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第7章ー1




「殿下、本日より一週間の間、女官見習いの者が御前にてお目汚しをいたしますが、どうぞ寛容なお心でお許しいただきとう存じます」


 王女宮主席女官がユイカに背中を向けて立ち、うやうやしく王女宮の主に頭を下げている。ユイカは更に頭を低くした。


(とうとう始まってしまった、女官生活。どうか平和にこれ以上目立たずに生きていけますようにっ!)


 王女殿下は神様ではないが、思わず礼と共に祈ってしまったユイカの耳に、鈴の転がるような可憐な声が届いた。


「許します。新人さん、お顔を見せてちょうだい。そしてお名前を」


 少しだけ視線を上に向けると、主席女官が小さく頷いたのが見えた。挨拶しても良いということだろう。


「お初にお目にかかります。ユイカ・フォン・フォルンシュタインと申します。短期間ではございますが、王国の花であらせられます殿下にお仕えできることを心より誇りに思います。誠心誠意お仕えさせていただきたいと御前にて申し上げることをどうぞお許しください」


(よっっっっしっ!!! 噛まずに言えたっっっ!!!)


 各宮の主人への最初の口上は決まっているらしく、渡された書類にずらりと書いてあった。国王は『王国の太陽』王妃は『月』王太子は『光』そして王女が『花』と称えるるらしい。着替えから集合までの時間で、ミナと共に必死に口がつりそうなくらいに言いまくって覚えた文言である。ちなみにミナは王太子宮からのスタートである。


「まぁ、貴女がユイカ嬢なのね。アルからよく聞いていてよ!」


 嬉しそうに金色の瞳を輝かせ、拍手をするように両手を合わせながら小首を傾げてさらりと流れる金の髪を持つ目の前の可憐な姫君は、ユイカやアルベルトよりも二歳年上の二十歳である。


 なのにとんでもなく可愛らしい。ドレスも白地に金の刺繍と、貝だろうか、キラキラと日の光を反射させる凝った意匠である。シンプルではあるが、それが却ってロザリンデの美しさを際立たせていた。


(いや、お顔立ち自体は大人っぽくてお美しいのに、仕草がかわいいんだっ! 全方位可愛いっ!!! 眼福過ぎるっ!!)


 ロザリンデ・ド・ルミナス。一夫一婦制のルミナス王国の第一王女であり、王太子アルベルトの姉である。


「秋ごろだったかしら。アルが貴女に助けられた、と言っていました。弟を助けてくれて、本当にありがとう、ユイカ嬢」


「と、とんでもない! もったいないお言葉でございます!!」


 基本褒められたり感謝されることが苦手なユイカである。慌てて再度頭を下げた。


「……」


 ロザリンデはふと押し黙った。そして扇を一度開き、すぐにパチンと音を鳴らして閉じる。と同時に、主席女官、侍女が音もなく下がっていった。


「え……」


 ユイカは血の気が下がる気がした。突然王女殿下と二人きりにされてしまった。こんなこと、入宮して数時間の新人相手に有り得ないことである。


「わ、私も御前を失礼致します」


 何が起こったのか、いや、これから起こるのか、訳が分からない。先ほどの合図はユイカには分からない何かしらのサインだったのだろう。きっと自分もさっさと下がらなければならなかったのだ。


 深く礼をしてから踵を返して扉に向かった。……が、押しても引いても扉が開かない。まさかの横開きかと横にも引いてみたがもちろん扉はびくとも動かなかった。


(な、なにが起こってるの?)


『私の姉上は手ごわいよ。気をつけて』


 いつか、アルベルトが言っていなかったか?


 ユイカはパニックでドアノブをガタガタ揺らすことしか出来ない。




 ドンっ!



 ユイカの右耳のすぐ隣にとんでもない速さで何者かの手が伸びてきたかと思った瞬間、それは王宮の豪奢な分厚い扉に音を立てて勢いよく叩きつけられた。


「……え?」


 何が起こったのか訳が分からず、恐る恐る右に振り向くと、ロザリンデの美しい顔が息がかかりそうなほどの至近距離にあった。


「!?」


 驚きすぎて、勢いよく身体を回転させて背中をぴったりと扉にくっつけるような状態になる。左耳の横にロザリンデの腕。同じ高さにあるロザリンデの金色の瞳が、ユイカの瞳をじっとめつけている。ユイカは息をするのも忘れて、ロザリンデに見入ってしまった。



「ユイカ・フォン・フォルンシュタイン……アルにどうやって取り入った?」


 地の底から這い出るような低い声。相手を威圧するような威厳のある声でもあった。


(先ほどの鈴を転がすような可憐なお声はどこ行った!?)


