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第6章ー3



「やぁ、フォルンシュタイン嬢。待っていたよ、ようこそ、我が家へ」


 ルミナス王宮、内宮前。金髪金目の見目麗しい貴人、アルベルト・ド・ルミナス王太子殿下が内宮の入り口に立ち、本日入職予定のユイカ・フォン・フォルンシュタイン男爵家令嬢に手を振っていた。


 公爵家の馬車の中にいる、王太子殿下の婚約者候補筆頭でもあるエグランティーヌ・ド・ローランと、五十年ぶりに現れたとされるルミナス王国大教会に籍を置く聖女リリア・レーンに見送られて初出勤した男爵家令嬢ユイカただ一人に向けて。


 王太子自らのお出迎えである。今日から共に働く王宮女官や侍従やその他大勢が一堂に出勤する時間に。意図的に。敢えて。


(終わった……あたし、今世でも終わったんだ……もう……気絶してしまいたい……)


 あまりにも絶望的な光景に、馬車の扉が開いても、ユイカは動くことができなかった。


 俯いたまま動けない、緊張で震えている友人の手を、エグランティーヌはそっと両手で包み込む。


「ユイカ、今は……迷惑でしょうけれど、耐えてちょうだい」


 ハッと顔を上げると、エグランティーヌの紅い瞳は真剣そのものだった。


「『今は』ってそれってどういう……」


 何故エグランティーヌがそんなことを言うのか分からなくて意図を尋ねようとしたけれど、リリアがそれを遮る。


「やだ、エグランティーヌ様、迷惑だなんて、殿下にもご自分にも失礼ですよ」


 たしなめるように言うリリアにエグランティーヌは大きく息を吐いた。


「どうしてそこにご自分は入っていないのですか?」


 リリアはエグランティーヌの嫌味に全く気付いていないようで、くすくすと笑っている。ユイカだけが空気を重くしていることに自分で気づいた。目の前で遠慮なしに言い合う二人を見ているうちに、少しずつ気持ちの余裕が生まれてくる気もした。


(もしかして……二人であたしの緊張を解そうとしてくれているのかも)


 そう思ってみれば嬉しくて、抱きしめていた温石も温かくて、ユイカは少しだけ元気を出すことができそうだった。


 よし、とひとつ声を出し、ユイカは立ち上がった。


「頑張りなさい。貴女なら、大丈夫よ」


 エグランティーヌの言葉にユイカは頷く。


「そうですよ、何ていったってお姉さまは女神さまですからね!」


 リリアの言葉に笑ってしまう。ユイカはしっかりと前を向いて馬車を降りた。すると、アルベルトが目の前に足取り軽くやってきた。


「よし、来たね。せっかく一年がかりで囲い込んだのに、土壇場で怖気づいて逃げられちゃったらどうしようかと気が気じゃなかったけど、安心した」


 ユイカは苦笑する。


「殿下、もう少し本音は隠された方が……」


 もうここまで来れば隠す必要もないと思ったのだろうか。『囲い込んだのに』と他者も聞いている前で言い切ったアルベルトに、思わずユイカの方から言ってしまう。


「あはは、そう言うフォルンシュタイン嬢も随分私にくだけた話し方をしてくれるようになったよね。初めて会った時は顔さえ上げてくれなかったのに」


「殿下、あの初対面の日のことは忘れてください……」


「忘れられるわけないだろう、あんな衝撃的な出会いを。ねぇ、カイ?」


「……ここでは返答致しかねます」


 無表情の護衛騎士が淡々と言った。ほんのりと空気が冷えた気がした。


(あれ、カイさん機嫌悪い?)


 その時。


「新人王宮職員の皆さんは内宮、講堂へお集まりください。さぁ、急いで!」


 後れ毛ひとつない髪をひとつに綺麗にまとめ上げた女官が、てきぱきと指示を飛ばし始めた。


 それまで新人を含む王宮関係者皆がユイカと王太子のやりとりに困惑、呆れ、興味など様々な想いを含んだ視線を向けていたが、女官の声ひとつで集まっていた視線が一気にばらけたのを感じる。


「かっこいいな」


 ユイカはひとりごちる。


「貴女もすぐに立派な女官になられると思いますよ」


「!?」


 後ろから聞こえた声に慌てて振り向くと、カイが握りこぶしを向けていた。頑張れと言ってくれているのだ。思わず笑顔になったユイカも同じようにこぶしを見せてから、見送りについてきてくれたエグランティーヌとリリアに礼を言って案内に従い講堂へと向かうのであった。



・・・*・・・*・・・*・・・*・・・



(緊張からだろうか、ユイカ嬢の顔色が悪かった)


 ユイカの後ろ姿を見送りながら、カイは彼女の表情が気になっていた。そして主の行動に少しだけ苛立ちを感じてもいた。


「殿下、何故あのように目立つことを……」


 彼女はとにかく目立つことを徹底的に避けようとしている。それが成功するかは置いといて。


 カイの主であるアルベルト王太子は、上辺の言動だけを見ていれば程良く品性があり、気安く様々な者に積極的に関わっていく好奇心の塊という人柄ではあるが、長い時間共にいるカイからすれば、慎重に全てを見通した上で行動しているのではないかと思えるほどの思慮深い主であった。


 それなのに何故……。


「必要だからだよ。私は彼女を無理矢理家格至上主義者の巣窟に武器も持たせずに放り込むんだ。しかも騙してまでね」


 少しだけ苦い顔をしたアルベルトに、カイはハッとした。


「……」


「だからこそ、私は彼女に強力な盾を持たせなくてはならない。私は彼女の人生に責任を取らなければならない」


「盾……でございますか?」


「王太子がわざわざ囲い込み、自分の家紋付きの馬車を使ってまで送り届けるほどエグランティーヌ公爵家令嬢からの寵愛があると知れば、バカなことをする者を少しくらい減らせるだろ? 虫よけみたいなものだ。ま、聖女は本当に何も考えずに来たらしいけどね」


 そう言ってアルベルトは後ろを振り返る。カイも一緒に視線を向けると、公爵家の馬車から紅い髪の令嬢が頭を下げ、馬車は帰路を進むところだった。


(殿下もエグランティーヌ様も、彼女のこれからを考えた上での配慮だったのか……)


「……差し出口を申し上げました。私の想像力が足りませんでした」


 カイはぐっと身体の横で両手を握った。アルベルトは苦笑する。


「君の立場でそこまで想像するのは難しいことだよ。これは私たちが勝手に考えて起こした行動だ。気にしなくていい」


 そう小さく答え、アルベルトはカイの肩を叩いた。


「私は自分の治世を確実なものにするために、自分の信頼できる者だけを要所要所に置いておきたい。今はその種を撒いているところなんだ。君のこともだよ、カイ。頼りにしてる」


「ありがたき……幸せにございます」


 自分の考えの足りなさに歯噛みしたいほどだったが、自分が彼女のためにできることは何なのか、カイは考えを巡らせながら主の後をついて歩くのだった。自分の力を主と彼女に捧げるのだと決意して。



次回(2/12)19時、 初対面の相手に、「あ、王太子殿下に挨拶されてた人」と顔を見るなり言われてしまうユイカさん!

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