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第7章ー3




「つ……疲れたよぉ……主にメンタルが……」


 怒涛の王宮女官生活一日目を終え、ユイカはフラフラになりながら寮の自室に戻った。


「……ミナ様?」


 明かりが点いているからミナが先に帰っているのだろうと、声を掛けながら室内に入ったユイカの目に飛び込んできたのは、ベッドの上にうつ伏せで倒れこみ、ぴくりとも動かないミナの姿だった。


「……おか……え……り……」


 うつ伏せのまま、ミナが絶え絶えに言ってくれる。


「だ、大丈夫ですか?」


「無理……かも……」


 顔を上げることなく喋るため、ベッドのシーツでミナの声がくぐもっている。その声は確実に疲労困憊の声色であった。


「そんなに王太子宮って大変だったんですか?」


 ミナはベッドに沈み込んだまま、頭だけを左右に振った。


「私の家、子爵家って言っても貧乏だから基本的に自分のことは自分でするしきょうだい四人のお世話だってしてきたから少々の体力仕事なら平気だって思ってたし、頭を使う仕事だって嫌いじゃないから正直、学力試験さえ受かれば女官の仕事をこなす自信あったんだけど……」


 ユイカはミナが倒れこんでいるベッドとは反対の壁際に置いてある自身のベッドに座りこみ、脱力しながら頷く。


「分かります。なんていうか、先輩方の放つ雰囲気というか、オーラというか『女官たるもの何時いかなる時であっても周りから自身に向けられる目を意識すべし。自身の立ち居振る舞いが宮の主の在り方そのものに直結することを忘るべからず』っていう標語を何度も何度も何度も聞かされて、挙句の果てには歩く一歩の距離までダメ出しされて……」


 ユイカの言葉をミナが引き継ぐ。


「仕事する前に手足の動かし方から分からなくなったよね……」


「はい……」


 言った後、室内に二人の長い長いため息が満ちる。


「ミナ様……。お風呂……どうします? 洗濯も……」


 疲れ果ててはいるものの、身体を温めたいし、洗濯物を溜めるのも嫌だった。


「お風呂は……お先にどうぞ。私は今はもう動けない……洗濯はフロアメイドに頼めばいいって……」


 この部屋は、前の世界のビジネスホテルのような感じで、ベッドとサイドテーブル、机と椅子が一つずつ二人分、入り口のドア側にトイレとバスタブ、洗面台があり、魔動式のポットがあるのみ。全て生活魔法で使用できるものだった。一人暮らしの部屋と違うのは、キッチンと洗濯機が無いくらいだろうか。


「ミナ様……このまま寝ちゃったりしませんか? 先にお風呂に入ったほうが……」


 疲れ果てているのは分かるが、このまま寝てしまったら、瞬きした瞬間朝になっているだろう。社畜時代の生活が思い起こされてゾッとした時、ミナの力の抜けた声が聞こえてきた。


「だいじょうぶ~だい……じょ……ぐー」


「ちょ……っ! ミナ様!? 『ぐー』って完全に寝落ちてるじゃないですかっ! ミナ様!?」


 ユイカは慌ててミナの傍に駆け寄り思いっきり揺すってみたけれど、ミナは制服のまま完全に爆睡していた。茫然としたままユイカは呟く。


「おやすみ三秒ってこういうのを言うのでは……」


 ふいに前世での某猫型ロボットにお世話される小学生男子のテレビ番組を思い出し、ユイカは笑ってしまった。


(あ……あたしまだ笑えてる……なら大丈夫だ)


 根拠のない『大丈夫』を自身に言い聞かせ、ユイカは自分の毛布を気持ち良さそうに寝息を立て始めたミナに掛けてから、バスルームへと向かった。


 バスタブにお湯を張り、洗濯物籠に洗濯物を入れる。見てみると籠にはユイカのネームプレートが付いており、部屋番号も入っていた。


(これをフロアメイドさんが洗って乾かして返してくれるってこと……?)


 少し考え、ユイカは首をぶんぶん振った。


「いやいやいや、下着は無理っ!!!」


 元々、ユイカは貧乏田舎男爵家出身であるため、ミナと同じく自分のことは自分で出来る。疲れてはいるが、自分の下着を他人に洗わせる羞恥心の方が大きい。


「制服は二枚支給されてるから、明日はもう一枚を着ればいいよね。ってことは制服の洗濯はプロにお願いすることにして、下着は自分で洗うんだから、他のちょっとした服も自分で洗った方が良いよね、うん、そうしよう!」


 幸い洗濯もバスタブがあれば生活魔法で難なくこなせる。


(うん、大丈夫、大丈夫)


 そう思ったユイカであったが、本人はそうと気づかぬうちに、彼女は確実に前世と同じような社畜生活に足を踏み入れようとしていた。





 

・・・*・・・*・・・*・・・*・・・


 翌朝、ユイカは室内を駆け回る足音で目が覚めた。入浴して洗濯して、今日の仕事内容を思い返しながらメモをして……としているうちに、日付を跨いでしまい、慌ててベッドに入ったが、想像していた通り、瞬きしただけなのに朝になっていたようだ。


 寝ぼけまなこで身体を起こすと、翡翠色のくるくる巻き毛が絡んで爆発している半泣き状態のミナと目が合った。おはよう、と言いかけたユイカの声を待たずして、ミナが悲痛な声をあげる。


