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第4章ー4




 二人きりになった応接室。お茶が置かれたテーブルの脇に立ち尽くすユイカと少しだけ開いた扉の前で固まっているカイ。静寂が場に満ちる。


 ユイカは緊張を緩めるためにひとつ息を吐いてから、意を決して扉に向かって歩いた。


「カイ様……」


「……フォルンシュタイン嬢……」


 カイの視線はうろうろとユイカの頭の後ろを見ている。ユイカと室内に二人きりにされて戸惑っているのが手に取るように伝わってくる。


(なんか……可愛いひとだな……じゃなくてセクハラ案件の謝罪をしなければっ!)


 ということで、ユイカは綺麗に九十度以上、腰を曲げて頭を下げた。


「先日は、カイ様の気持ちも考えず、失礼な物言いと、大変失礼な行動をしたこと、心よりお詫び申し上げます!!」


「!?」


「私が後先考えない行動をしたことに対するカイ様の叱責は当然のものでございました。なのに私は言い返すどころかカイ様に……」


(顔に……触れて……抱きしめて……)


 脳内ではあるが、自分の行動をこうして言葉にしてみると、完全に様子のおかしい痴女である。犯罪である。何せ中身二十六歳の大人なのだから。


 顔が熱くなったのは頭を下げ過ぎたせいばかりではないだろう。


「フォルンシュタイン嬢、頭を上げてください。七歳も年下の貴女そこまでされては、私の立つ瀬がありません」


「カイ様……二十五歳だったんですね」


 結衣とあまり変わらない年だと分かり、少しだけホッとする。


「そんなことよりも、私の方こそ貴女に謝らなければなりません」


「え?」


(カイ様は怒っていたのではない?)


 驚いて顔を上げる。


 と、すぐそばにカイの顔があった。


「!」


 思いもよらない近すぎる距離に、慌てて一歩下がろうとした時、ユイカの足に痛みが走った。打撲している弁慶の泣き所だ。


(やばっ……身体……支えられないかも……!)


 ゆっくりと身体が後ろに倒れていくことは分かったけれど、もうどうしようもない。ユイカは背中から床に身体がぶつかる覚悟をして目を閉じた。


「危ない!」


 カイの焦ったような声がした。覚悟した痛みは何もない。というか、倒れていない。ユイカは目をそっと開けた。


「……っ!?」


 気が付けば、彼の腕の中に抱きしめられていた。


 がっしりした腕と胸。温かくて、ほんの少し石鹼の香りがする。自分が小さくなったかのように感じるほど大きいカイの身体に、ユイカは固まった。


(だ、だだだっ抱きしめられている!?) 


「あ、あの……っ!」


 騎士は無反応である。


(カイ様も動かなくなってるんですけどぉぉぉっ!!!)


 少しでも身体を動かすと、カイに身体を擦りつけるような形になってしまう気がして、ユイカも動けない。と、その時、騎士がビクッと動く。


「っ! すまない!」


 慌てたように、カイはユイカの肩に両腕を置き、彼の方がゆっくりと離れてくれる。そのちょっとした気遣いがユイカにはなんだかこそばゆい。


「痛みは?」


「だ、だ、大丈……夫で……す」


 心臓の音が今頃になって大爆音になっている。カイに聞こえてしまっているのではないかと不安になる。


「ゆっくり……歩いてください。ソファに、座りましょう」


 エスコートするように手の平を向けられ、その大きな手に自分の緊張で震える手を乗せる。するとそっと背中にカイの温かなもう一方の手が添えられた。


「も、申し訳ありません。あの……もう大丈夫ですから」


 そんなに大事に扱われたことのない婚約者もいない田舎の末っ子は更に動揺してしまう。そんなユイカを落ち着かせるようにカイの静かな声が耳のすぐ傍から聞こえた。


「とりあえず……座ってください。治りかけで再度怪我をすると……長引きますから」


「は、はい」


 扉からソファまではそんなに距離があるわけでもないのに、ものすごく長い時間そうしていたような、あっという間なような、よくわからない時間をかけてユイカはソファに座った。


「ありがとうございまし……!?」


 座ってユイカはカイを見上げた。言葉が続かなかった。


「……」


(カイ様、耳まで真っ赤……)


 焦っていたのは自分だけではないのだと分かり、気持ちが少しだけ緩む。


「……カイ様も座ってください」


「……失礼、します」


 彼があんなに顔を赤くしているところなど、初めて見た。今も、なんだか身の置き所がないように見える。


(初対面の時はあたしのこと、あんなに冷たい目で見てたのに……)



 あの時と今のギャップに、思わずフフッと笑みがこぼれてしまった。


「……何ですか?」


「いえ、なんでも……」


(なんだか、緊張が解けたみたい。カイ様の雰囲気がそうさせるのかな)


 そんなことを思いながらユイカが斜め前に座る騎士に視線を向けると、彼は今度は視線を逸らすことなくユイカを見ていた。まだ耳が少し赤いけれど。


「貴女に謝罪をさせてください、フォルンシュタイン嬢」


 カイは座ったばかりなのに再び立ち上がると、床に片膝をつけた。いつぞやの謝罪の時と同じである。


「カイ様! 本当におやめください。礼を尽くしていただけるような人間じゃないんです、私!」


 ユイカも立ち上がろうとしたが、カイに制されてしまった。


「急に動いて、また転んだらどうするんですか。貴女は本当に……」


「……っ!?」


 ユイカは目の前の騎士の表情に目を奪われた。


(笑って……る?)


