【1】その日、俺の人生は冗談みたいにねじれた。
人間ってのは、ある日突然、堕ちるわけじゃない。
気づいたときには、もう底にいる。たいていは、そういうもんだ。
俺がギャンブルにハマったのは、暇つぶしのつもりだった。
大学に入って、何もかもうまくいかなかった俺は、ちょっとした誘いで雀荘に行った。それがすべての始まりだった。
運が良かった。最初は。
運ってのは、続かないから「運」なんだよな。
当然のように負けが込みはじめて、気づけば雀荘のメンバーにされてた。バイトって言えば聞こえはいいが、実態は雑用係。
時給は最低賃金。いや、俺の場合はもはやマイナスだ。負けた分を差し引くと、働けば働くほど借金が増えるという、新手の地獄ループ。
しかも、店の空気も最悪だった。
ヤニ臭い灰皿、昼夜逆転のテンション、メンヘラ崩れの同僚たち。そしてオーナーの、パワハラとセクハラと自己愛をミックスしたような罵倒。
「お前また赤牌入れ忘れてんじゃねえかよ」
「……すみません」
謝罪が口癖になると、もう人間やめたほうがいい気がしてくる。
でもやめられなかった。借金があるから。バイト減らせないから。生活も大学も、もう限界ギリギリだった。
そんなとき、スマホが震えた。
表示された名前を見て、俺は思わず眉をひそめた。
――押田萌香
懐かしい名前だ。
大学一年のとき、数週間だけ在籍した手芸サークルで一緒だった先輩。
髪色は毎週変わるし、ミシンを持ち込んだその日に「壊れた」とキレて帰った、頭のおかしい人だった。
「生きてる?」
電話越しの第一声がそれだった。
「……なんとか」
「へえ、じゃあ死ぬ前に頼み事していい?」
この時点でおかしいけど、もう俺の判断力は死んでいた。
気づけば、「金を貸してほしい」と口走っていた。
「いいよ?」
「え?」
「マジで貸してやんよ。てか今どこ?」
⸻
三時間後、俺はコンビニの駐車場で、借用書にサインしていた。
押田は千円の借用書をノリで買ってきて、「拇印も押せ」と言ってきた。
「てかさ、条件あるから」
「あー、やっぱありますよね」
「うちの店、人足りてないのよ。キャバ。内勤やれ。ボーイな。電話の用件はそれ」
「俺、スーツ持ってないっす」
「あるわけねーだろ、スーツくらい自腹で買え。あと明日から来い」
「ちょっと待って、スケジュールが――」
「黙れ、夜は空いてんだろ。死ぬよりマシ」
人間、借りがあると強く出られない。
そのくせ、貸す側がヤバい奴だと、断れない。
俺はこうして、闇バイトから、さらに深い闇へと踏み込んだ。
でも――なぜかそのとき、少しだけ、笑えてしまった。
もしかすると、人生で初めて「どうにかなりそうな気配」を感じたからかもしれない。
それが、よりによって分かりやすい地獄の入口だとは知らずに。