第3章ー2
孤児院への初回訪問から一カ月が経った。思いのほかクロエもサラもエグランティーヌも積極的で、エグランティーヌに至っては毎週末孤児院へ出かけているらしい。
ユイカ自身に孤児院への伝手があったわけではなく、特に職員の誰かと親しいわけでもなく、ただ単に学園から近いからと決め、見学させてください、と事務的に決めて向かった孤児院だったのだが、エグランティーヌたちとの相性はとても良かった様子であった。
「ユイカ様、ソフィアに何かベッドの上にいても楽しめるようなものを贈りたいのですけれど、何が良いかお知恵を貸してくださらない?」
そう尋ねられたのは、放課後の寮へ続く道の真ん中であった。
毎度おなじみのフォーメーションであるため、進路を邪魔されていることは変わらないのだが、センターの公爵令嬢が顔を赤らめてもじもじと丁寧にお願いなどをしてくるものだから、ユイカの心はきゅんっとエグランティーヌのいじらしさにやられてしまいそうである。
(これを王太子殿下にぶつければワンチャンあるのでは……)
と思ったが口には出さなかった。良かれと思って何かしらの行動をしたとしても、うまくいく可能性など低いに決まっているのだから。
(というか……)
ユイカは愛想笑いをしながら尋ねた。
「えっと……そもそもソフィアって、どなたですか?」
令嬢たちは青筋に白目という漫画的リアクションを返してくれる。
「え、うそ……信じられない。じゃあ、レオは? アンジュにレーネに……」
と、驚愕しながらも次々に名前を羅列するサラにユイカは首を振る。全く記憶にないお名前である。
「だって、ユイカ様ってば初日しか来なかったじゃないの。仕方ないわよ」
クロエが呆れたように首を振る。
「あの……なんでいきなり私、辛辣な言葉をシャワーのように浴びせかけられているのですか?」
「子どもたちの名前を覚えてないからよ!」
エグランティーヌに久々に扇で指されてしまった。
「ソフィアはね、ずっとベッドで寝ていたあの子よ。貴女も帰りに姿を見たはずよ」
「あぁ! 恐れを知らずにエグランティーヌ様にバイバイしていたあの子!」
「お黙りなさい。あの子はね、ずっと体調が悪くてベッドから出られないらしいんですの。私にうつったら大事だからと職員たちに病室には入ることは止められたけれど、せめてもと私からお願いして、窓越しに石板に筆談をしてお喋りしていますのよ」
「!?」
「何よ、そんな目を見開いて。落っこちてしまいそうでしてよ?」
ユイカは感動で打ち震えていた。
「エグランティーヌ様がそんな天使みたいなことをなさってるんですか……!? あの……平民は学がないだの仰っていたエグランティーヌ様がっ!?」
「ユイカ様……失礼ですわよ」
見かねたサラがユイカの肩にそっと触れた。
「すみません……あまりに驚きすぎまして……で、あ、プレゼントですね。ソフィアはどんな子なんですか?」
「体が弱いらしくて、ベッドにいることが多いそうよ。だけど物語を読むのが大好きなんですって。あの年齢にしては文字もとてもたくさん覚えているから、筆談でも困ったことはないし、とてもきれいな字を書くの」
「なるほど……では、彼女がまだ持っていない物語の本をプレゼントするのと同時に便箋のセットとか添えて今後文通してみたらいかがです?」
「お友達との文通は楽しいですわよね」
クロエも頷いている。
「私も頭の痛くなる文通ばかりじゃなく、楽しい文通したいです」
ユイカは思わずぼやいていた。
「頭の痛くなる文通って……?」
「毎週毎週実家から婚約者を選べ、と手紙が届くようになってしまって……」
ユイカはため息を吐いた。教会が主催している『女神様、聖女のパワーアップありがとう』攻撃に実家が舞い上がってしまっているのだ。
