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第3章ー1


 応募用紙を提出した帰り道、ユイカはデジャヴを見た。進行方向の道の中央にエグランティーヌとその取り巻きABが仁王立ちしている。


「……?」


 きょとんと首を傾げる元取り巻きCに、エグランティーヌが扇の先と共に鋭い視線を向けてきた。


「この卑怯者!!」


「はい?」


 突然のエグランティーヌの怒りに面食らっていると、第二の矢が飛んでくる。


「ユイカ様、貴女は私たちに高潔であれ、と言っておいて恥ずかしくないのですか?」


 温厚なはずのサラの手が細かく震えている。どうやら怒っているようだ。


「私たちに自分磨きと持てる者の義務を説いてエグランティーヌ様の殿下とリリア様への接触を止めている間に、ご自分は殿下や聖女様と親しくなっているじゃない! これを卑怯と言わずして何と言うの!?」


「はいぃ?」


 思い当たる節が何一つとしてユイカにはない。


「とぼけようとしたって無駄ですからね! 貴女と殿下、貴女と聖女様が一緒にいるところを何人もの生徒が見ているのですから!!」


「いやいやいやいや、一緒にいただけで特別な関係にはなっておりませんって。聖女様とは話し相手ではありますが、話し相手なら私の他にもいらっしゃるでしょうし、殿下にいたっては、就職の話しかしておりませんよ」


「その就職の話で殿下の意識を自分に向けさせようとしているのが見え見えなのよっ!!」


 相手は感情的に怒鳴るのみ。こうなってはこちらが何を言っても納得しないパターンである。ユイカはため息を吐いた。


「思い込みで決めつけられるの、非常に迷惑です」


「またそう言って自分だけは正しくあろうとするのね」


 エグランティーヌが忌々しそうに言った。


「私は、今までの自分の行いを貴女に諭されて反省したわ。事実、貴女の言う通りだったもの。でもね、どれだけ努力しても殿下は何も変わらない。殿下と私の距離はちっとも埋まらない! なんのために私はこの半年近く努力したんですの!?」


 高位令嬢にあるまじき大声に、ユイカにはあるひとつの考えがひらめいて、思わずパン、と両手を叩いた。思いのほか響きの良い音が鳴り渡り、エグランティーヌ達はぴくりと身をすくめた。


「なるほど、努力が実らず、結果に繋がらず、お辛かったのですね!?」


「え……」


 原因は分かった。となれば、先ほどの言い分は原因からの二次的感情の怒りである。一次的感情であるエグランティーヌの辛い気持ちをどうにかしないと話は進まないことをユイカはよく知っていた。だから、努めて冷静に話しかける。


「私もエグランティーヌ様の努力、尽力の噂を伝え聞いておりました。しかし、伝え聞いただけです。きっと殿下との関係を変えるに至らない、圧倒的に足りない何かがあるはずです。詳しくお聞かせくださいませんか? 場所も変えましょう。 私の自室にどうぞ」


 そう言いながら、ユイカは自室への道を歩き始めた。エグランティーヌ達には、少し落ち着く時間が必要そうだったからちょうど良いだろう。


(ってか、やっぱりかわいいよね、エグランティーヌ様。行動の大元は全て殿下との距離を縮めたい、だもんね)


 思わず笑ってしまいそうになる世話焼きOLの自分を押し込めてユイカは自室への道を進むのだった。



・・・*・・・*・・・*・・・*・・・



 以前の自室に公爵令嬢たちを招くのは難しかったが、今の大貴族専用の部屋であれば、問題なさそうだった。この部屋専属の侍女がユイカたちにお茶を出して部屋を辞した頃には、エグランティーヌたちの気持ちは幾分落ち着いた様子だった。



「エグランティーヌ様、サラ様、クロエ様、私の話をお聞きになった後、具体的に何をなさったんですの?」


 三人は思い思いに話し始めた。リリアには一切関わらないようにしたこと、他生徒が落とした物をクロエが拾って『エグランティーヌ様に言われて届けた』と伝えたこと、サラとクロエ、侍女が作ったものをエグランティーヌの名で教会のバザーに出したこと、孤児院には同様にエグランティーヌの名前で金銭的支援をしたこと、学業に専念し、肌の調子も整えたことなど色々多岐にわたって彼女たちは本当に努力していた。