「……」


 ユイカは驚きすぎて何も答えられない。それをロザリンデは何か後ろめたいことがユイカにあると思ったのだろう。更に美しい顔が近づいた。花の香りだろうか、とても良い香りが鼻腔をくすぐる。


「アルは、ああ見えて簡単に他人を信じるような子じゃない。それを、あれほどにあっさりと……。一体何をした?」


 ユイカはまだ答えられない。ただロザリンデを見つめるのみ。


「恐怖で声も出せないか?」 


「……れ……い」


 ユイカはやっと息をすることを思い出し、大きく深呼吸をした後、震える声で絶え絶えに言う。


「?」


 ロザリンデが綺麗に描かれた眉をしかめて怪訝な顔をした瞬間。


「……めっちゃくちゃお綺麗ですね、ロザリンデ王女殿下っ!!!」


 ユイカはロザリンデの美しさに興奮しすぎて我を忘れていた。


「……は?」


「この至近距離でも毛穴も探せないほどの陶器のようなお肌! 目に影が落ちるほどの長いまつげは全て綺麗に上を向いてて……唇も艶があってぷっくりとしてて……そして何よりめっちゃいい匂い!!!」


「!?」


 ユイカの変態的にすら聞こえるだろう美を絶賛する声に、ロザリンデは身の危険を感じたのか、一気に十歩ほど離れた。彼女のドン引いた表情を見てユイカはハッとする。


(や、やってしまった……っ!!!)


「も、申し訳ございませんでしたっ!!! 不敬でございましたっ!!! ひらに……平に……ご容赦をっっっ!!!」


 その場で飛び上がり、流れるように正座して床に平伏した。つまり、お馴染みの土下座である。


「……」


(あまりにもお美しすぎて、脳みそが大爆発してしまったのかもしれない……ていうか、本当にこれで第二の人生も終わったかも)


 一瞬の沈黙の間が王女の居室を満たした後。


「あっはははは!」


 ロザリンデ王女が大口を開けて、腹を抱えて身を捩り笑い始めた。


既視感デジャヴ……?)


 いつぞやのきらきら王太子殿下がユイカ渾身の謝罪を見て大笑いなすった瞬間の光景が、ユイカの脳内を通り過ぎていく。


 「で、殿下?」


 王国の花とも称えられるほど国民から愛されていらっしゃる天真爛漫な姫君が、腹を抱えて大笑いしているという目の前の光景を前に、床に正座したままのユイカは頬をつねった。


(痛い。夢じゃない。……ということは幻覚?)


 ロザリンデは笑いながらユイカを見下ろし、自分の頬を何度もつねっている女官を見つめて首を傾げた。その仕草すら美しい。


「何をしている? 謝罪の次は自分を罰するのか? 申し訳ないが私は、人が痛められて喜ぶ性癖は持ち合わせていないのだが」


「!?」


(ウソでしょ!? 今、『性癖』とか言った? 国中の花が恥じらって花弁を閉じるとまで言われている王女殿下が? しかも素は男性的な喋り方をなさるの!? やばい、尊すぎてもう意味が分からな……い)


 緊張と混乱と朝食を食べられなかった空腹でユイカの意識が遠のきそうになる。


「姫様、いい加減になさいませ」


 その時、呆れたような声が背後から聞こえてユイカが振り返ると、先ほど王女殿下がものすごい音を立てて手を叩きつけていた扉が小さく開き、廊下から上級を示すオレンジ色の魔石を胸につけた侍女がため息をついて入ってきた。


「出会って一瞬で猫を脱がないでくださいませ。新人が顔色を失っております」


 侍女の遠慮のない言いぶりを咎めることなく、ロザリンデは豪快に笑う。


「すまないな。アルが言っていた通り、面白い娘だったものだから、つい……な。ユイカ嬢立てるか?」


 ロザリンデが豊かな金色の髪を無造作にひとつにまとめ、座り込むユイカに手を差し出した。


「姫様! だから貴女が颯爽と先立って動くから私たち困っておりますのっ! 頼むからじっといい子にお待ちくださいと何度申し上げたら……っ!!」


「阿呆らしい。動ける人間が動けばそれでいいだろう。形式だの家格だの、歴史だの鬱陶しい」


 そう言いながらロザリンデはユイカの手を取って立ち上がらせた後、ソファに足を組んで深く座った。


「姫様っ!!」


 侍女はもう血管が何本か切れているのではないかと心配になるくらいにキレ散らかしている。


「分かったよ、セラフィーナ。落ち着いてくれ。いい子にしておくから」


 特に慌てることもなく王女殿下は慣れた手つきで指先をくるくる回した。部屋の奥にあるテーブルの上で羽ペンと紙が踊るように揺れた後、封をした手紙の形でロザリンデの手に戻ってきた。


「ユイカ嬢には、王女宮最初の仕事を任せよう。この手紙を我が愚弟に渡してきてもらえるかな?」


 ユイカは状況の変化についていくことができず、出来ることと言えばロザリンデの言葉にこくこくと頷くことだけであった。




次回(2/14)19時、カイさん、どうしちゃったんですかね!? 

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