第4章ー3
孤児院での王太子襲撃事件から三日が経った。
賊であった彼らが数カ月前に国外からやってきて、孤児院で働かせてほしいと言って下働きに入っていたことがこの三日間の調べで明らかになった。
『恐らく、国内のどこかの有力貴族の息がかかった刺客だと思う。よくあることだしね。ただ、証拠が全く出て来なくってさ、私も父上もお手上げなんだよ』
そう言って軽く笑っていた、と見舞いにきてくれたエグランティーヌから聞いたユイカは背筋が冷えた。
『孤児院に対しては、彼らは何も知らなかったこととは言え何のお咎めも無しってわけにはいかなくてさ。仕方ないから今後は抜き打ちで王太子自らが査察に行くからねってことになったんだ』
『それって殿下がいつでも好きな時に孤児院に行きますよっていう、完全に殿下の思い通りになっただけじゃないですか!』
というユイカの言葉にはエグランティーヌも頷いてくれたのだが。
『エグランティーヌ嬢が孤児院訪問に行くときはぜひ私にも教えて欲しい』なんて殿下が仰ったそうで幸せそうに頬を紅潮させた公爵家令嬢が嬉しそうに教えてくれた。
これも全て、アルベルトもエグランティーヌも子どもたちも無傷であったこと。軽い切り傷、擦り傷などがあったのは人質に取られた子どもとカイたち護衛で、ユイカの打撲が一番の重傷という、ほぼ被害なく済んだ事件だったからこそ、アルベルトもうまく取りなすことができたのだろう。
孤児院での一件はそうやって関係者以外には呆気ない事件で終わる……はずだった。
・・・*・・・*・・・*・・・*・・・
「どうして……こんなことに……?」
王城の中にある貴賓宮の中、そのまた一番奥にある貴人を泊めるための豪華絢爛な一室のベッドに寝かされていたユイカは頭を抱えていた。
「まだ落ち着きませんか? ならば気分を落ち着かせるお茶や香油マッサージの準備をいたしましょうか?」
室内にいた侍女がユイカの様子に気づいておっとりと声をかけてくれる。
「だ、大丈夫です。これ以上ないほど良くしていただいております!」
「そんな……こちらの宮の女官からはユイカ様のご負担になるようなことは全て排除するよう、快くお過ごしいただけるように言いつかっておりますのに」
人の良さそうな侍女は眉根を寄せておろおろし始める。ユイカは更に慌てる。
「本当に!! もう十分すぎるほどのご配慮いただいておりますので、私はベッドでゆっくりひとりで休ませていただければ、それが望外の喜びでございますゆえお構いなくっ!!」
気を遣われ過ぎて疲れ、困り果てた結果、言葉遣いが少々おかしくなったユイカにお上品な侍女がツッコむはずもなく、そうでございますか、と耳の下がった犬のようにしょぼんと肩を落としながら彼女は部屋を出て行った。
ひとりになった広い室内で、ユイカははぁぁぁっと長いため息を吐いてベッドから立ち上がり、鏡台に映る自分の姿を見た。
王太子殿下の命を狙った賊によって負わされた足の腫れと、頬の腫れ。三日経った今ではかなり引いたが、あの時はすぐに冷やしはしたもののしっかり腫れ上がってしまった。その顔を見て青ざめた王太子殿下にせめて頬の腫れと足の痛みが引くまでは王宮で! と半ば強制的に連れて来られてしまったのだ。
ただの打ち身だと言い張ったが思いのほか賊の力が強かったらしく、特に足をひっかけた際、ユイカの向う脛(いわゆる弁慶の泣き所と言われる場所)を思いっきり蹴られたのだから、腫れが引くまでにはしばらくかかるだろう、と国王陛下の主治医に言われたこともあり、更に手厚く看護されている。
そう。国王陛下の主治医。その肩書を聞いた瞬間逃げ出そうとしたがしかし。
『診察も国王陛下の命でございますから』
『でも、ただの打ち身ですし』
『ただの……ではございません。王国の宝である王太子殿下をお守りして負われた尊い怪我でございます。さぁ、お身体をお楽になさってくださいませ』
と営業スマイルでごり押しされた。ユイカがどれだけ拒否をしても決して怒りを面に出すことはなく、ただひたすらに笑顔。ただの笑顔のはずなのに迫力と圧が半端なかった。
