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12.

 ホテルの玄関を出ると空には星がきらめいていた。きらりと星が流れる。吉兆だろうか。俺はスマートフォンでコンビニの位置を確認して、歩き始める。

 辺りは真っ暗だが、幸い道路には一定間隔で電灯があるので、道に迷うことはなさそうだ。車もほとんど走っていない。俺は少しでも早く渉に追いつける様、小走りで進む。

 とはいえ、足は重い。昼間、練習で散々こき使ったからだろう。時々、痛みが走る。

 全く、俺は何をやっているのだろうか。追いついたところで、渉に冷たくあしらわれるかもしれない。仮に仲直りできたところで、その先をどうするかも考えていない。そもそも何を話したら、良いのだろうか。けど、彼と話をしたい。

 息があがり、足がもつれる。何かを考える余裕もなくなってきた。ただ、足を一歩、また一歩と前に進める。瞳に人影らしきものが映った。これは本物だろうか。それとも、実際には何かの見間違え? 

 赤いジャージは動きを止めた。そして、振り返る。ようやく捕まえた。声を掛けようとするが、身体はそれよりも酸素を求めているので、言葉にならない。

 膝に手をついて、なんとか身体を落ち着かせようとしていたら、渉の声がした。

「何、してるんですか」

「お前と、話が、したくて」

「急に動きを止めない方が良いですよ。ゆっくりで構わないので、歩きましょう」

 俺たちは並んで歩きはじめる。身体が熱くなり、ボタボタと汗が流れて止まらない。だが、呼吸は徐々に落ち着いてきた。

「あれだけ運動した後にアルコールを飲んで、走っちゃダメですよ。これ、飲みます?」

 渉は俺にミネラルウォーターのペットボトルを差し出す。俺はそれを受け取り、ゴクゴクと飲んだ。ひんやりとした水が喉を通り、全身の熱が冷めていく。

「サンキュ」

「いえいえ。じゃあ、行きましょうか。もうそろそろコンビニに着くので」

 渉は俺から空のペットボトルを受け取り、歩き始める。この様子、まるで俺たちの間には何もなかったかのようだ。それが彼の望みなのだろうか。

 しかし、最初に話し合いを拒否したのは俺の方だ。それなのに相手から来て欲しいだなんて、ただの甘えだろう。たとえ、渉の返事がどのようなものであれ、俺から踏み出さなければダメだ。

「ごめん」

「えっ? 水のことなら気にしなくて良いですよ。また買えばいいんだから」

「違う。そのことじゃなくて。四週間前の話」

 渉は首を傾げる。彼にとってそれほど重要なことじゃなかったっていうことだろうか。いや、俺がまだ逃げているからだ。ハッキリと言わなくちゃいけない。

「夜中に突然帰って、すまなかった」

「ああ、別に。あの後、雨が降ってましたけど、大丈夫でしたか」

「ん。風邪引いた」

「バッカだな。タクシーでもなんでも使えば良かったのに」

 渉が笑う。なんだよ、こいつ。俺のことをバカにしてるのか。

「ショックだったんだ」

「何が?」

「渉が他の男ともしてた、って聞いて」

「そりゃ、良い年した大人なんだから経験のひとつやふたつあるのが当然じゃね? 童貞みたいなこと、気にするんのな」

 グサリと言葉のナイフが胸に刺さる。痛さで思わず叫んだ。

「悪かったな」

「あっれぇ? 清吾、そうだったっけ。なるほどね。わかった。こっちこそ、ごめん」

 自然と拳に力が入る。だが、渉は涼しい顔で避けた。

「高橋さん。パンチはちゃんと狙わないとダメですよ。オレ、前の練習の時に言いましたよね」

「もう、いい」

 クソっ、山本のヤツめ。渉が俺に対して本気なのかもしれない、って言っていたが実際にはこのザマだ。だったら、あの告白はなんだったのだろう。俺は渉に尋ねる。

「何で本当のこと、言ったんだよ」

「ん?」

「ウワサのこと。お前、もうこのジム以外に行くところがないんだろ。俺が林さんにチクったら、終わりなんじゃないのか」

「確かに」

 こいつ、単純に何も考えていなかっただけなのか。思わず深くため息が出てしまった。俺の気持ちなんて、素知らぬ顔で渉は言葉を続ける。

「けど、清吾はそういう人じゃないと思ったから」

「どうして?」

「直感。オレ、男はいっぱい知ってるんで」

「そうですか」

 俺は棒読みで返事をする。だが、渉は嬉しそうな顔でこちらを見た。

「でも、当たってるだろ」

「はぁ?」

「清吾はチクらず、オレと話をしようとしてくれてるじゃん」

 渉の言葉で、俺の心臓が騒ぐ。

「えっ」

「そういうの、初めてなんだ。むしろ、オレから質問して良い?」

 そんなこと言われるなんて思っていなかった。彼の言葉に対して、反射的にうなずいてしまう。

「うん」

「清吾は俺と話をして、どうしたかったの?」

「あの日の態度を謝りたかったんだ」

「で、その後は?」

「いや、特に何も考えていた訳じゃなくて」

「そっか」

 渉の声のトーンが下がる。何か言わなくちゃいけない。

「だって、俺たちお互いのことをまだほとんど知らないだろ。順番は逆転したけど、本来はそういうのの積み重ねをした上で結論を出すものじゃないか」

「まあね」

 伝わったのだか、伝わらなかったのかがよくわからない反応だ。本当、なんなのだろう。訳がわからない。頭を抱えたい気持ちでいっぱいになっていると、渉が呟いた。

「とりあえず、嫌われた訳じゃないってわかって良かった」

 えっ、何て言った? 渉に確認をしようとしたら、至近距離に彼の顔があった。唇に柔らかい感触を感じる。

「あっ、コンビニだ。清吾、行こ」

 渉は何もなかったかのように声をあげて、明かりに向かって走り出した。

 やられた。だが、俺の心はもうこの小悪魔にノックアウトされてしまったようだ。敵わないな。俺は渉の後を追いかけるために、走りはじめた。

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