「だいじょうぶじゃなかったぁぁぁ~!!! どうしたらいいの、この頭っ!」


 ユイカは時間を確認してから微笑んで見せた。六時を過ぎたばかりだった。勤務は八時からである。


「まだ大丈夫ですよ。ミナ様はお風呂に入ってきてください」


「でも私、風魔法だけは苦手で、髪を乾かせない……」


 しょぼんとするミナにユイカは笑いかける。


「私、水と風は得意なんでお任せください!! すぐに乾かせます!」


「……神っ!!」


 ミナはユイカの両手をぐっと掴んだ後、強く抱きしめてからバスルームへと駆け込んで行った。


(ほんと、ミナ様憎めない人だな……)




・・・*・・・*・・・*・・・*・・・ 



 その後、時間までに身だしなみを整えることに成功した二人は食堂で朝食を済ませ、お互いにお互いを鼓舞し、それぞれの宮へと向かう。


「おはようございます。本日もご指導よろしくお願いいたします」


 ユイカが先輩女官に礼をすると、てきぱきとした返答が返ってきた。


「おはようございます。早速だけど殿下宛ての手紙の仕分けをお願いできる?」


 先輩女官に指示されユイカはテーブルの上に置かれた大量の手紙に目を丸くする。


「これは、何日分のお手紙なのですか?」


 先輩はくすっと笑う。


「昨日の昼から今朝までに届いた分よ。手紙の仕分けは毎日しているから」


「一日分!? これが!?」


「驚くわよね。私も最初は驚いたわ。けれど王女殿下だもの。これくらいは当たり前なのよ」


 先輩女官は言った。二十歳のロザリンデは結婚適齢期を少し過ぎてはいるものの、王族であることから、国内外からその動向が注視されている。もちろん、お見合いの申し込みは内宮で取りまとめているからロザリンデの元に届くことはないけれど、暗にそれを匂わせた社交の誘いがとんでもない量、毎日毎日届くのだという。


「なるほど」


「それだけじゃないわ。殿下は国内の芸術を取りまとめていらっしゃるから、その手紙も同じくらい多いわね」


 先輩は話しながら、機械のような速さと正確さで仕分けている。ユイカはメモを見ながら、差出人が芸術関係者なのかそうでないのかをまず振り分け、それから更に今までに何度もやり取りしている相手かそうでないかを振り分けるから、先輩の十分の一くらいのスピードしか出せない。


(どうしよう。私の進みが遅いから時間かかってる)


 焦るユイカに気づいたらしい女官が視線を向けてくる。


「慣れだからね、こればっかりは。焦らないで、間違えないことだけに集中してちょうだい」


「はい」


 先輩の言葉にユイカは背筋を伸ばし、気合を入れ直した。






・・・*・・・*・・・*・・・*・・・



 午前中に仕分けた手紙のうち、ロザリンデが直接開封するものをトレイに乗せ、ユイカは王女殿下の執務室を訪れていた。


「失礼いたします」


 声を掛けて室内に入ると王国の花が柔らかな笑みでユイカを見た。今日のロザリンデは髪を結い上げており、書き物がしやすいように配慮されているのだろうか、袖口や裾がシンプルで柔らかな色合いのオレンジ色のドレスを纏っていた。


(春の妖精がいらっしゃる)


 思わず見とれてしまうユイカに、ロザリンデはおっとりと微笑む。昨日の壁ドンは夢だったのではないかと錯覚するほどの美しさである。


「ご苦労様。お手紙の量に驚いたのではなくて? 毎年、新人女官は開口一番にそう言うのよ」


「はい、驚きましたが、同時に殿下がこれだけの方々と密に交流なさっているからこそ、我が国の芸術が発展しているのだと実感もいたしました。少しでもそのお力になれるよう、早く確実に業務を覚えたいと思っております」


 鼻息荒く言うと、ロザリンデはころころと笑う。しかしユイカはハッとした。


(顔の形は笑っているように見せているけれど、目は……笑っていない?)


 少し背中がひんやりとした時。


「……これは将来有望だこと」


 一瞬だけ口の端を上げて笑ったその姿に、ユイカの中で目の前のロザリンデにアルベルトが重なった。


「女官という仕事は、基本的に子爵家以上の貴族の令嬢がなるもの。それまで丁寧に真綿にくるむように育てられてきた令嬢が王族とは言え、人の世話をすることに面食らう者も少なくありません。けれども貴女はその先のことを見ているのね。さすがアルが見込んだ新人だわ。ユイカ・フォン・フォルンシュタイン男爵令嬢」


「!?」


 執務室にいた侍女、メイド、護衛がざわついた。ユイカが男爵家の者であるということは、女官の先輩はもちろん知っているだろうから何の動揺もない様子だが、他の者は明らかに困惑している。


「……」


(女官の先輩たちは昨日は誰も家格については言ってこなかった……けれど……これは……)



 目の前がぐらりと揺れたような気がした。ロザリンデの今の言い方は、アルベルトがユイカを特別視しており、それをロザリンデも認めた、ということではないか。


 ただの男爵令嬢を……。


 ユイカにはロザリンデの言葉でこの部屋の室温が一気に下がったように感じられた。ロザリンデがどういう意図をもってこの発言をしたのか、さっぱり分からない。けれど間違いなく、困惑している者たちはユイカに対して決して良い感情は持たないだろうことだけははっきりと感じ取ることができた。


「貴女の成長ぶりを楽しみにしているわ。そのお手紙を置いたら下がっていいわよ、ご苦労様」


 ロザリンデの声に、柔らかさは欠片も感じられなかった。敵陣の只中にたったひとり、丸腰で放り込まれたような気が……した。





次回(2/16)19時、ユイカ、ミナに救われる!


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