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精霊術師と過保護な精霊達

作者: Roy

「もうそろそろ帰らないか?」


 暗い洞窟の中、虚空に何度目かわからないほど言った言葉を投げかける。

 それに対して、頭の中に響く声にも変化はない。


『もう少しだけ』

『あと少しだけ』


 暗くなるまで公園で遊び周り、家に帰りたがらない子供と親のようなやり取りが続く。これが親子なら無理やり連れて帰ることもできるだろうけれど、情けないことに、僕にはそれができない。


 ……というか、一人ではここから帰ることすらできない。何故ならここは、モンスターと呼ばれる魑魅魍魎が跋扈する、入り込めば命の保障のない“ダンジョン”の中でも危険度の高い“下層”だから。


 僕はダンジョンの探索を行う探索者のはしくれではあるけれど、肉体的にはほとんど一般人と変わらないし、戦闘能力も低い。下層のモンスターの攻撃を受けようものなら、かすっただけでも死にかねない。


『心配いらない』

『絶対安心だよ』

『幹彦のことは私達が守ります』

『下層攻略まであと少しだかんね』

『そこまで行けば私達も帰る』

『約束するわ』

「わかった、下層攻略までは付き合うよ。といっても僕はついていくだけなんだけど」

『何度も言っているだろう? 私達の力は、契約者である君の力だ。胸を張りたまえ』

『私達の下層攻略、すなわち幹彦の攻略』

『フ、フフ……遠慮、しないの、私達の全ては、あ、あなたのもの……フヒッ』

『精霊と~、精霊術師は~、一心同体~』

「そう言ってくれることは、素直に嬉しく感じるけど」


 “精霊術師”、それが僕のダンジョン内での職業。精霊という超自然的な存在と契約を交わして意思疎通を図り、精霊の力を借りた強力な魔法を操れることが特徴だ。分類としては、魔法使い系とテイマー系の中間にある職業と言われている。


 契約精霊は十二体。精霊術師が契約できる精霊の数は人それぞれだけど、一般的な精霊術師は二体か三体。また、精霊術師は中級精霊と契約できれば一人前と言われるのに、うちの精霊は全員“上級精霊”。


 何より、彼女達は操れる魔法の属性がそれぞれ異なっていて、十二体で全ての属性を網羅している上に戦闘経験も豊富。だから、どんな相手や状況にも対応することができる。少なくとも彼女達と出会ってから、一度も危機に陥ったことはない。


 数と力に、属性と経験から生まれる対応力。これだけの要素があるからこそ、ほぼ一般人の僕というお荷物を抱えて守りながら、彼女達は下層という危険地帯を攻略できている。


 こんなことを考えている間にも、少し離れた場所では火が、水が、土が、風が……ありとあらゆる自然現象が、強大な力を持つモンスターを飲み込んでいく。僕は、それをただただ見ているだけ。


 ……そんな時間が続くと、こんな凄い精霊達が、どうして僕に力を貸してくれているのか? と、既に結論の出ていることを何度も考えてしまう。


 約3年前、おかしな夢を見た日……夢の中は聞いたこともない国で、血まみれでボロボロの自分が軍服を着ていて、彼はろくな説明もなく『彼女達を僕に任せる』と言い残して消えた。そして目を覚ましてみれば、夢に出てきた精霊達が目の前にいたのだ。


 当時は激しく混乱したし、自分の頭も疑った。中一なのに中二病かと悩んだけれど、実際に彼女達が目の前にいるのだから否定もできず、精霊達からも話を聞いて納得した。


 それによると……


 1.夢に出てきた僕は、平行世界の僕自身。僕の世界にダンジョンが現れたように、彼は中学のクラスメイトと共に、異世界に召喚された。


 2.僕は平行世界でも精霊術師で、能力は良くも悪くも普通なモブキャラ。チート能力も強力なスキルもなく、無能で虐げられてから能力が覚醒するようなこともなかったらしい。最初は低級精霊だった彼女達と契約して、どうにかこうにか生き抜いていた。


 3.突出した能力がない平行世界の僕は、異世界の国の上層部や仲間からしてみれば“それなりには使えるけど、失っても大した損失にならない駒”という認識だったようだ。敵軍の罠にはまった絶望的な状況から主力級のクラスメイトが脱出するため、裏切り同然に切り捨てられた。


 4.打つ手がなくて一か八か、異世界で得た知識と技術、精霊達と持てる全ての力を使って世界間転移を試み、かろうじて精霊達だけは僕のところに逃がせた、というわけらしい。


 ……何度考えても、僕にそんなことができるとは思えないけど、事実だそうだ。精霊達が言うには、召還されてから必死に生き延び、元の世界に帰ろうと模索していた結果だとのこと。本当なら平行世界の僕も連れて来たかったが、世界間移動の魔法は不完全で、人間の体が耐え切れるものではなかった。実体のない精霊の体でも、一人も欠けなかったことが奇跡だったそうだ。


 また、そういった経緯があるために、彼女達は自分達だけが助かってしまったことを強く後悔していて、僕の力になってくれている理由の一つでもある。


『私達の知る幹彦と、自分は別人だと思うかもしれない』

『でも、あなたは確かに私達の知る幹彦です』

『私達が出会って間もない頃と、全く同じだよ』

『向こうの幹彦は~、あんな風になりたくてなったわけではありませんでした~』

『力がなければ生き残れない。生きるためには、変わるしかなかったんだよ。弱かったから、幹彦も私達も』

『で、でも、今の私達は昔より強いッ!』

『私達は力。全ての敵から幹彦を守る。今度こそ、そうすればあなたは変わらなくていい』

『難しく考えなくていいわ、ただ私達を傍に置いて欲しいの』

『少し時間が戻ったようなものさ。あっちの幹彦のことを忘れるわけではないけれど、思い出はまた作れるからね』

『もう一度、一から始めよう』


 そんな言葉と共に、僕達の関係は始まった。戦力としては申し分ないし、本気で力になろうとしてくれているのが分かるから信頼もできる。でも一つだけ言わせて欲しい……正直、めちゃくちゃ“愛が重い”。


