001 愚かなる舞
「助けて…...誰か…...」
フェリア・スコットは、15歳のスナート王国の女性冒険者である。冒険者ギルドでのランクは、S~Fまであるうちの”C”だ。Dランクで一流、Cランクで凄腕。Bランク以上は一国の宝として扱われ、国から直々に雇われることもあるほどだ。そんな彼女は、お金のためにある非公式な依頼を引き受けた。
この国で働く人間が一生で稼ぐお金は3000万コルと言われているが、この依頼の報酬はなんと1000万コル。依頼の内容は、医療院が独占している薬草を、秘密裏に採取しに行くというものであった。
依頼主は、スナート王国東領を治める貴族、レリアル・フォードである。医療品に対して厳しい規制がかかっているスナート王国では時々、こういった依頼が特定の冒険者にギルドを通さず回ってくる。
以前にも同じような依頼で他の貴族へ薬草を届けたことがあったフェリアは、
「慣れてますから、任せてください!」
と依頼を引き受けた。以前とはまた違う薬草ではあったが、特に問題なく採取に成功し、難なく持ち帰ることができた。
「こんなもので1000万なんて、さすが大貴族」
フェリアはニヤつきながら呟き、受け渡し場所に向かう。
「これ、依頼された薬草です!」
東領の端にある、フォード家別邸の大きな門の前で、代理人に薬草を渡すフェリア。辺りは森に囲まれているとは言え、歩道もしっかりと整備されている。
こんな目立つようなところで渡してもいいのか?と一瞬フェリアは考えたが、周囲の暗さを見てその考えを消した。周囲に人は一切歩いておらず、かなり遅い時間であることが考えられる。
「もう夜になってたんだ、やっぱ冬って嫌だなぁ」
冬という季節の陰鬱さを嘆いたところで、代理人はフェリアへそっと近づき、薬草を受け取る。しかし、何やら周囲に視線を送っているようだ。
13歳から2年もの間冒険者をやってきたフェリアは、そういった仕草に気づかないほど鈍くはない。すぐに腰にある短剣を取り出せるように、周囲を警戒しつつ腰に手を添える。
普段魔術を使っている彼女だが、普段の相棒である杖は、荷物になるため持ってきていない。
自らの手で使う魔術は、杖を使ったときより威力も低く、詠唱が必要になる。もしこの状況が罠であるなら、万が一杖が使えないときのために鍛えている、練度の高くない短剣術と威力の低い魔術で対応するしかない。そう思った瞬間であった。
代理人がいたはずの場所には、一本の輝く柱が置いてある。光源魔術”ピライト”だ。この魔術は味方に合図を送るときに使われる。これが罠であることに気づくのは、そう遅くはなかった。
フェリアが罠に気づき、短剣を腰から引き抜いた瞬間、黒いフードを深く被った5人の男に囲まれる。見たところ、3人の長剣士と2人の魔術師で構成されているらしい。
早速剣士が攻撃を仕掛けてくる。3人の長剣士がフェリアを取り囲み、剣を斜めに大きく振ってくる。対人戦の経験が少ないフェリアにとって、取れる択はそう多くなかった。
フェリアは左手を前に出し、
「アセンド!」
と叫ぶ。高い声が響いたあと、フェリアは大きく上昇し剣を避ける。そして、フェリアに斬り掛かったはずの3人は、まるで痺れたかのように倒れる。
雷魔術の”アセンド”は、大きく上昇し、自らの周り半径1mに威力の低い雷撃を起こすことができる。しかし、この魔術には欠陥がある。まず、半径1mという短い射程だ。剣士に雷撃が命中しても、対人戦で最も警戒すべきであろう魔術師は範囲外にいる。
そしてもう1つが、滞空後の落下の衝撃は一切緩衝されないことだ。
フェリアは少しの間滞空した後、空から地面へと近づいていく。
「づぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
落下の痛みを叫びでなんとか誤魔化し、即座に後ろへジャンプするフェリア。それと同時に
「ルート!」
と、先ほど魔術師が見えた場所から声が聞こえてくる。連携のために自らの使う魔術をあらかじめ言っているのだ。
その声が聞こえた瞬間、フェリアは下を見る。フェリアの脚に”根”が絡んでいる。そう、自然魔術”ルート”だ。根に脚を取られたフェリアは、先ほどから右手に握っている短剣を使い、脚に絡みついている根を切り裂き脱出する。
しかし、戦闘において少しのタイムロスは致命傷へと繋がることへの理解が足りていなかった。
「チィ!」
先程倒れていたはずの剣士3人がまたフェリアに襲いかかる。フェリアはそれに短剣で応じる。3対1、さらにフェリアは魔術師。一応で鍛錬している短剣術と、長剣を普段から使っている長剣士3人。結果は明らかだ。
1人目の攻撃を短剣でガードしたフェリアだが、それ以外の2人には何もできない。苦し紛れで左腕を二人目の剣筋に入れ込んだが、その瞬間
「うがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
フェリアの左腕はきれいに体と別れて、3人目に右肩も浅く切られてしまう。
(痛い。痛い。このままだと殺される。逃げなきゃ。逃げなきゃ。考えろ、っ考えろ!)
「エレク、トリフィケーションッ!」
息も絶え絶えながら魔術を唱える。雷魔術”エレクトリフィケーション”で自身の体を帯電、身体能力と魔術能力を1分間大幅に向上させる。敵に背中を向けて走り去るが、当然剣士はこちらを追いかけてくる。魔術師2人も終魔術”マジックミサイル”を使い、紫色の弾丸を連射してくる。
「うざったいなぁ!シールド!」
それに対してフェリアは召喚魔術”シールド”を使いブロックする。一定のダメージ量に達するまで攻撃をブロックするその青色の壁は、紫色の弾丸を防げば防ぐほど透明に近づいていく。
魔術師の攻撃を簡単に避けられる距離にまでフェリアが到達したとき、そのシールドから色は消え去り、崩れ落ちる。しかしそれだけ稼げば十分なはずだ。
剣士も身体能力を強化したフェリアには追いつけず、どんどんと距離が離れていく。
「これならいける!」
と、痛みを誤魔化すように叫ぶ。しかし、先程から周りの様子がおかしい。走れば走るほど、暗闇に近づく。そして、頭の中にあった最悪な、考えたくもない疑念が強まる。だが、無情にもその暗闇は消えない。
走る。何も考えずに走り続ける。そして、とうとう暗闇は目の前に。気のせいだと願いながら走り抜けようとする。しかし、疑いが現実となり、ゴン!と脚がぶつかる。
結界だ。転倒し、「ぅぁ、ぁぁぁ」と声にならない声を出す。後ろを見るとどんどん剣士はこちらに近づいてくる。投げやりに立ち上がり、短剣を取り出し応戦しようとした瞬間、体からふっと力が抜けていく。
生きたいという感情で、傷ついた体を半ば無理やり動かしていたフェリアだったが、その希望が打ち砕かれてしまった瞬間、まるで魂が抜けたかのように動かなくなる。
「なんで、こんな目に…...」
雷魔術”エレクトリフィケーション”の効果が切れたフェリアは、体を覆っていた青い電流がプツッと消えた瞬間、意識を失った。
再投稿です。あまりにも誤字脱字が酷かったので書き直しました。