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第4章ー2



「で? 私の名前を使って殿下の時間をも使ってカイ様と話がしたいってことでしたけれど、収穫はあったのでしょうね?」


 孤児院へソフィアのお見舞いに行く道中、馬車の中でエグランティーヌに尋ねられたユイカは返答に窮していた。


 収穫……というか、情報は得られた。反射的にではあったけれども、自分の気持ちを自分なりの言葉で伝えた。けれど、肝心の相手は何も変わっちゃいないと思う。


「人の気持ちを変えるよりも自分の気持ちを変える方が早いっていう言葉の重みを今ひしひしと感じてます」


 何よそれ、とエグランティーヌはころころと笑った。その春の柔らかな木漏れ日のような温かみのある笑顔を見てユイカは思う。


(最近、エグランティーヌ様の雰囲気が柔らかくなったような……。前みたいに、人を寄せ付けず常に周りに緊張……というか圧を与えていたのがウソみたい)


 それも、彼女が自分で変わろうとしたからこそ、である


「とは言っておきながらも、フォルンシュタイン嬢はエグランティーヌ嬢やリリア嬢たちを変えたよね」


 王太子殿下が今日も堂々と女同士の会話に割って入ってくる。というか、この馬車自体、王太子殿下様の持ち物なので文句を言ってはいけないのだが。


「変わったのはエグランティーヌ様たちが自分で変わったからですよ。リリア様も」


 ため息と共に言ったユイカの言葉を受けて、アルベルトとエグランティーヌは顔を見合わせてこっそりと笑う。何故なのかユイカには分からなかったが、なんだか良い雰囲気に見えたため、黙っておくことにした。


(孤児院での事件から、なんか二人の雰囲気が良くなったんだよね……うんうん、良いことだ)


 満足感を覚えながら、ユイカは窓の外を眺めた。たくさんの騎士や侍従、様々なお付きの人たちが馬車の前後にうじゃうじゃいるのが見えた。


 今日の孤児院訪問は、以前の護衛タロウさんとしてではなく、王太子殿下ご本人としての慰問らしい。一体何台の馬車と何十人の護衛たちに囲まれているのだろう。人件費を考えるとユイカが支払うわけでもないのに胃が痛くなりそうである。


 しかし、これだけ護衛がいるというのに、実は孤児院へ入れるのは数人だけなのである。殿下の護衛三人にエグランティーヌの護衛二人。主にスペースの問題らしい。


「孤児院に入りきれない護衛の方々はどうなさるんですか?」


「敷地内外を警備する予定だ。私の予定は極秘のはずなのに、何故か時折事情通が現れるからね」


 そう言っておいて、ま、今日のことではないと思うよ、と王太子殿下は特大のフラグを立てなすったのだ。




・・・*・・・*・・・*・・・*・・・




 それは孤児院内、食堂で起きた。


 食堂のテーブルを壁際に寄せて、子どもたちが窓を背に並び、慰問に来てくれた王太子殿下に歌のプレゼントを贈っていたまさにその時。


 突然窓ガラスが割れる音がした。カイを含む五人の護衛たちは真っ先に部屋の中央で座っていたアルベルトとエグランティーヌと、壁際にいたユイカを守る体制に入った。


 が、侵入者が刃物を向けたのは孤児院の子どもだった。


 賊は手近にいた男児ひとりを抱きかかえる。他の子どもたちは賊の後ろで固まって恐怖に打ち震えている。


「……何が望みだ?」


 アルベルトは低い声で侵入者三名に問うた。一人は子どもを抱き寄せ刃物を首元に近づけている。もう二人は一人を護るように剣を構える護衛たちに剣を向けていた。


「王太子殿下と交換……といこうか」


「私と? 私を連れ去って何を望むんだい?」


 アルベルトの問いに、侵入者はかぶりを振った。


「それはまだ言えねぇ。とりあえず、王子さんがこっちに来てくれてからの相談だな」


 賊はにやりと笑って答えた。その答えを聞き、アルベルトは小さくため息を吐いた。


「仕方ないな」


「殿下……!」


 カイを含めた護衛たちが慌てる様子が見て取れた。しかしアルベルトは護衛を視線で制する。そして侵入者に語りかけた。


「私以外の者に手を出すな。それが条件だ。まず、そこにいる子どもたちを安全な場所に移してくれるかい?」


 こんな時だというのに、王太子殿下はいつもと変わらない静かな声色で、賊に刃物を当てられている子どもに対しては更に声色を柔くする。


「怖い思いをさせてしまって済まないね。すぐに助けるからね」


 涙を流しながら、男児はコクコクと頷く。


 王太子殿下が護衛の剣を下げさせる。それと同時に子どもたちが泣きながら職員の元へ駆けていく。賊の三人は存外落ち着いた様子でその姿を眺めていた。


(何か……おかしい)


