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第6章ー1




「何度見直したところで変わりませんでしょう? もういい加減受け入れなさい」


 卒業式の翌日、寮の自室でユイカは目の前に座るエグランティーヌの呆れた物言いに項垂うなだれた。どうしても納得することができず、引っ張ったりぐしゃぐしゃに丸めたり火で燃やそうとしてみたり、様々な足掻きで元の形から変化させようと試みた配属決定通知書が、手元に届いた時と全く同じ原型を留めていた。


(皴のひとつでもつけば、偽物の紙だって物言いができるのに……さすが国王玉璽魔法印。さすがだわ……)

 

 『ユイカ・フォン・フォルンシュタインを王宮女官に任ずる』


 それだけが書かれた、皴ひとつ、焦げひとつ無い綺麗な紙片。この紙に書かれている内容は国が決めた紛れもない事実であり、何人なんぴとなりとも覆すことも、異を唱えることもできない、という現実をユイカに突きつけていた。


「でもエグランティーヌ様、私、王宮職員試験を受ける時に調べたのですけれど、『王宮女官は基本的に子爵家以上の者とする』っていう文言があるのですよ? 私は男爵家ですよ? 絶対に何かの間違いに決まってます」


 こりもせずしつこく食い下がるユイカを見て、公爵家ご令嬢は音もたてずにティーカップを置くと、優雅にくすりと笑った。


「貴女は自分で『基本的に』と口にしておいて分かりませんの? 何事にも例外というものはあってよ。そもそも殿下から女官を勧められていて、殿下ご自身がご自分の希望は通るからとまで仰っていたのでしょう? ならば女官に推薦されるということを想像できていなかったユイカ様の落ち度ではなくって?」


 上から見下ろすように顎を持ち上げ、腕を組んでユイカを真正面から見つめて言うものだから、あまりの圧にユイカはしおれる。


「うぅ……そ、それを言われると……何も言えないです」


 エグランティーヌの楽しそうな笑い声がほとんど物のない室内に響いた。


「今のはユイカ様の言い方を真似てみたのよ?」


 コロコロと楽しそうに笑う麗しきご令嬢を見つめ、ユイカは肩をすくめてみせた。


「……エグランティーヌ様、孤児院の子に対する優しさを私にも少しくらい分けてくださってもよろしいのですよ……」


 笑って言うと、エグランティーヌはすっと真面目な顔になって、でも温かい声音をユイカに向けた。


「貴女なら大丈夫よ。この私が保証するわ。きっといい女官になれる」


 その心からの応援に、ユイカは何も答えることができなかった。


(女官になることが嫌なのではなくて……もし前世まえと同じになったら……)


 王宮女官に配属するという決定通知書が届いて以来、ユイカの不安は、いつもここに戻ってしまうのだ。せっかく生まれ変わって、今までの人生をリセットするかのようにやってきたこの一年が、全て無駄になってしまうのではないかという不安。


 しかしこの不安を、エグランティーヌはもちろん、この世界の人に言うのは何だか怖かった。


 何も答えないユイカにエグランティーヌもまた、何も言わなかった。


 少しの間、室内が静かになった後、ところで、とエグランティーヌはユイカの居室内を見回した。


「貴女、これからどこで生活なさるおつもり?」


 この学園の寮からは今日中に退去しなければならなかった。無理を言って今日まで何とか置いてもらっていたユイカは、昨日までは完全に王立図書館職員(残業が確実にないと言われた受付)になるつもりでいたため、丁寧な暮らしを実現するために王都で一人暮らしをしようと準備していたのだ。


 しかし、配属発表があった昨日、その夢はあっけなく砕かれた。一人暮らしの部屋もキャンセルした。やはり丁寧な暮らしなど都市伝説なのだと呟きながら。


「女官は入寮することが義務付けられているのですが、入寮できるのは入宮してから、と言われまして……。実家に帰るのも遠いし、家族の中では女神フィーバーがまだ冷めていないと聞いて、帰りたくなくなってしまいましたし、仕方ないのでその辺のホテルにでも泊まって入寮日まで過ごします」