 ユイカが目を見開いて、初めて見る騎士の笑顔に驚いていると、カイはフッと笑みを柔らかくした。


「失礼。しかし、貴女が貴族らしく社交的に振る舞えば振る舞うほどに私の前では様子がおかしくなる気がします」


「!?」


 言われてみればそうかもしれない。


 ユイカもつられて笑ってしまった。その気の緩みで、つるりと図々しいお願いが口から零れてしてしまう。


「だったら……二人の時は、お互いに敬語、やめません?」


「いいのですか? あなたは貴族です」


「しがない男爵家の末っ子だから、その辺の商家の子の方がお嬢様然としてる。田舎者だし。何せ様子のおかしい女だし」


「……そうだったな」


 二人は顔を見合わせて、もう一度笑った。



・・・*・・・*・・・*・・・*・・・


「ところで、私に謝罪って?」


 再度斜め前に座ったカイにお茶を淹れてからユイカが尋ねると、彼は至極真面目な顔をして三本指を立てた。


「最初にフォルンシュタイン嬢を不審者扱いをしてしまったこと、殿下の命令とは言え、衆目の眼前で大げさに謝罪して注目を集めさせてしまったこと、そして自分の命を軽んじるような言葉を放ったこと……だ」


「最初の二つはカイ様のせいじゃない。それに最後の一つだって、貴方の生い立ちと傷を考えれば、仕方ないことだとも思う」


「そう言ってもらえると、気が楽だな」


 カイは安心したように口元を緩める。


「それに、私に対して本気でぶつかってきた人はいなかった。殿下でさえ、困ったように笑うだけだったのに」


「すみません。ついカッとなっちゃって……」


 死んだことがあるから、なんて言えるわけがない。けれど、こうして笑い合えるのであれば、あれで良かったのだと思うことができた。


「それで……私が殿下の護衛に就くことになった経緯だったか?」


「うん。話してくれるの?」


「殿下が話せと仰ったようなものだからな。……面白い話ではないぞ?」


 ユイカは頷いた。


「母を亡くして、義父に拾われて……私は義父が所属していた騎士団で稽古をつけてもらうようになった。強く在らねばと思っていたからな」


 カイ少年は、そこで王太子であるアルベルトと出会ったそうだ。


「最初はただ年の近い高貴な人の剣の相手をさせられてるだけだった」


 カイは最初から剣技との相性が良かったらしく、乾いた土が水をぐんぐん吸収するように力と技を身に着けていたから、王太子を怪我させないように打ち合うことくらいは軽くこなせるようになっていたのだという。


「それが殿下の気に障ったらしい」


「え?」


 目を瞬くユイカに、カイは苦笑した。


「『私と戦え。私が勝ったら、君を一生私の専属護衛にする』とね」


「平民が王太子殿下の護衛になど、なっていいはずがない。だからさっさと負けようとしたんだ。なのに、気がついたら本気を引きずり出されていた」


 さすが王太子の器、と言うべきなのだろう。アルベルトは人の心を操作するのが当時から抜群にうまかったそうだ。


 そしていざというときの剣技はアルベルトの方がまさっていたのだという。


「殿下は、私が本気を出さずに打ち合っていたことをご存じだった。いつ死んでもいいと簡単に命を投げ出す癖やどうでもいいと投げやりになるところにも気づいておられた」


「もしかして……」


「あぁ。殿下は、ぎりぎりのところで力を調整して、私が本気で避けなければ自分が怪我をするような無茶苦茶な戦い方で私を追い詰めた。そして最後の一撃……というところで攻撃を止めたんだ」


「止めた……って?」


「殿下はそれまでの猛攻撃が嘘のように急に動きを止めた。私はそれまでの激しい打ち合いで増した勢いを殺すことが出来ず、このままでは殿下に剣を振り下ろしてしまう、と焦った」


