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第7章ー4




 ロザリンデがユイカに対して家名付きのフルネームで呼び、アルベルトの存在を匂わせるようなことを言った直後から、ユイカの周囲の様子が一変した。蔑むような視線と、怒りを含んだ言動、ユイカが話しかけても存在を無視するような者もいた。


 ユイカが男爵家の者であると承知していたはずの女官たちも同様であった。最低限の指導はしてくれる。けれどそれだけ。やはり自分が卑怯な手を使って女官の職を手に入れたのだと思われているようであった。


 そんな中、最初にその噂を信じていたはずのルームメイトのミナだけは、ユイカに対する態度を変えなかった。


「私だって最初は噂だけを鵜呑みにしていて、ユイカ様に失礼なことを言ったけれど、すぐに噂は嘘だって分かったもの。ユイカ様と接していればすぐに分かりそうなものなのに」


 王女宮での研修が始まってから四日目の夜、自分のことのように憤ってくれる友人に、ユイカは心が軽くなる。


「ありがとう。でもね、そんなに気にしてないんだ」


 ユイカの言葉に、ミナは驚いた様子で聞き返した。


「なんで? あんな態度取られて傷つかないの!? フロアメイドだって、あからさまにユイカ様にだけ手抜きしてるのに」


 ミナの言う通りだった。ユイカたち下級王宮職員の部屋の掃除、洗濯、身の回りの世話などはフロアメイドが行う。中級以上の職員は家から侍女やメイドを連れて来るからフロアメイドは関わらない。そんなフロアメイドは、大概、男爵家、平民の出である。


「だって、私は私のことくらいは自分で出来るから、私のスペースだけ掃除が雑でも、洗濯物が洗われないまま返ってきても、実害は無いもの」


「でも……」


 尚も言い募ろうとするミナにユイカは首を振った。


「危害を加えられることはないから。」


「でも……!」


 悲痛な顔をするミナに、ユイカは苦笑する。


「うん……前にも言ったけど、私は女官になる気は本当に一切なかったから、私自身が卑怯な手を使ってここにいるわけじゃない。それだけは確か。でも王太子殿下のお力は確実に影響していると思う。それは、必死で女官になろうと努力してきた方々、ミナ様にも失礼なことだし……良く思われなくて当然だよ。だからこそ、仕事だけは出来るようになりたいって思ってるんだ。他のことに気を取られてる場合じゃないんだよ」


「……」


「それに何となく分かるんだ、彼女たちの気持ちも」


「気持ち?」


「フロアメイドさん達は、私と同じような身分でしょ? なんで同じ身分の奴に仕えなきゃいけないんだって腹を立てるのも当然だと思う」


「ユイカ様、優しすぎるよ」


「優しいわけじゃないよ。ただ私自身は他の人に後ろ指をさされるようなことは絶対にしてないって胸を張って言えるから」


(この国に身分制度がある限り、あたしを蔑む感情を持つことは当然だ。あたしは身分の無い世界を知っているから耐えられるけど)


 ユイカは身分が人の全てを測るものさしだとは到底思えないし、それが全てではないことを知っている。しかしながら、今ユイカが生きているこの世界が……この国が王政である以上、身分の格差、区別は必要なものだと思う。それをユイカがどうにかできるはずもないし、するつもりもない。


「なるべく穏便に過ごして、当たり障りなく生活できれば……それ以上は望まないよ」


「ユイカ様……」


 ミナが何か言いたそうにしていたが、ユイカは気づかないふりをしてベッドに横になり、目を閉じた。


(何も考えなければ……目の前のことだけに取り組めば、勝手に明日になるんだから。あたしは大丈夫……大丈夫なはず)




・・・*・・・*・・・*・・・*・・・



 王女宮での研修最終日。ユイカは先輩女官の後ろで頭を下げていた。


「本日でこちらの新人の研修は終了いたします。多々ご迷惑をおかけしたことを深くお詫び申し上げます」


 ユイカは黙ったまま先輩女官に倣ってかしずく。


「そう、お疲れ様。フォルンシュタイン嬢、明日からはどちらへ?」


 ロザリンデの言葉にユイカが口を開こうとする前に先輩が答えた。


「王太子きゅ……」


「私はフォルンシュタイン嬢に尋ねていてよ?」


「!」


 固い口調でぴしゃりと言葉を遮られ、先輩女官はたじろぎ、室内には緊張が走った。ロザリンデは怒るでもなく微笑むでもなく、ただ淡々と先輩女官を見つめていた。


(な、何事? 王女殿下は次は何を企んでるの……?)


 正直、これ以上の面倒ごとはごめんだった。ユイカが途方に暮れそうになっていると、ロザリンデは形の良い唇から困ったようにため息を吐き、以前、人払いをした時と同じように扇を一度開いてから、すぐに音を立てて閉じた。


「フォルンシュタイン嬢とセラフィーナだけ残るように」


「!?」


 先輩女官が、ユイカを睨むような視線を向けてから退室し、取り残されたユイカはただ下を向き礼の姿勢を崩さずにこの場が動くのを待っていた。


(初日に二人きりで話した時以来、こんなことはなかったのに。どうして最後の最後に?)


 ユイカが心の中だけで首を傾げていると、ロザリンデの侍女であるセラフィーナが傍にやってきて、ソファに座るようにと手のひらを向けた。


「いけません。私などが……」


 慌てて断ろうとした時、ユイカよりも途方に暮れた声がした。


「今は弟の友人と会う姉としての願いだ。……ユイカ嬢、どうか私の話を聞いてくれないか?」


「……」


 ユイカは頷き、ロザリンデの斜向かいに座った。王女様のソファだけあってふかふかではあるが、今のユイカには落ち着かないことこの上ない。


「まずは一週間、我が王女宮での研修、ご苦労だった」


 ユイカは頭を下げる。


「もったいないお言葉です」


「仕事は、着実にこなせるようになっていたね。本当にアルの言っていた通り優秀なお嬢さんだと思っていたよ」


「……しかし……」


 ユイカは口を開きかけ、そしてつぐんだ。


(でも殿下があたしを男爵令嬢だと皆の前で敢えて仰った。王太子殿下の存在も口になさった。それは……あたしを卑怯者だと知らしめたかったからなの?)


