとした生活をしたいのだと、初めてアルベルトと話した時の言葉である。
「あはは。それはまた別のやつですね。私、元々、自分も、他人の身体も心も削らずに自分勝手に……というか、自分本位に生きていきたいって思ってたんです」
アルベルトは何も言わず、頷くことでユイカに話の続きを促す。
「最近までも……自分の心が辛いって思っていても、私が我慢してさえいれば、いつか上手く収まるって思ってた時期があって……それは違うと教えていただきました」
「……カイに?」
ニヤリと笑うアルベルトに、ユイカも同じように笑って返す。
「ご想像にお任せします」
そう言って二人で笑った時、わっと歓声が聞こえ、気が付けば犯人役のカイが捕獲役の騎士に予定通り組み敷かれていた。そして救出役の騎士にアルベルトとユイカは無事を確認される。
「人質解放。ミッションクリアだな。それでは、午後からの訓練まで自由時間とする」
王太子モードのアルベルトがてきぱきと騎士と侍従たちに指示を飛ばしてから、こそっとユイカの近くで囁いた。
「有意義なお喋りの時間をありがとう」
アルベルトは満足したように言って、侍従と共に自分の天幕に戻って行くのであった。
次回(2/19)19時、ほっこりランチデート!
読んでくださり、本当にありがとうございます!
ブクマ登録、とても嬉しいです。
すでに完結まで書いていて、予約投稿も済ませてはいるのですが、毎日気になってちょくちょく覗いては読み手様がくださる反応に狂喜乱舞しております。
本当にありがとうございます!!!