(あれがプロフェッショナル……)
生まれ変わる前も後も、仕事の出来る人は性別関係なくかっこいいと思っているユイカだが、王宮女官や侍従の方々だけは人間のレベルが高次元すぎてひれ伏してしまいそうになるのである。
しかし三日も共に過ごせばほんの少しだけ気安くもなるもので。
「失礼いたします。ユイカ様」
もうすっかり顔見知りとなった貴賓宮主席女官、アメリア・フォン・ヴィンターフェルトが眉を下げてユイカの元にやってきた。そして、この女官が申し訳なさそうに同じ内容を伝えに来るのが今日で三回目。つまり三日連続ということである。
「王太子殿下が面会をご希望です。もしお身体が大丈夫なら……と」
ユイカは苦笑する。鏡を見てから、大丈夫ですよ、と頷いた。やっと頬の腫れが引いたところだった。
もう外見は元通りである。頬も内出血までいかなかったのは不幸中の幸いだった。顔さえ落ち着けば、会っても気まずい想いをさせずに済むだろう。責任感のあるだろう方々に、自身のせいだと思わせたくなかったのだ。それでもエグランティーヌだけはごり押ししてやってきたのだけれども。
(殿下がいらっしゃるということは……カイ様も……だよね)
ユイカは王太子殿下と面会をするために着替えを侍女に手伝ってもらいながら、頬が勝手に熱を持つのを感じずにはいられなかった。
『カイ様よりもよっぽど私の方がお母様の気持ちを分かっていると自負しております! まずは黙って私の話を聞きなさい!』
そう言ってユイカは年上男性の両頬を自分の両手で挟みこんだ。
(何やらかしたのあたし!!!)
今思えば、とんでもなく失礼で破廉恥な行動であった。
その上、泣かせて抱きしめてしまった……。
(あれはセクハラ案件では……)
実はユイカはこの三日間、カイにものすごい上からの物言いをしてしまったことと極めつけのセクハラに、羞恥心と混乱と恐れ多さでほぼ眠れなかったのである。
・・・*・・・*・・・*・・・*・・・
「お待たせして申し訳ありません」
応接室に入ると、王太子殿下が窓辺に立っていた。夕日が殿下の金色の髪に当たり、普段の数倍キラキラして見える。ただでさえ日常的に輝いているのに。
そして廊下につながる扉の前には黒い騎士服に身を包んだカイが静かに立っていた。
「……っ!」
カイと目が合った瞬間、気まずすぎて思いっきり視線を逸らしてしまう。カイは何も言葉を発さない。
(あーもう……なんでこんな失礼な行動ばかりしてしまうのあたし!!)
何だか十八歳の身体に二十六歳の心が引っ張られているような気がする。
どうしても意識がカイに向いてしまいそうになるのを堪えながら、ユイカは王太子殿下にソファを勧めた。
「私などよりもフォルンシュタイン嬢が先に座るべきだろう。ひどい打ち身だと聞いた」
ユイカは笑って首を横に振り、普通に歩いて見せる。
「骨折などはしておりませんし、お医者様に無理をしなければ良いと言われております。お気遣いなく」
実際歩くのに問題はない。腫れた個所に振動が響くだけである。
その様子を見たアルベルトは改めてユイカに礼を言った。
「孤児院での件は完全に私の落ち度だった。前回大丈夫だったから今回も大丈夫だろうと油断してしまった」
胸に手を当てる王太子にユイカは慌てる。
「殿下が気に病まれることは何もございません! 私も勝手な行動をいたしました。この怪我だって自業自得なのにこんなに手厚くしていただいて、申し訳ないくらいです」
「どうしてあんな無茶を……と言いたいところだけど……そのおかげで助かったことも事実だからね」
アルベルトは苦笑しながらカイに意味ありげに視線を投げた。
「……」
ユイカもつられて扉の前に立つカイに視線を向けたが、今度はカイから視線を逸らされてしまった。
(あー、やっぱりお怒りですよね……小娘が本当に失礼なことを……)
