>4 再起動 REBOOT
夕方、目が覚める。
ベッドしかなかったはずの自室にはいつの間にか様々な機器が搬入されていた。
そして壁一枚隔てた向こうでは、機械が低く鳴いている。
思いのほか、疲れていたらしい。
「あ、起きた?設定ならほとんど終わってるよ」
雫はヘッドギアを調整しながら、かいつまんで説明を重ねていく。
「あとは脳紋IDで認証するだけでログインできる。もし"戻る"のが怖いなら、今やめてもいいんだよ?」
雫の問いかけが、機械音に混じってゆっくりと空気の中に沈んでいく。
「……戻りたい......です」
気づけば、声が出ていた。
<本当に?>
心の奥底で、誰かが囁く。
<もう二度と帰って来られないかもしれない>
でも——
<あの世界で僕は生きていた>
それは自分の意思か、渇望の悪魔か。わからない。でも、もう引き返せない。
「んじゃとりあえず、あっちで合流してから色々決めよっか」
「わかりました。申請送っときます」
雫は一度だけ頷く。
「準備はいい?」
息を吸って、大きく吐く。反射的に震える指先を制す。頷く。
僕はヘッドギアを装着して、横になる。
「では、ログインを許可する」
スイッチの音はしない。意識が静かに沈む。闇に耳が慣れる前に、遠くから声が降ってきた。
『Welcome to Wired Witch』
二年ぶりの、それ。
——僕は帰ってきた。
◆
暗闇。完全な、暗闇。
視覚も、聴覚も、何もない。
その暗闇の中で、俺は浮いていた。
いや、正確には「浮いている感覚」があるだけだ。身体があるのかないのか、その境界すら曖昧だ。これが睡眠型脳映像入出力同期ネットワークシステム、通称「ドリームダイブ」の接続中の感覚。約二年ぶりだというのに、脊髄が憶えている。
『脳紋認証を開始します』
無機質な音声と共に、視界の端に淡い蒼光が走る。
『認証完了。プレイヤーID: ██████████、最終ログアウトより814日経過。前キャラクター: 死亡により消滅。新規キャラクター作成を開始しますか?』
死亡により消滅、か。
“あの日”のことは、断片的にしか思い出せない。
とにかく、大規模で苛烈な死闘だった。
緋いの空の下、無数に押し寄せる敵の群れが、地面を覆い尽くしていた——そんな断片だけが、まだ頭の奥にこびりついている。
誰かの悲鳴が聞こえた気がする。大切な誰かだった。
仲間が——倒れていく。
いや、"仲間"と呼べる人たちだったのか?
それすら、分からない。
そして底知れぬ深淵。心肺停止。強制ログアウト。
目を覚ませば、どこか得体の知れない白の空間。機械に囲まれた身体、それらが生命維持装置だと理解するのには、ずいぶん時間を要した。
「新規キャラクター作成」
自分の言葉に心臓が早鐘を打つ。
もう一度、あの世界に戻る。またゲーム内の人格と同化してしまうんじゃないか。また現実を認知できなくなるんじゃないか。
だが戻りたいという渇きが噴出した不安を次々に喰らっていく。
ニイナのように、24時間ずっとあの世界にいられたら。そんなこと望んではいけないのに。
『キャラクター作成を開始します。ガイドNPCに接続中――』
暗闇が突如晴れる。
そして、俺は【彼女】と再会した。