 ユイカは息を殺して全ての者の動きを見ていた。きっとまだ何かあると思った。何というか……賊の様子が余裕すぎる気がするのだ。


 彼らが子どもとアルベルトを交換し、この孤児院から彼を連れて逃走する……決して多くはない人数で、かなりの人数が待機している外の護衛達にどうやって対処するつもりなのだろう。


(そもそも、どうやってこの敷地内に入ってきた? 最初から紛れていたとしか思えない……)


 ユイカが考え込んでいる目の前で、アルベルトの指示を受けた護衛一人が恐怖に震える十人の子どもと職員を連れて、食堂から出て行った。


 残されたのは三人の賊と人質にされた男児一人。彼らに相対するように立ちすくむのは、王太子殿下とカイたち四人の護衛とエグランティーヌ。


 ユイカはひとり、壁に背を向け、全体を見渡せる位置にいた。ユイカの右手側に賊と睨み合っている護衛と殿下たち。彼らの後ろ、つまりユイカの左手側には、出て行かなかった孤児院の職員たちが五人。彼らは何をどうすることもできずに目を見開いて、アルベルトたちの向こうにいる賊の動きを見つめていた。


(あの人……何だか様子が……変な気が……)


 その中で機を伺っているように、賊ではなく護衛の動きだけを見つめている様子の男がひとりいることにユイカは気づいた。


(まさか……)


 室内にいる護衛は少ないが、外には大勢の騎士たちがいる。王太子に付いているのだから精鋭揃いに決まっている。賊だってそんなことは百も承知のはずだ。そんな護衛たちから簡単に逃げられるとは思えない。


 ユイカは頭から血の気が引くような気がした。


 彼らが逃走を考えていないとすれば?


 アルベルトひとりの命を奪えばそれで目的達成なのだとすれば?


 この賊たちは自分の命など簡単に捨ててしまう者たちだ、ということではないか。


 ユイカが考えている間に、するり、と職員の間から様子のおかしい男が動くのが見えた。手には短剣を持って。真っ直ぐにアルベルトの背中に向かって。


 そして男は走り出した。カイがいち早く気づいてアルベルトと男の間に飛び出そうとした直前。


「えいっ!」


 ユイカが男に足をひっかけた。が、か弱い貴族令嬢の細足など障害になるはずもなく。


「邪魔すんじゃねぇ、このバカ女がっ!」


 バランスを崩し、たたらを踏んだ男がユイカにぶつかる。邪魔をされた怒りだろう、反射的にユイカの横っつらを殴った。頬に重い衝撃が走る。男に殴られたのだと気づいたのは、少し遅れてから。


 だけど、ユイカの口元はにやりと上がった。ほんのわずかな隙さえあれば、彼らはやってくれるはずだから。


「あとはお任せします、護衛騎士様方」


 カイが飛び出した男を、アルベルトが子どもを。残りの護衛が賊三人をそれぞれ確保したのを見届けた直後、ユイカはホッと安堵してから足の痛みと頬の痛みを本格的に感じ始めたのだった。




・・・*・・・*・・・*・・・*・・・


「痛い痛いっ!!」


「あれだけの力で殴られて、痛いで済んで幸運でしたのよ!? 貴女ご自分が何をしたのかお分かりっ!?」


 案の定、すぐにユイカの頬は腫れあがった。エグランティーヌが泣きながらユイカの頬に濡らしたタオルを当てて怒っている。アルベルトは申し訳ないと落ち込みつつも、孤児院の外で事件の後始末に指示を飛ばしている。


 そしてカイはというと……何もその瞳に映さず、ユイカの目の前で茫然と佇んでいた。


 ユイカはそっとエグランティーヌに声をかけた。頷いた彼女はもの言いたげにしながらも退室した。結果、孤児院の食堂には頬を濡れタオルで冷やしているユイカと放心状態のカイだけとなった。


