【2】縒れたスーツと、歌舞伎町。
世の中には、「自分は底辺ではない」と思い込みながら底辺を歩いている人間が一定数存在する。
その代表例が、昨日までの俺だった。
「駅のホームで煙草吸うなっつってんだろが。臭えんだよお前は。」
俺は萌香さんに会うなり第一声でしばかれた。神奈川某駅の片隅で、薄汚れたスーツ姿の俺が彼女と合流した瞬間の話だ。
「だいたいなんでそのスーツ着てんの?なに、面接受けた帰りの人?w」
彼女の口は悪い。けど、それが妙に心地よくなってるあたり、俺の人間関係はもうだいぶ壊れているのかもしれない。
萌香さんは、俺より一個上の元・手芸サークルの先輩で、頭のおかしい系の人間だった。
ある日唐突に「金なら貸すよ」とLINEが飛んできて、会う約束をしたのが今日。
電車に揺られて歌舞伎町へ向かう。
「内勤足りてないから、まあ一人くらい増えてもいいっしょ」と言いながら俺を連れてくこの女は、すでに俺の運命の半分くらいを握っている気がしてならない。
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ビルの5階、重い扉を抜けるとそこは──
煌びやか。照明、鏡張りの壁、そして場違いなほどの高級感。
なんなら俺のスーツのポリエステル感が一気に浮き上がる。こっちが恥ずかしくなるくらいに。
「お前ほんとに似合ってねーな、そのスーツ。あとちゃんとボタン留めろって教わらなかった?あ、大学生か、そっか」
はいはい黙ってついていきますよ、先輩。
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「はーい、お茶出しまーす!代表、今日の紹介の子ですー」
萌香さんはカウンター奥から氷の入ったグラスとお茶を2つ、俺と面接官の代表の前にそっと差し出した。
「今日入る予定の…えーと、名前なんだっけ?」
「朝霞です」
「じゃあ、今日体験ね。服ダサいけど、とりあえず中で見てこいよ」
こうして俺は、人生で一番場違いな空間に“体験入店”することになった。
その場所が、まさか自分の生き方を変えることになるなんて、この時はまだ知らない。