落ち込みながらもアルベルトに視線を戻すと、何故か彼はユイカとカイを見比べて楽しそうにくすくす笑っていた。
「……」
「あぁ、失礼。フォルンシュタイン嬢も私の護衛も無事で本当に良かったと安心したんだ」
その柔らかな笑みに、ユイカは思ったことをそのまま口に出した。
「殿下とカイ様は仲がよろしいのですね」
カイの話では、彼は平民の出である。ユイカが賊にちょっかいをかけたあの一瞬で本当に賊を確保してしまったのだから腕は確かなのだろうが……平民である。
ユイカの疑問を正しく受け止めたらしい王太子殿下は、フッと笑った。
「カイの身分で王族の専属護衛騎士はなかなか前例にないことだよ。君もそこが気になっているのだろう?」
ユイカは頷いた。王太子殿下は、王族で、次期国王で、この国で最も尊いお方と言っても差し支えないくらいの人であるはずなのに。
(カイ様の件だけじゃない。あたしの不審者的行動も咎めない。護衛騎士のふりして孤児院に来るし、今回のことだって、孤児院の子どもとご自身の人質交換もあっさり受けようとした)
王太子殿下はユイカの考え込む顔を今度はニヤニヤしながら観察している。
「というより私の行動が普通の王族のものではないことが不思議でならない、って思っているのでは?」
図星であった。
アルベルトは口を開けて笑う。
「これは君のお父上あたりの世代の人間なら知っているとは思うけど、わが父、現国王陛下は、もともと王位に就くつもりはなかったんだよ」
「え?」
「私の伯父、つまり父の兄が王太子に就く直前に事故で亡くなってしまってね」
「……」
「父は兄の治世下で王の力になるんだ、国王のために全力で尽くすんだって息巻いていた分、突然自分に王位がまわってきたことにショックを受けた。本当に突然のことで、誰もそんなこと予測もしていなかったからね」
あ、暗殺とかそういう物騒な話は本当に今のところはないから安心していい、とアルベルトはさも軽い話のように言って続けた。
「だから自分が臣下に尽くされることに慣れてなくてね。形式的なしきたりも不要だとか言って勝手に変えたりして。つまり今までの偉大な国王陛下とはやり方が全く違う国王様になってしまったんだよ。良いか悪いかは置いといて……ね」
「なるほど……」
彼の気さくな雰囲気は父譲りということだろうか。
「だからこそ……というか、古き良き威厳ある国王の復活を望む声も多くてね。特に古い貴族の家なんかは色々やらかしてくれるわけだけど、なかなか決定的な証拠が掴めないままで……フォルンシュタイン嬢?」
話の途中でユイカは危険を察知して両耳を塞ぎ唸り声を上げていた。
「私は何も聞いておりませんからねっ! 聡明な王太子殿下が、私などにいきなり機密事項みたいなことぶっこんでくるはずはないのですが、急に耳が拒否したもので、お見苦しい姿をお見せして申し訳ありませんっ!」
「……そういう賢いところも気に入ってるんだけどね」
アルベルトは口元に指を滑らせながら笑うが、危険信号をどこかから察知したユイカは再び耳を塞ぎ唸り始めたので、王太子殿下の言葉は耳に届かなかった。
「ということで、自分の危険を顧みずに私を助けてくれた勇敢なレディに、感謝を込めて、私の護衛としばし付き合ってもらってもいいかな?」
「はい?」
(『ということで』って何の脈絡もないんですけどもっ!? いや、あたしが聞いてなかっただけかもしれないけれども!!)
「殿下!?」
それまで置物のように我関せずだったカイも焦った様子でアルベルトを見つめていた。
「どうして平民出身のカイが私の護衛騎士をしているかは、本人から聞いて欲しい。では私はこれで失礼するよ。後は二人でゆっくりと……ね?」
(『ね?』っじゃなーーーーいっ!!!)
ユイカは一気に頬が紅潮するのを止めることができなかった。
次回(2/6)19時、二人きりの室内で乙女ゲームではお約束、転倒からの……( ̄ー ̄)ニヤリ!!
ブクマ、評価、リアクション、ありがとうございます。嬉しいです!! まだまだ突っ走ります!!