「……」


 エグランティーヌは扇を広げて口元を隠し、ユイカを見つめた。視線だけではあるが、何か言いたげであることだけは伝わった。


「何ですか?」


 問うてみると、エグランティーヌはぼそりと横を向いて呟いた。


「貴女、私に何故頼らないのよ?」


「……え?」


「……ゆ」


「ゆ?」


 珍しく煮え切らない態度のエグランティーヌを何事かと見つめていると、頬を紅潮させた彼女は扇で顔を隠して言ったのだ。


「友人一人くらい二週間私の屋敷に泊めることなど造作もないことよ!」


「……」


「……」


 室内に沈黙が満ちる。


「エグランティーヌ様……」


「な、なによ? い、嫌なら無理にとは言いませんけれど……」


「抱きしめてもいいですかっ!?」


「良いわけないでしょ! 座りなさい! 怖いのよっ!!」


 両手を広げて立ち上がろうとするユイカを扇で制し、エグランティーヌはこほん、と咳払いする。


「それと……もうひとつ」


「何でしょう?」


「さっき貴女、孤児院の子への優しさを自分にも……って言ったわね」


「言いましたね」


 こくりと頷くと、エグランティーヌは何故か緊張しているような顔でユイカをちらりと見た。


「なら……貴女も私のことを『エラ』と呼んでもいいから……あの……」


 エグランティーヌはもじもじと身をよじる。彼女の感情の急上昇と急降下が激しくて、ユイカはつい笑ってしまう。


 そして満面の笑みと共に伝えた。


「えぇ、私のことはどうぞ『ユイカ』とお呼びください、エラ様」





・・・*・・・*・・・*・・・*・・・


 それからユイカはエグランティーヌの厚意に甘え、屋敷の一室を借りたものの忙しい毎日を過ごしていた。


 「公爵家のご令嬢って、こんなに毎日来客があるものなのですか!?」


 思わず言ってしまうほどにエグランティーヌには来客が絶えなかった。


 まず王太子が三日に一度はやってくる。その際には必ずユイカにもお召しがかかる。リリアが二日に一度はやってくる。ソフィアを助けてもらった手前断れない。もちろん、その際にもユイカにお召しがかかる。他にもサラやクロエ、外商、家庭教師、社交、お茶会と、とにかくエグランティーヌの一日は忙しかった。


「呼ばれていない時は無理にそんなことしなくてもいいのに」


 ローラン家の広い応接室で、ソファに座るエグランティーヌの斜め後ろにユイカは立っていた。


「友人として、って意味でうちに招いたのに……」


 エグランティーヌは少しだけむくれた顔をする。そんな可愛らしい友人を見つめ、ユイカは微笑んだ。


「少しでも女官のお仕事に慣れておきたいので。だって、エグランティーヌ様のお屋敷って、言ってみればこの世で一番王宮に近い環境じゃないですか」


 そう。お世話になるついでに公爵家の傍仕えが女官の仕事に少しだけ似ていると聞いたため、ユイカは職場体験させてもらうことにしたのだ。


「貴賓宮に泊まっていた時の女官さんが、アメリア様っておっしゃるんですけどね、ものすごく優しくて気が利いていて、でもいざというときの押しも強くてとてもかっこ良くて素敵だったんです」


 思い返すように言うと、エグランティーヌの斜め前で優雅にソファで寛いでいる貴人が笑った。


「やっぱり、そういうところもきちんと見ていてくれたんだね。無理言って泊まってもらって正解だった」


 ユイカとエグランティーヌの会話を聞いて、王太子殿下が満足そうに微笑んでいる。そう、今は王太子殿下と婚約者候補である公爵家ご令嬢、エグランティーヌとの三日に一度のお茶の時間であった。


「殿下の全ての言動には裏があるのですね」


 過去一年で色々やらかされたユイカは、もうルミナス王国次期国王であるアルベルト王太子殿下に対して容赦がない。そんな態度をアルベルト自身は喜んでいる様子だし、内輪だけの時しかユイカもこの態度を出すことはないので、エグランティーヌも特にとがめることもなかった。


