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月めくりエッセー Nov. 麦を食え

作者: 山谷麻也
掲載日:2025/10/21

挿絵(By みてみん)


 ◇麦蒔きとお産


 一一月は筆者の誕生月である。七日に生まれた。星座で言えば、さそり座である。

『異邦人』『ペスト』などで知られるアルベール・カミュ(Albert Camus フランス 一九一三ー六〇)も同じ誕生日だ。

 カミュの父親は農場労働者だった。筆者の生家も農家だった。母親が実家の麦蒔きの手伝いに行っていて、産気づいたと、よく聞かされた。


 昔はどの農家も麦を栽培していた。麦が主食だった時代もある。

そんなことを書いたところ

「知ったかぶりするな。ワシらは麦飯さえ食えんかった」

 というお叱りを受けたことがあった。


 昭和二〇年代中期の生まれでもあり、麦飯を食べた記憶はない。柳行李(やなぎこうり)の弁当箱に黒い麦がぎっしり詰められていたのは覚えている。おかずは別の柳行李に入っていた。傍目(はため)にとても食指は動かなかったが、山仕事などに従事していた人はお昼を待ちかねていたことだろう。


 ◇踏まれて強くなる


 長い間、麦飯は貧乏のシンボルとされてきた。

 筆者の生まれる前年(一九五〇)の一二月、当時の池田勇人大蔵大臣が国会で「低所得者は麦、高所得者は米を多く食べる方向に持って行きたい」などと答弁をした。いわゆる「貧乏人は麦を食え」発言である。当然ながら、庶民の神経を、逆なでしてしまった。


 麦は不思議な植物である。

 芽が出てくると、踏みつけられる。麦踏みだ。これをしないと、麦は丈夫に育たない。どこか人の世に通じるものがある。言うまでもなく、再起不能になるまで芽を踏んでしまっては、元も子もないが。


 ◇畑から消えた日


 初夏に金色の麦畑が波打っていた。いつの頃からか、幻の風景になってしまった。

 奥地の農家の証言によれば、38豪雪(昭和三八年)により、麦が全滅し、以来、麦を栽培しなくなったという。


 折しも、昭和三五年(一九六〇)に池田内閣が「所得倍増計画」をぶち上げ、国民は豊かさを実感するようになっていた。

 筆者の周囲では、米の飯に主役は交代し、丸麦は姿を消す。たまに押し麦が米に混ぜて炊かれていた。


 給食は普及していなかった。

 アルマイトの弁当箱を開けると、押し麦が目に入る日もあった。まわりにバレないように、表面の押し麦は家で食べて来たという友人もいた。

 麦には各人各様の思い出がある。


 ◇心配なこと一つ


 麦蒔きの日に生まれた宿命か、けっこう踏まれ、打たれて育った。

 友人たちは、筆者の生命力に驚嘆しつつも、将来に危ういものを感じていたようだ。ある時、親友から、長女誕生の電話をもらった。母子とも健康だという。


「それはよかったなあ」

 カップルの苦労を見てきただけに、心から祝福したい気分だった。

「けど、心配なことが一つあるんや」

 と水を差すようなことを言う。

「それは、何や」

「お前と誕生日が同じや」


 あれから半世紀が経つ。息女がどう育ったか。ゆっくり会ってみたいものだ。


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