 しかし、そんなことを聞けるはずない。ユイカは唇を噛みしめ、押し黙った。


「今は私たちしかいない。思っていることを言ってくれて良い」


「……」


 言えるわけがない。そう心で呟いた時、ロザリンデの斜め後ろに控えていたセラフィーナが口を開いた。


「殿下、差し出口を申しますが、よろしいでしょうか?」


「構わない」


「では、遠慮なく……」


 こほん、と咳払いをすると、セラフィーナはつかつかとロザリンデの隣に歩み出た。そして彼女に身体の正面を向け言い放ったのだ。


「まだ姫様の御心内が分からぬのに『思ったことを言ってくれて良い』と言われたからといってぺらぺら喋るような愚か者が女官になれるわけないでしょうが!」


「!?」


 ユイカは息が止まるかと思った。確かに以前もセラフィーナはロザリンデに遠慮のない言い方をしていたけれど、こんな真正面からダメ出しをしても大丈夫なのかと心から心配になる。


(あたしを庇ったせいでセラフィーナ様の首が飛んだらどうしたらいいのっ!?)


 ユイカの狼狽など意に介すことなく、セラフィーナは続けた。


「ただでさえ、殿下と姫様の悪だくみに巻き込まれて大変な想いをしているのですよ、フォルンシュタイン嬢は。まずはきちんと謝罪なさいませ!」


「セ、セラフィーナ様……?」


 思わずユイカは立ちあがる。居心地が悪すぎて。王族に謝罪させるなど、命がいくつあっても足りやしない。けれど、セラフィーナは鼻息荒く首を横に振った。


「良いのです。全くこのご姉弟きょうだいは……、せっかく頭は良いのに……いや、頭が良いからこそ説明すべきところをすっ飛ばしてしまうのですわ」


 まだオロオロしているユイカに向けてセラフィーナは苦笑してから、悪戯っぽく笑んだ。


「私はね、ロザリンデ殿下の乳姉妹ちきょうだいなの。だから気安く話すことも許していただいているのよ。もちろん、二人だけの時だけだけど。だから心配しないで」


 ユイカが心配したことにも先回りして安心させてくれた。そして守ってくれた。


(セラフィーナお姉さまめっちゃ良い人すぎる……)


 ユイカは正直涙が出そうになっていた。


「……そこまで言うか? しかしまぁ、それも一理あるか」


 ロザリンデはボソボソと呟いた後、座ったままではあるが、謝罪を口にした。


「要らぬ心労をかけた。すまない」


 そう言ってからユイカに向けて許される程度の軽い微笑みを見せてから続けた。


「ユイカ嬢は他人に真摯に謝られると逆に更に深く謝罪しようとするとアルから聞いている。貴女に謝らせたくはないから、これで勘弁してもらえるだろうか?」


 ユイカはもう何も言えない。ただ黙って頭を下げることしかできなかった。


 ロザリンデは小さく笑み、ありがとう、と言ってからユイカを見る。


「今回、私が皆の前でユイカ嬢の家名とアルの名前を口にしたことで今の貴女が置かれている状況を作り上げた、ということは承知している。しかし、これはアルの指示なんだ」


「……はい?」


 ユイカの頭は真っ白になった。


「詳しくはアルから聞くといい。明日から王太子宮の研修だと聞いているからな。ただ、これだけは伝えたかったんだ」


 ロザリンデは柔らかく微笑んだ。


「貴女には力も知恵も度胸もある。無いのは身分だけ。私もアルも身分に捕らわれず本当に才能ある者が報われる治世を作りたいと考えている。これだけは太陽神に誓って本心だ。だからこそ、貴女が全力を出せるように守りたかったし、その機会を設けたかった」


「……」


「貴女を男爵令嬢と呼んだことで、貴女の仕事ぶりを見た職員が、人を測るのに家格が全てではないと分かってくれると思っていたんだ。しかし結果は散々だ。私は王宮職員を買いかぶっていたらしい」


 ロザリンデは寂しそうに笑う。


「アルに言われたこととは言え、やり方と時期を間違えてしまった。本当に済まなかった」


 ロザリンデの言葉に、隣でセラフィーナも頷いてから、ゆっくりと口を開いた。


「アルベルト殿下が貴女に期待されている役割は、きっと貴女自身を潰しかねないほどに重いものだと思う。でも姫様も殿下も、そして私も……目の前の貴女を見て、貴女になら託せると思った」


「あぁ。私も、アルも、セラも……ユイカ嬢、貴女に期待している」


 何が何だか分からない。分からないけれど、大切に想ってもらえているということと期待されているということだけは痛いほどに伝わった。だけど、ユイカにはどうすればいいか、さっぱり分からない。


 分からないから、前世で使い倒した言葉がつるりと口から滑り出た。


「ご期待に添えるよう、尽力いたしますので、今後ともご指導ご鞭撻いただけきますよう、お願い申し上げます」


 という、テンプレ通りのビジネス例文を。






次回(2/17)19時、ユイカ気づく!







読んでくださり、本当にありがとうございます!!


ブクマ、リアクションとてもとても嬉しいです。まだまだ色々起こりますが、定時退勤目指してみんなで幸せになれるように突っ走りますので、どうか最終話までせひともよろしくお願いいたします!!!

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