「カイ様?」


 声を掛けると、カイはぼんやりとした表情でユイカを見つめた。そして途切れそうな声が聞こえてきた。


「どうして……」


「え?」


 今までの放心状態が嘘だったかのように、カイの怒りをはらんだ瞳がまっすぐにユイカを見据えた。


「どうしてあんな危険な真似をした!? 一歩間違えれば死ぬところだったんだぞ!? 貴女が動かずとも俺がっ!」


「俺が、殿下の盾になれたのに?」


 彼の台詞をユイカが引き取った。彼の瞳を真っ直ぐに見つめ返して。


「……その通りだ」


 カイは俯いてそう言うと壁に背中を預け、顔を手のひらで覆いながらずるずると床に崩れ落ちた。


 ユイカはその前に立つ。


「これ以上、俺を守って死ぬ人間を増やさないでくれ。頼むから……っ!」


 腹立たしげに拳で床を殴った。ユイカは黙ってその様子を見つめながら静かな声で尋ねた。


「そうして貴方は殿下を守って名誉の殉職をしました。その後は?」


「は?」


 カイが虚を突かれたように眼前から手を下ろして目を見開き、ユイカを見上げた。


「その後の殿下は? 子どもたちは? 護衛仲間は? エグランティーヌ様は? 私は? どうなるとお思いですか?」


 静かに問うユイカから視線を外し、カイは小さな声でぼそぼそと答える。


「それは……しばらくは気を病ませるだろうが、そのうち……」


「そのうち……貴方はお母様が亡くなって、時が経つうちに自分を許せたのですか?」


「!」


 俯いていたカイの動きが止まった。


「同じ後悔を、苦悩を、痛みを……殿下やお仲間たちに与える気だったのですか? 自分が死んだら後は知らない、と無責任に放り投げるおつもりだったのですか!?」


「……そんな……つもりは……」


 カイは首を横に何度も振る。ユイカはその様子を見てフッと微笑んで見せた。


「そうでしょう? カイ様を庇ったお母様だって、そんなつもりはなかったんです。ただ、自分の命よりも大事な我が子を守っただけなんです。ましてや、人の役に立つために命を賭けろなんて仰ってはいないはずです」


「貴女に何がわか……」


 痛いところを突かれたのだろう。カイの声が荒ぶる。ユイカも負けずに声を張り上げた。


「カイ様よりもよっぽど私の方がお母様の気持ちを分かっていると自負しております! まずは黙って私の話を聞きなさい!」


 ユイカは自身の頬の痛みも忘れ、カイの両頬を両手で挟みこみ、暗い瞳を至近距離で見つめて声を張り上げた。


「お母様は、ただ、人に親切にしなさいと言いたかっただけです、きっと」


「……は? 何を……」


「平民だったのでしょう? 町の人だったのでしょう? どこをどうしたら命を賭けるような環境に我が子が進むと考える母がいるのですか!?」


 母の死があまりに大きすぎて、その意味を必死で求め続けた結果なのだ、とユイカは思う。自分を追い詰め過ぎて曲解してしまったに違いない不器用な騎士を見つめてユイカはゆっくりと伝える。


「お母様が仰った『人に親切にしなさい』っていう言葉はね、助かったよ、役に立ったよ、ありがとうなんて言われるカイ様の将来を夢見た言葉だったんです。どうしてだと思います? 人はね、親切にしたら、相手からも親切にされるんです。助けたら、助けてもらえるんです。役に立てば、喜んでもらえるんです。そんな当たり前の温かな人の輪の中にカイ様を置きたかったんだと思いますよ」


「……」


 ユイカを見つめる暗い瞳が、揺れた。そして、一筋、光のような涙が零れ落ちた。不安そうな、迷子の子どもみたいな表情で、カイは泣いていた。


「そう、思うことにしませんか? 思っていただけませんか?」


 カイは、ユイカを見つめた。そして縋るように自分の頬に添えられたユイカの手に己のそれを重ね、絞り出すように言った。


「そんなふうに思うことを、母は……父は許してくれるだろうか」


 ユイカは大きく頷いて見せた。カイの涙につられてこっちまで泣きそうだったから何も言えなくて、でも全力で肯定したくて頷いた。何度も何度も。


「ありがとう」


 静かに、カイが俯く。


「助けてくれたこと……貴女が無事に生きていてくれたことに……心から……感謝する」


 それだけを言って何も言わず、ただ、肩を震わせた。ユイカも何も言わず、その大きな身体に寄り添い、その肩をそっと抱きしめるのだった。



次回(2/5)19時、正気に戻ったモブC、王太子の企みにより、再度騎士と二人きりに……!?

お読みいただき、本当にありがとうございます!

ブクマもとても嬉しくて、大変光栄であります。

今後とも、ぜひともよろしくお願いいたします。



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