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第3章ー3


「エグランティーヌ様……あの……その……後ろに控えていらっしゃる護衛の方、ものすごく見覚えがありますし、醸し出す空気がものすごーくやんごとなき尊き方の雰囲気なのですが……」


 孤児院に着くなり、待ち構えていたエグランティーヌ御一行様に合流したユイカは震える指先をさ迷わせた。貴人を指さすわけにはいかないので。


「わ、私もお止めしたわよ! でも強く言えるわけないでしょう!?」


 今日の孤児院訪問メンバーはエグランティーヌとユイカだけである。二人はこそこそと必死でボリュームを落として言い争っていた。後ろで満面の笑みで立っている護衛に聞こえないように。


「私はあくまで茶番って言ったじゃないですか!!」


「私だって言ったわよ! でも聞く耳持ってくださらないんだもの」


「……」


「な……何よ」


「ちょっと殿下と距離が縮まって嬉しいって顔に書いてあります」


「!」


 言い当てられたのか、エグランティーヌの顔が一気に赤らんだ。かわいい。


「お嬢様方、そろそろよろしいですか?」


 やんごとなき護衛の方がにっこりと微笑んだから、今日はこの茶番を続けるしかないのだとユイカは覚悟を決めた。なんだか、遠くから殺気めいた視線を感じるから、おそらくカイだろうとも思う。


(止めきれなかったのはそちらも同罪ですからね! でも……本当にマジですみませんでしたっ!!!)


 何となくの方向を定めて、ユイカは深く深く謝罪のお辞儀をするのだった。


・・・*・・・*・・・*・・・*・・・


「エラお姉ちゃんだっ!!!」


「待ってたよ~エラねぇちゃん」


「あれ? 隣の人だあれ?」


 孤児院の扉を開いた途端、エグランティーヌは愛称呼びされている上に熱烈歓迎をされ、ユイカは知らない人に成り下がっていた。


「え……ら……?」


 ぎぎぎっと音が鳴りそうなほどのロースピードで振り向くと、公爵令嬢は『エグランティーヌって小さい子は呼びにくいじゃない』と照れて見せた。


 そのはにかむ麗しき令嬢の向こうで、キラキラした護衛さんまでもが目をまん丸にして公爵令嬢を見つめている。


 なんだか、自分がただの突っ立っているただの棒みたいな気分になったユイカは、お子様たちの相手はエラおねえちゃんにお任せし、見惚れたまま動かなくなった護衛の背後にそっと忍び寄った。


「なんか、新しい一面を見ちゃったな、って感じですか?」


 ビクッと驚いたように振り向いた王太子殿下は、今までよりも年相応の顔に見えてユイカはふふっと笑ってしまう。


「……何が言いたいのかな?」


「いえ、何でもないです。それよりもでん……何と呼べば?」


「アルとでも呼べばいいだろ?」


「……さすがにそれはちょっと不敬が過ぎるので、完全に偽名にしてもらえませんか? タロウとか」


「初めて聞く名前だ、良いだろう」


 ユイカにとってはめちゃくちゃポピュラーな名前を、タロウさんはまんざらでもなさそうな表情で受け入れる。


「タロウさんは、エグランティーヌ様と知り合って長いのですか? 王太子妃候補五名の中で筆頭に選ばれるくらいですから、ある程度はご存じなんですよね?」


「まぁ、公爵家令嬢だし、年も近いから、子どもの頃からの知っている間柄だね」


「その割には……学園ではあんまり喋ったりなさってないですよね?」


「……特定の女性と長く喋るとそれだけで色々問題があるからね」


 困ったように微笑む貴公子に、ユイカはひとつ疑問が思い浮かんだ。


(あたし、ここしばらく、やたらと王太子殿下と絡んでいた記憶があるのですが……)


「……私は心配されることもなかったってことですか?」


 王太子殿下はにっこりと笑むに留めた。それは何よりも雄弁な肯定の意であった。


「……」


(いいんですよ。元々見向きもされないような薄い存在感でいたかったのだから……でも何だろ、この寂寥感せきりょうかん……)