結婚願望はないが、自分が女神だと誤解されたまま、もし無理矢理結婚などさせられてしまえば結果は目に見えている。詐欺だと訴えられるに違いないのだ。
だから、毎週断りの手紙と『王宮職員に私はなる!』という決意表明を、少しずつ上がっている成績を証明するための用紙と共に送り続けているのだ。そのため、勉強の時間もこれ以上は割けない状況であった。
「それとですね……」
「まだあるの?」
クロエにユイカは頷いた。
「聖女様の話し相手が……」
「あぁ、あったわね、そんな役目」
「近いうちに聖地で一週間清めの儀式ってのをするんですって。教会の奥にある聖地と呼ばれる場所に籠りっきりになって、世俗と交わらないようにするらしくって、その前にどうしても来いって言われてたんですよ。リリア様が強くお望みだからって。さもなくば、女神の効力を失う設定をなかったことにするぞとか低めに脅してくるから……」
「なるほど、だから私たちがどれほど孤児院にお誘いしてもいらっしゃらなかったのですね」
サラが納得した。一緒に通わなかったことを相当根に持たれていたようである。
「私も誘って欲しかったな」
視界にきらりと光が舞った。
「あら、殿下。ごきげんよう」
エグランティーヌとその仲間たち(出遅れたユイカを除く)が優雅にスカートを軽く上げてお辞儀をする。
さすが王太子妃候補だけある。突然の王太子殿下ご登場にも鋼のメンタルで対応できてしまうのである。ユイカは変な感心を向けながら、遅れてお辞儀をした。
(それにしても、どうして殿下はいつもいつも突然現れては普通にあたしたちの会話に入ってくるわけ?)
自身が監視……もとい見守られていることなど、露ほども知らないユイカは王太子の登場にいつも心臓が止まりそうになっている。正直、迷惑でしかない。
「殿下も孤児院にご興味がおありなのですか?」
エグランティーヌが問うと、アルベルトは頷いた。母上が熱心だからね、と。
「ただ、私が行くとどうしても気を遣わせてしまうからね、申し訳ないのと、本当の姿を見られないのが寂しいのとで結局行かずじまいだよ」
「そうですわね……私も同じような理由で、本当に触れ合いたいお友達と直接お会いできないんですの」
身分あるが故の悩みである。しかし周りの大人の言うことも、もっともである。高貴な方々に何かあれば仕事的にも物理的にも首が飛ぶのは周りの方なのだから。
「……これは私の独り言なのですが」
ユイカの提案に王太子殿下が視線を向けた。
「殿下がエグランティーヌ様の護衛、というお姿で孤児院について来てみてはいかがですか?」
「却下だ」
有無を言わせないほどの強い声がユイカの案をあっさり踏み潰した。いつの間にか近くに控えていた王太子殿下の護衛騎士、カイである。
「万が一殿下の御身に何かあったらどうするのですか?」
「ですよね、すみません」
ユイカがあっさりと謝るから、カイは拍子抜けした様子だった。
「色々方法を出し尽くして、全てがダメなら諦めがつくじゃないですか。無理を通したい側の気持ちが済むかどうかの問題です」
アルベルトの気持ちと、様々な立場にある王太子殿下の周りの大人たちの気持ちを慮っての茶番のつもりだったのだ、ユイカは。仕方ないよね、と思わせようとしたのに。
そう。まさかアルベルトが本気にするなんて思わないではないか。本当に王太子が護衛の恰好をして孤児院に来るなんて。
次回(2/1)19時、高貴なる護衛、タロウ登場!
読んでくださってありがとうございます!
リアクションや、ブクマ登録が嬉しすぎてにやにやしております。
実はこの物語、学園編と王宮編と二部構成になっておりまして、11章まで続きます。
現時点で下書き状態ではありますが完結まで書けましたので、今後、推敲、確認を最終話分まで終えた時点で毎日更新に切り替えます。
これからも続くユイカとエグランティーヌたちの物語を一緒に楽しんでいただけたら幸いです。




