第6章ー4
「ユイカ・フォン・フォルンシュタインね……はい、これが貴女の部屋の鍵。失くしたら実費請求しますから気を付けて」
職員番号が十番ごとに振り分けられた列に並び、順番が来て職員番号と名前を伝えると、手慣れた様子のこれまたビシッとした身なりの、清潔でアホ毛ひとつないメイド服のお姉さまが何か色々入っているらしい紙袋と封筒、それから金色の鍵をユイカに勢いよく渡した。
「下級女官は二人部屋よ。どうせ侍女を連れてきていないでしょうから、細々した生活面での用事はフロアメイドに言いつけなさい。制服は紙袋の中、これからの指示は封筒に入ってるから確認してちょうだい。部屋はカギの番号を確認して。はい、次の人!」
という流れ作業的な極めて簡潔な説明でユイカは気がつけば人ごみに流されて講堂の外に出ていた。まだたくさんの人々がごった返している講堂を見つめほぅっと感心の息を吐いてしまう。
(さすが王宮。前の世界の官邸とか都庁で働くようなものだもんね。先輩方の貫禄がすでに凄すぎる)
妙な感心をしながら、ユイカは手元にある鍵の番号と壁に貼ってある寮案内の紙を見比べる。王宮職員の寮は内宮とは別棟にあり、職種によってフロアごとで分かれているようだった。
新入職員が全員移動しているものだから結構なごった返し具合なのだが、ユイカはふと気づく。ユイカのように自分で荷物を持って歩いている人と、自分は何も持たず侍女的な人を連れて歩いている人とがいることに。
(なるほど……侍女をつれて働きに来る方もいるんだ……さすがエリート集団……)
そう思ってから、背中がすっと冷たくなった。そんな上流お貴族様しかいない職場に男爵家でしかない自分が入るのか……と。
しかもユイカは初出勤時からきらびやか過ぎる貴人たちのお見送りを受け、胃に穴が空きそうだったが、周りの人たちはどう思っただろう。前世日本人特有の、出る釘は打たれる的な、初っ端からお局様たちからの攻撃が来るのではないか。
けれど、ユイカの脳裏には、先ほど贈られた言葉もあった。
『頑張りなさい。貴女なら、大丈夫よ』
(うん、エラ様がああ言って送り出してくださったじゃないか)
『そうですよ、何ていったってお姉さまは女神さまですからね!』
(いや、リリア様……働くのに女神関係ない……)
『あなたもすぐに立派な女官になられると思いますよ』
(うん……そうなれるように、頑張ります)
握りこぶしを向けてくれたカイを思い出しながらユイカは大きく息を吸った。
「私なら、大丈夫」
小さく呟いた自分の声を耳に届けてから、ユイカは自室に向かう。たくさんの新入職員と一緒に人ごみに紛れてしまえばこれ以上目立つことはないだろう。
(あたしはあたしのペースで頑張ればいいんだ、きっと)
ようやくそう思うことができるようになったと同時に見つけた部屋番号と、手の中にある鍵の番号を見比べてひとつ頷きノックする。
「はーい」
中から声がした。どうやらルームメイトは先に室内にいるらしい。失礼します、とユイカは声を掛けながらドアノブを回す。
(どうかどうか、ルームメイトが穏やかで優しくてあたしを路傍の石として扱ってくれるような仏の心の持ちでありますようにっ!!!)
「あ、王太子殿下に挨拶されてた人」
扉を開けると同時に、ルームメイトであろう翡翠色のくるくる巻き毛の令嬢がユイカの顔を見るなり、開口一番にそう言った。
「……」
「……」
お互いの沈黙の後、ユイカの口から本音が零れ出た。
「え? 言うに事欠いて初対面でいきなりそれ?」
顔を会わせて秒でその言葉を初対面の相手に投げつけられる人間はこの世にどれくらいの割合でいるのだろうか、などとユイカの思考は明後日の方向に飛んでいたため、ユイカ自身も初対面の相手にいきなり遠慮なくツッコんでいた。
「っ!? ご、ごごごごめんなさい。いきなり失礼しました。私、考える前に口に出ちゃう質で……」
ルームメイトのご令嬢は、ハッとした後、消え入りそうな声で身を縮める。色白の顔にパッと赤く色が差す。
(悪い人では……なさそう……なのかな?)
身構えていたユイカは、今更になって恥ずかしがって謝罪し始めるご令嬢を注意深く観察してみた。
「あ、申し遅れました。私、ミナ・フォン・リヒテンフェルスと申します」
ユイカの視線に気づいたミナはスカートの裾を少し持ち上げ、淑女の礼を取った。確か子爵家以上の者が女官になれて伯爵家以上の者は侍女を連れて個室だと聞いたから、ミナは子爵家のご令嬢なのだろう。
「ゆ、ユイカ・フォン・フォルンシュタインです」
ユイカもそれに倣うと、ミナはもう一度微笑む。
「聖女様の女神さまですね」
「!?」
目を剥くユイカにミナは悪戯っぽく笑った。
「ユイカ様は、かなりの有名人らしいですね。実は妹が学園でユイカ様のひとつ下の学年でしたので、よくお名前を聞いておりました」
「そ、そうなんですね」
「王太子殿下に変わった謝罪をなさったとか、ローラン公爵家のご令嬢を泣かせたとか、王太子殿下を狙う不審な男を飛び蹴り一発で倒されたとかっ!」
「……ん?」
(ちょっと待って。雲行きがおかしくない?)