 ぼんやり考えていると、隣から声が聞こえた。


「今はあまり喋らなくなったって話に戻るけど……」


 金色の瞳で公爵令嬢を見つめ、彼はぽつりぽつりと続けた。


「幼い頃は彼女との他愛もないお喋りが楽しかったんだけど……いつの頃からかな……。エグランティーヌ嬢が淑女の鏡などと呼ばれるようになった頃から、何となく話しかけにくくなったっていうのが事実かな」


 タロウ、ものすごい語る。ユイカは普通にびっくりしていた。


「でも、今日の彼女の笑顔を見てホッとしたんだ。幼い頃と変わってないんだって」


 そしてユイカを見て微笑んだ。


「だから、『新しい一面』ではなく、懐かしい表情を見たんだよ」


 何だか王太子殿下の笑みが柔らかくて、胸がくすぐったい気がした。


「タロウさんはエグランティーヌ様が変わったって思いますか?」


「あぁ、『変わった』と噂を聞いていた時は半信半疑だったけど、民と共に笑い、民を愛し、愛される女性であることがはっきりと分かった。礼を言う、フォルンシュタイン嬢」


「いえいえ、私は何にも」


 ユイカも満面の笑みで返すのだった。



・・・*・・・*・・・*・・・*・・・



「ねぇ」


 ユイカがタロウさんと二人で笑い合っていると、分かりやすく不貞腐れた公爵令嬢が間に割り込んできた。


「何をそんなに盛り上がっていらっしゃったの? 人が子どもたちにもみくちゃにされている間に」


 ユイカに向ける口元は笑っているが、目は笑っていなかった。


(やばい……また誤解されてしまう。殿下の前ではまずい……っ!)


「え、エグランティーヌ様、そろそろソフィアにプレゼントを渡しに行きません?」


「……」


 無理矢理話題を変えようとしていることにエグランティーヌは気づいている様子だったが、ユイカが必死に口パクで『殿下の前です!!』と叫び続けているのが伝わったらしく、エグランティーヌは、そうだったわね、と切り替えた。


 ソフィアの部屋に向かうためにエグランティーヌと並んで歩いている時、隣から微かな声が聞こえた。


「ありがとう。また感情的になってしまうところでしたわ」


 思わずユイカは勢いよく公爵令嬢を見上げた。


「な、何ですのっ!?」


 髪と同じくらいに耳が真っ赤になっていた。


「ほんっとに可愛いですね、エグランティーヌ様。今、ものすっごく抱きしめたい気分ですが不敬罪でローラン家の護衛さんに捕まりそうなのでやめときます」


「何言ってるのよ、貴女は」


 エグランティーヌは歩きながらくすくす笑う。あどけない顔で屈託なく笑む彼女は本当に可愛かった。


(孤児院での子どもたちとのやり取りが、エグランティーヌ様の肩の力を緩めてくれたのかも)


 今のエグランティーヌは、いつも緊張感をまとい、周りにも圧を与えていたあの頃の悪役令嬢ではない。ユイカはなんだか自分の方が嬉しい気持ちになってしまい、元悪役令嬢の隣で口元のにやけが止まらなくなってしまった。


「本当に、仲が良さそうですね、ご令嬢方」


 護衛のタロウさんからのんびりと声が掛けられ、ユイカが隣の顔を見上げると、エグランティーヌもこちらを見ていた。そしてどちらからともなくフフッと笑みがこぼれるのだった。




・・・*・・・*・・・*・・・*・・・



「ここを曲がった先の突き当たりがソフィアの部屋ですのよ」


 エグランティーヌは勝手知ったる様子で、先導するカイ、後ろにいるタロウに挟まれ、歩いて進んだ先の角を曲がった。


「反応がないんです! 高熱が続いていたから額を冷やして様子を見ていたのですが、あまりに目を覚まさないからおかしいなって思って……!」


 廊下の奥、突き当たりで職員が数人、頭を抱えている。


 あそこがソフィアの部屋なのではないか。ユイカが思い当たった時にはすでにエグランティーヌが走り出していた。


「ダメです! ご令嬢は入ってはいけません!」


「いいからどきなさい! 会わせて、ソフィアに!」


「……」


 護衛姿の王太子殿下が、そっとエグランティーヌの肩に手を置いた。


「お嬢様、ここは職員の言う通りに。我々にできることはありません」


「……」


 エグランティーヌは顔色を失っていた。でも……と小さな声が震える口元から漏れる。


「エグランティーヌ様、ここは皆さまの言う通りにしましょう。もし、この後エグランティーヌ様たちに何か症状が出たら、ここの者たちが批判を受けます。批判だけで済めば良いですが」