「褒めていただいて光栄だよ」


 アルベルトは事も無げにそう返すと、にっこりとユイカを見た。


「ところで公爵家の傍仕え体験をしてみてどうだった?」


 値踏みするようにユイカを見上げるアルベルトの目を見れば、何かを期待していることが手に取るように分かった。


「そうですね、皆さんお仕えする主のことをよく見ていらっしゃるので、先回りしていかに効率的に無駄なくスムーズに動けるかを計算した上で準備なさっている姿がプロそのものでした。言われてから動く方が誰もいない、というのは素晴らしいマニュアルと教育とそれぞれの方の素養と努力があってのものかと」


 淀みなく答えると、アルベルトは満足そうに笑う。


「やっぱりフォルンシュタイン嬢は私たちの見込んだ通りだったね、カイ」


「……そうですね」


 黙って殿下の後ろに控えていた護衛騎士のカイがフッと柔らかく笑んだ。ユイカはその笑みに一瞬気持ちがほっこりしかけたが、すぐに引っ掛かりに気づいてしまった。


「『私()()の見込んだ通り……』とは?」


「!」


 カイの肩がびくりと小さく揺れた。対するアルベルトは動揺することなく鷹揚に構えている。


「あれ、カイはまだ君に何も言っていなかったんだね。もう良いか。あのね、私たちが初めて出会った中庭での遭遇から、君にはカイがずっと付いていたんだよ」


「……は?」


 思わずユイカはカイを凝視した。カイは、もう諦めたように目を伏せている。


「え? あの……私がカイ様に不審者だと咎められたあの時から……でございますか?」


「そう。だってフォルンシュタイン嬢、君、面白過ぎたから。そして……かん……いや見守りの結果、君はとても優秀な人材であると私は結論付けた。特にね、どんな境遇に陥っても何らかの道を考えて作りあげて進むところを、私は心から評価している」


 エグランティーヌがそれに続く。


「私も貴女の言葉の持つ力や、出来ることを出来る時に全力で行う、という行動から、多くのことを学ばせていただいたわ」


「カイ、君からもあるだろう?」


 アルベルトが華麗にカイにパスをする。


「……私は貴女に心を救われました」


「!?」


 突然三人からぶん投げられたものすごい高評価の嵐にユイカはフリーズしてしまった。


「だから、王宮職員試験に合格した君を『子爵以上』と決められている女官に推薦した。きっと王宮に良い風を吹かせてくれる、と期待してね」


「……」


(悪気ない期待が重すぎます、殿下……)


 黙することしかできないユイカの反応を肯定と取ったのか、アルベルトは嬉々として話を続ける。


「ちなみに女官は最初にいろいろな宮を体験しながら仕事を覚えるというのは聞いているよね?」


「はい」


 王宮からこれまた国王玉璽の魔法印で届けられた、入宮日のオリエンテーションの案内に書いてあったことを思い出し頷く。


「君のローテーションは、王女宮、王太子宮、貴賓宮なのも知っているね?」


「はい」


「私の姉上は手ごわいよ。気をつけて」


「はい?」


「その後の王太子宮に来るのを私は心から楽しみに待っているからね」


「ちょ……殿下?」


「ではエグランティーヌ嬢、約束通り、ローラン家ご自慢の庭園をご案内いただけるかな?」


「えぇ、喜んで」


 アルベルトが差し出した手に、エグランティーヌは微笑んで華奢な手を乗せて立ち上がった。エグランティーヌと共に応接室の扉の前まで行くと、アルベルトは満面の笑みで振り向き、カイに指示を出した。


「カイはフォルンシュタイン嬢の護衛を。私とエグランティーヌ嬢にもローラン家の護衛が付くから私たちが戻るまで、彼女とこちらで待機していてくれ」


「……御意」


 ユイカを混乱させるだけ混乱させ、カイに後の説明を全て丸投げし、足取り軽く婚約者候補様と共に応接室を出て行く王太子殿下を、ユイカ達は黙って見つめることしかできなかった。




次回(2/10) 19時 じれじれ両片想いって見てて本っ当に楽しいですよね!

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