「そ、それで……どうなったの?」


「必死で横に身体を倒した。バランスを崩して思いっきり地面に転がった時、今度は殿下が剣を私に突き刺そうと構えていた」


「何それ卑怯過ぎだと思う!」


 思わずユイカが憤慨するのを見て、カイは笑って首を横に振った。


「恐らく、殿下は私が反射的に避けさせるために考える隙を与えなかったんだと思う」


 だから、カイは気がつけばアルベルトの剣を避けていたのだという。


「『お見事』と殿下は言って私を見下ろして笑った。そして『君は何故私に剣を振り下ろさなかった?』とお尋ねになった」


 『殿下に怪我をさせたくなかったからです』と答えたカイにアルベルトも同じセリフを返した。


『私も君に怪我をして欲しくないし、死んで欲しくない。それに、君も咄嗟の時には自分の身を護っただろ? それは当然の動きだ。私は君に自分の命を惜しんで欲しい』と。


「その言葉に対して私は拒否をした。自分は騎士になる。騎士は自分の命よりも他の命を守るための存在だから、と」


 アルベルトはやれやれと肩をすくめた後、倒れたカイの手を引いて立ち上がらせ、耳元で言ったそうだ。


「ならば、君が死ぬのは、私の命を守る時だけにしてくれ。私が本当に危ない時には頼るから」


 そんなことを言われたら、男性は……騎士は喜んで剣に誓うだろう。主に一生の誓いを。


 この約束があったからこそ、この人は今まで生き延びることが出来たのだと、ユイカは思った。


 だからこそ、カイはアルベルトを命を賭して守るのだ、とも。



・・・*・・・*・・・*・・・*・・・


 カイの話を聞き終え、ユイカはほぅっと息を吐いた。


「殿下は、カイ様をご自分の護衛に任じることで、貴方を護ろうとなさったんだね」


「今思えば、きっとそうなのだろうな」


 カイはそう言いながら立ち上がり、出されたお茶の礼を言った。


「こちらこそ、カイ様と殿下の熱い友情談を聞かせていただき、ありがとうございました」


 若い男女が、しかもひとりは腐っても一応貴族籍にある淑女であるが故、少しだけ扉は開けられたままだった。アルベルトの指示だろう。ユイカとカイが廊下に出ると、ちょうど王太子殿下が別の護衛を連れてやってくるところだった。


「やぁ、ちょうど良いタイミングだったね。聞きたいことは聞けたかな?」


「聞けましたけど……」


(こんなにタイミングぴったりなのってまさか……)


「安心してくれたまえ。君たちの話を盗み聞きなんてしてないし、させてもないよ」


「!?」


 疑念を口に出したわけでもないのに、アルベルトに先回りされて、ユイカは悔しいようなびっくりなような……。


 アルベルトは楽しそうにユイカの傍に立った。口の端を上げ、顔を近づける。


「カイの表情がいつもと違うのだけど……フォルンシュタイン嬢、カイに何かした?」


「なっ……!?」


 ユイカにだけ聞こえる声で言うものだから、後ろめたいことなど何もなくても何だか悪いことをしたような気にすらなってしまう。


「殿下」


 あわあわしていると、目の前に黒い布が立ちふさがった。カイが自分と王太子殿下の間に立ったのだと気づくまで数秒かかったのは、あまりにカイの動きが素早過ぎたからである。


「女性をからかうなど……殿下らしくないような気がいたします」


「……」


 目を丸くしたのはアルベルトだった。そして一瞬の間の後にものすごく嬉しいことがあったかのように、カイの肩を叩いた。何度も何度も。


「ごめんごめん。からかいすぎた」


「……私に謝ってどうするのです」


 そう言いながらカイがユイカに顔を向けた。その顔がまたなんだか赤いし不機嫌そうでもある。というか、ユイカは殿下に謝られても正直困るのだけど。


「あ、私に謝るのも勘弁してくださいねっ!! 先ほどもカイ様に謝られて……」


 そこまで言って、ユイカは一気に汗が噴き出そうになった。その一連の流れを思いだしてしまったから。


(謝られて……びっくりして顔を上げたらすぐ近くにカイ様の顔があって……)


 抱きしめられた感覚がよみがえり、ユイカは再び身体を固くする。


「……」


 隣の騎士を見ると、彼も何かを思い出したのか、視線をそらし、頭を掻いた。やっぱり耳まで赤かった。


「……ふーん。本当に何かあったみたいだね」


「「なっ、何もありません!!」」


 ユイカが慌てて両手を前に出して否定するのと、カイが否定する言葉が重なり、今度は三人同時に吹きだした。


「やっぱりフォルンシュタイン嬢が関わると面白くなるね。()()()()()本当に楽しみだ」



 ユイカがアルベルトの言葉の意味を知るのは、もう少し先のことである。






次回(2/7)19時、ユイカ、王宮職員採用試験の日にアルベルト殿下からの愛のプレゼントを受け取る!


今日も読んでくださりありがとうございました。あなた様のその足跡が毎日更新の励みです!!

ブックマーク、リアクションもとてもありがたく思っております。

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