「それで殿下からのお言葉は何もなかったのですか?」


「何も。幼い頃から殿下が何度も仰っていた言葉の意味を考えて行動しましたのに……」


「『何度も仰っていた言葉の意味』って何ですか?」


 ユイカが尋ねると、エグランティーヌは歌うように言った。きっと幼いころからその言葉を大切に持ち続けていたことが伝わる声だった。


「『王族とは民のためにある者たちのことである。民を愛することの出来る者にしか王族の資格は授与しない』というのが、現王陛下と現王妃陛下のお言葉である、と殿下からお聞きしたことがありますわ。だからこそ、私は……」


「民を愛することの出来る者たち……」


 ユイカはひとりごち、エグランティーヌに重ねて問うた。


「エグランティーヌ様は、孤児院へ訪問なさったことはございますか?」


「あるわけないじゃない。平民しかいないのでしょう? それも学のないものばかりと聞くわ。けれど、そんな者たちにも私は寄付を……」


 ユイカは呆れ果てて、両手を軽く上げて首を横に振った。


「めっちゃくちゃ上から目線ですね!!」


「な……っ」


「全くもって愛せてないじゃないですか。全部人任せ。お金と名前だけ振り撒けば全員が喜ぶとでもお思いですか? そもそもサラ様とクロエ様はこの問題に一切お気づきにならなかったのですか?」


「「……」」


 サラは首を傾げるが、クロエはユイカから目を逸らした。


「いいですか? 平民に学がないと仰る。それは事実です。しかし事実の裏を考えてみたことがおありですか?」


「事実の……裏……ですって?」


 エグランティーヌは困惑している様子だった。本当に何も分からないのだろう。ユイカはゆっくりと話した。正しく伝わるように。


「なぜ学がないのか。それは彼らが学業の時間を労働に充てざるを得ないからです。労働することで税を払うしかないからです。または労働して税を払う親の代わりの子どもたちが子守をしたり家事をしているからです。その税を使って我々貴族は領地を富ませます。そのために学を修めます。そのために社交をします。エグランティーヌ様、そこまで考えての先ほどのお言葉でしたか?」


 三人は俯いてしまった。


「知らなかったのであれば、これから学べばいいのです。ただし、知った以上、これからは知らないふりをすることは許されません。特にエグランティーヌ様」


「は、はいっ」


ユイカは立ち上がる。


「王太子妃とは後の王妃、次世代の国母です。すべての国民の母となるのです。孤児院には名の通り親を失った子どもたちが暮らす場所。その場所で暮らす子どもたちにお金だけ渡してご自分が母だと言えますか?」


「……」


「先に言っておきますが、これはあくまで王太子妃としての心構えの話です。子どもたちのご両親はそれぞれにいます。今はいなくても子どもたちの心にはいるはずです。まかり間違っても『私が母ですよ』などと仰らぬように」


「!」


「じゃあ、会いにいったとしても、母を恋しがってる子どもに何をどう言えばいいのよ」


 クロエの言葉にユイカは慈悲の笑みを浮かべる。


「何も言わなくていいんです。寂しい気持ちを受け止めればそれでいいんです。そうやって何かしようというのがすでに烏滸おこがましいんですよ。我々は求められたことのうち、自分の力でできることをすればいいんです」