 ユイカのともすれば冷たいと言われかねない言葉に、エグランティーヌはハッとしたように目を見開き、頷いた。


「そうね……その通りだわ」


 ユイカはぎゅっとこぶしを握る。本当は分かっているのだ。こういう時、何もできずにいる者が一番辛いのだと。何もできない自分を責めてしまうことも。


「エグランティーヌ様」


 別室に通された後、ユイカはそう言って公爵令嬢の瞳をまっすぐに見つめた。


「確かに我々が今ソフィアにしてあげられることはありません。でも何もしないでいる必要もありません。まず情報を集めるのです。ソフィアが今どういう状況で、孤児院は何をしているのか、これから何が必要なのか。それは可能か不可能か。不可能であればどうすれば可能になるか、こういう時こそ持てる者が財と知恵をこれでもかってくらいに施すチャンスなのです!」


 エグランティーヌはぽかん、としてユイカを見つめた後、ふっと笑んでから意思の宿った瞳で頷いた。


「殿下」


 いつの間にかカイが王太子殿下にひそひそと耳打ちしていた。アルベルトは頷いてからユイカたちに向き直る。


「カイが情報を集めてきてくれた。ソフィアはずっと病弱だったそうだね。今回は特に体調不良が長期間続いていた。だから、ちょっとした風邪でも命に関わる。しかし現状、薬の力をもってしても彼女の体力の底上げがなければ厳しい、というのが主治医の意見だそうだ」


「体力の底上げ……」


 エグランティーヌが呟く。それは聖魔法……聖女の力でしか出来ないことだ。


「聖女ならば……」


「しかし聖女は今……」


 アルベルトとカイも言葉を続けることができない。


 なぜならば聖女は、更に神力を一段階上げるための儀式に入っているはずである。関係者以外立ち入り禁止の教会の聖域と呼ばれる場所に。そしてその場所は関係者以外には教えられない。ユイカもリリアと面会した時に尋ねたが教えてはもらえなかった。


 どうすれば……と皆が考え込んでいる。そしてしばらくして、王太子殿下が顔を上げた。


「場所を突き止めて聖女に会うのは私の役目かな。私もある意味教会の関係者面しても良いと思うんだ」


 王太子殿下はエグランティーヌに優しい笑みを向けて手を上げた。


「取り急ぎ行ってくる。エグランティーヌ嬢は屋敷で……」


「私が参ります!」


 公爵家令嬢の突然の大声に、王太子殿下は目を丸くした。


「え?」


「王太子殿下が一人の女児のために権力を使ってはなりません。公爵家令嬢であるこの私の我儘という形を取らねばなりません」


「じゃあ、私も行きまーす」


 緊張感の欠片もない声でユイカは言った。


「何を言っているの? これは私だけで……」


 エグランティーヌが気色ばむ。けれど、ユイカは怯まない。


「無理矢理聖女様の儀式を中断させる我儘……いくら公爵令嬢と言えども無傷では済まないかもしれませんよね?」


「……だから私の我儘でって言えば」


「最悪聖女に仇なす不届きもの扱いされてもおかしくない暴挙なんですよ?」


「だから私一人が罪を……!」


 ユイカは笑った。そんなことだろうと思いました、と。


「意外とお友達想いですよね、エグランティーヌ様」


「!」


「殿下だけでなく私までも守ろうとなさって……そんなに体中震えてるくせに」


「……だって……」


 泣きそうになっているエグランティーヌに、ユイカはニッと不敵に笑んで見せた。


「だから利用できるものは全て利用してやるんです。お忘れですか? 私、女神なんですよ?」




次回(2/2)19時、女神瞑想に入る!!



やっと完結まで書ききることができました!

これもブクマやリアクションを押してくださったり、読んでくださる方々の存在があってこそでした。


本当に本当にありがとうございます。

拙い物語ではありますが、今晩から毎日更新に切り替えて、11章まで突っ走りますので、どうぞ、よろしくお願いいたします。

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