「王宮女官になるために王太子殿下の後ろ盾を匂わせて学園の教師に学校推薦枠を用意させたとか……ってこれは誰にも言っちゃダメって言われてたのにっ!!」
「……」
「……今のは聞かなかったことに!!」
あわあわした後に、ミナは口元を押さえていた両手を、今度は組んで祈るようにして上目遣いで視線を送ってきたが、ユイカは口元がひくつくのを感じながら必死に冷静を装って言った。
「できるわけないですよね?」
「……申し訳ございません」
ミナはしおしおと肩を落とし、両手を揃えて深く謝罪する。
(何というか、この人の情緒、ジェットコースターみたいなんだけど大丈夫かな? 上がったり下がったり忙しいんだけど)
正直ついていけない、とも思ったが、この誤解を解いておかないと今後大変なことになりそうな気がする。
「あのですね、ミナ様。ミナ様が先ほど仰った私に関する話、かなり盛られてます」
「『盛ら』……れ?」
「失礼しました。動揺しすぎて故郷の言葉を使ってしまいました。あのですね、その話、かなり嘘というか誤解が混ざってます」
アルベルトの前で様子のおかしい女として変な謝罪方法をとってしまったことは認めた。がしかし、エグランティーヌを泣かせたことは無いし、なんならエグランティーヌの前で大泣きしたのは自分だし、不審な男に足で攻撃したのは事実だけど何の効果もなく、逆に怒らせてしまったことを必死で伝えた。
「それから、これだけはどうしてもはっきりしておかなくてはなりません。私は王宮女官になる気は太陽神に誓って、全くもって、ひと欠片も、ございませんでした。こればっかりは私の弁を信じていただくほかないのですが、この瞳孔の開き具合でご判断いただけないでしょうか? どうか信じていただけないでしょうかっ!!!」
必死にどんどんミナに顔を近づける。
「なんなら王太子殿下のお名前の下に私の身の潔白を宣誓していただきましょうか? ここに呼びましょうか? ここご実家ですし、叫べばどこかから出ていらっしゃるような気がっ!!!」
「いいです、いいですってば! そんなことのために王太子殿下を呼び出さないでくださいって、もう分かりましたからっ!! っていうか私が悪かったですから!!!」
ユイカのどアップにミナは耐えきれず降参のようだった。顔を背けながら両手でユイカの肩を掴み必死で距離を取ろうとしている。
「ユイカ様、噂と全然違うのですね。何というか、庶民的というか……」
「そうなんです、信じていただけましたかっ!?」
(ミナ様がその噂を信じているのなら、きっととんでもない数の人がその噂を聞いて、信じて、更に噂が大きく広がってるんだ)
絶望的な気分だった。
「私が言うのもなんですけど、ユイカ様ご本人と話していれば、先ほどの噂は嘘だろうって分かります」
「……本当ですか?」
ミナは可笑しそうに肩を揺すって笑っている。
「本当です! だって、ユイカ様必死なんですもん。それくらいは分かります。ご不快な噂をお聞かせしてしまったお詫びに、今後はその噂はこの私が責任を持って全否定して回りますからっ!」
ユイカが安堵の息を吐いたと同時に、鐘の音が寮内に響いた。ミナはハッとして飛び上がった。
「ユイカ様! もう着替えなくては! 一時間後には集合ですよ。書類も読み込んでおかないと!」
「そ、そうなんですね、ありがとうございます。ミナ様」
二人でそう言って、慌てて紙袋に入っていた制服に袖を通した。濃紺の足首まで隠れる長いワンピースに白くて大きな襟がついている。靴も濃紺のローファーのような低いヒールだった。
『髪はひとつにまとめ上げて、美しく。見苦しくない程度の化粧を施す。身分を示す魔石の胸元に留めること。制服は乱れのないように皴ひとつなく整えること。十一時からそれぞれの宮に集合』と封筒に入っていた予定表には書いてあった。
「これが、王宮女官の制服……」
着替え終わったミナは共用の姿見の前で感激したようにくるくると回っている。
「私、女官になるのが夢だったんです! 去年は落ちちゃったけど今年も再挑戦して、やっとここまで来れた!!」
「そ、そうだったんですか」
(ってことはあたしのひとつ年上?)
ミナはユイカの戸惑いに気づき、明るく笑った。
「一~二歳くらい違う同期っていうのは女官ではよくあることなんですよ! だって、女官は貴族女子憧れの職業なのだから! 私みたいに何度も挑戦している方、結構多いんです。だから年齢のことは気にせず同期としてルームメイトとして仲良くしてほしいです」
そう言ってミナはユイカの右手を両手でぎゅっと握った。なんだか憎めない人だとユイカは思う。
「こちらこそ、よろしくお願いしますね。 ミナ様」
ユイカは安堵しながらミナに微笑みかけた。こうしてユイカの王宮女官としての生活が今、始まるのだった。
次回(2/13)19時、噂のアルベルトの姉上、満を持して登場!
読んでくださって、ありがとうございます!
リアクションも本当にすごくとても大変嬉しいです!!
全45話中23話目です。ちなみに最後まで予約投稿完了しております。そして今日、やっと、折り返し地点です。これからユイカもエグランティーヌもその他キャラもドタバタしつつも成長していきますので、どうか最後までお付き合いいただけますように、お願いいたします。