 抱擁を求める子どもには抱擁を。かけっこを求める子どもにはかけっこを。何も思いつかない子には、何がいいかを一緒に考える時間を。


「それが余裕ある貴族のノブレス・オブリージュではないでしょうか」


 考え込む令嬢たちに、ユイカはパンっと手をもうひとつ叩いた。 


「ということで、次の日曜日、一緒に孤児院に行きましょう! 私の小難しい話を聞くよりも実践ですよ実践!」




・・・*・・・*・・・*・・・*・・・




「もう……無理……」


 サラが生まれたての小鹿のように手足をプルプルと震わせ床に倒れた。


「もう、サラ様……。赤ちゃんを抱っこしただけで全身硬直させないでくださいよ~」


「ちょっとユイカ様! こんなに懐かれるなんて聞いてない!!」


「クロエ様って子どもっぽいところがあるから、仲間意識持たれてるんでしょうねぇ」


 子どもたちが次々にクロエにしがみついている。人気者である。


「……」


「……」


 その片隅で立ち尽くしている公爵令嬢がいた。本人の緊張ぶりに、周りが怯えて近づけないのである。


「エグランティーヌ様、スマイルです! ここでこそロイヤルスマイル!!」


「こ、こうかしら?」


 口元だけが無理やり上げられるものの、目が笑っていないために、その場にいた幼い男児が恐怖で泣き始めてしまった。カオスである。


「あはは……、大丈夫だよ~」


 ユイカは苦笑しながら、泣き始めた男児を抱き上げ、背中をとんとん、と優しく叩いた。すると男児は泣き止み、ユイカの腕の中からエグランティーヌを凝視している。


「ふふ、気にはなっている様子ですね。ね、あのお姉ちゃん、すっごく綺麗でしょう?」


「うん、髪の毛が朝のお日様の色みたい」


 子どもはエグランティーヌを素直に賞賛した。


「……」


 エグランティーヌは男児の言葉に頬を赤らめる。


「朝ね、起きてから毎日お日様にお願いするの。父さんと母さんが天国で元気でいますようにって」


「……」


 ユイカは不意に胸を突かれた。自分も死んだ後、家族にこんな悲しい笑顔をさせたのだろうか。


 思い出さないようにしていた懐かしい顔が脳裏に浮かぶ。心配してくれる声を『大丈夫だから』の一言で黙らせた。大丈夫なんかじゃなかったのに。


 締め付けられるような後悔に思わず男児を抱きしめていた手に力が入ったその時。


「あなたみたいな……」


 エグランティーヌがおずおずと、視線をさまよわせながら小さな声を出した。ひどく言い出しにくそうな、恥ずかしそうな様子だけれど、意を決したようにユイカが抱いたままの男児の小さな手を彼女のそれでそっと包み込む。


「あなたみたいな良い子のお願いですもの。太陽神はきっとお父様お母様にお伝えくださいますわ」


「ほんと?」


「えぇ、本当ですわ」


 男児は、それこそお日様みたいな笑顔を浮かべた。エグランティーヌも目元を優しく緩めて頷いている。


 伝わったのだと、ユイカは思った。男児が素直にエグランティーヌを美しいと思った心も、親を想う気持ちも、エグランティーヌが心から男児に寄り添った心も。



 初日は一時間ほどで令嬢たちは限界を迎えたため、その日の訪問を終えることになった。礼を言って馬車に乗りかけた時、エグランティーヌが首を傾げた。


「あの子……見覚えがないのだけど」


 記憶力の良い彼女だからこそ感じた違和感に、ユイカは微笑んだ。


「体調を崩して、個室で休んでいる子が一人いる、と職員さんに聞きました。きっとその子でしょうね」


「……」


 寂しそうにこちらに視線を向けている少女がこちらに向けて小さく手を振っているのが見えた。


「次は一緒に遊べると良いですね」


 とクロエが、こっそりと小さく手を振り返しているエグランティーヌに言う。


「あら、クロエ様、子どもたちと遊ぶのが本当に楽しかったのですね」


「サラ様だって、腕を振るわせながらも赤ちゃんの傍から離れなかったじゃない」


 お互いに子どもたちにどれほど心を奪われたのか、からかい合う令嬢たちのやり取りが、なんだかユイカは嬉しかった。心地よい疲れを感じながら、令嬢たちは孤児院を後にするのだった。





次回(1/29)19時、令嬢たちは本当の意味で変わることができたのか!?



読んでくださってありがとうございます。リアクション押してくださった方々、ブクマ登録してくださった方々、その一押しがとても嬉しいです。まだまだ先は長いお話なので、最後までご一緒出来たら大変喜びます!

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