 経緯は理解したし、嘘偽りがあるとも思ってないけれど、命がけの脱出に後悔して全身全霊を捧げてくる。一体でも受け止めきれるかわからないのに、それが十二体。たとえハーレム物の主人公でも、こんなに多くのヒロインは抱えないだろう。


 いや、そもそも精霊には男女や性別といった概念はないし、平行世界の自分も彼女達とそういう関係ではなかったはず。そんな余裕のある状況でもなかったという話だけれど、比較的安全な世界にきたことと、自分達だけ助かったことへの罪悪感で、僕への愛情と好感度がおかしなことになっているのではないだろうか?


 その最たるものが今の『超過保護』なダンジョン探索。


 僕は何もしていない、全て精霊達に任せている。攻撃も防御も索敵も戦利品の回収も、全て精霊達がやってくれる。最初は移動も精霊達が運ぶし、お菓子でも食べながら見ていてほしいと言われたけど、流石にそこまでは……と2か月くらい拒否を続けて、ようやく自分で歩くことを納得してもらった。


 その代わり、ダンジョン探索では


 ・パーティー参加不可(強制ソロ活動)

 ・経験値取得割合固定(精霊達:8.33%×12=99.96% 僕:残りの0.04%)


 という2つの制約がついている。


 精霊との契約は一種の雇用契約で、精霊と話し合って条件をすり合わせる必要があるのだけれど、精霊達は僕に危ないことはしてほしくないし、させない。その分、自分達が強くなるというスタンスなのだ。


 経験値が得られないということは、レベルアップが遅くなる。それだけ肉体や能力を強化できなくなるので、探索者としては致命的。だけど僕の場合は悲しいことに、元々運動が得意なわけでも、戦闘センスが高いわけでもない。自分よりもはるかに強い精霊達をさらに強化した方が効率がいいのは間違いなかった。


 最近は突発的に発生したダンジョンに巻き込まれる事故や、ダンジョンからモンスターがあふれるスタンピードも増えている。そのため、国が一般市民にも自衛力を持つことを推奨している。そういった諸々を考慮すると、まず自衛できるだけの力を確実に得られる方法をとるべき。やりたいことがあるならば、それからゆっくりやればいい。


 ……そんな風に、精霊達に説得された感じが強くはあるけれど、異世界で戦争を経験していた彼女達の言葉は重く、説き伏せる話術や人生経験は、僕にはなかった。


 それに、僕は探索者としての仕事に強い憧れや熱意があるわけでもない。いざという時に身の安全を確保できて、バイトや副業の代わりに収入源ができるのだから、正直ありがたいことだらけ。精霊達のヒモ状態なのが申し訳ないやら情けないやら、葛藤してしまうと言うだけの話だ。


 ちなみに契約内容には、先ほどの2つの他にも、


 ・精霊達の常時召喚を可能にする(精霊達が自力で召喚された状態を維持している)

 ・精霊達に可能な限りのサポートを受けられる

 ・精霊達との契約解除不可


 以上の3つがあり、ダンジョン外でできるトレーニングや技術指導には、それなりに手を貸してくれる。内心は複雑みたいだけど“いざという時の備えとして最低限は鍛えておいた方がいい”という意見が落としどころになった。


『幹彦、終わったよ』

『下層攻略完了!』

「おー、いつものことだけど凄いね」


 僕としてはただの道を散歩しているようなものだったけど、今いるのはボス部屋。下層から深層に続く道を阻む中ボスを、精霊たちは悲鳴一つ上げさせることなく倒したようだ。ボスの肉片が灰のように崩れて消える。


「それじゃ、帰ろうか」

『約束だからね』

『次回はいつにしますか?』

「次はわからないけど、当分先じゃない?」

『幹彦、明日から高校生だもんね~』

「それが分かっているなら、下層まで潜らなくてもいいじゃない。というか、実家近くのダンジョンでは深層まで踏み込んでいたんだし、いまさら何で下層に?」

『ダンジョンによって特徴が違うのは知っているだろう? 取れる素材も変わるし、高校在学中はこのあたりで活動することになるんだから、下見は必要だよ。私たちの今後に大きく影響する問題だ』

『それに、高校からはダンジョン関連の授業が増えて、内容も濃くなるって話でしょ? 成績にも影響するんだし、新しいクラスメイトとの話題にもなるっしょ』

「それはそうかもしれないけど、話題としては扱いにくいんだよ。高校生で下層に入れる探索者がどれだけ少ないか、知ってるでしょう?」


 その稀有な成功例も、パーティでの話だ。1人で下層攻略なんて、ウソと思われる可能性の方が高い。僕自身はレベルも低いから尚更だし、探索のやり方や感想も語れないとなれば尚更だ。事実、なにもしてないんだもの。


『うーん、それは確かにそうかもね』

『もう少し幹彦にも戦わせたほうがいいのかな』

『いらない。精霊術師が精霊を使って探索する。何も問題はない』

『そうだよね、幹彦は遠慮なくアタシ達を使えばいいし、得られる功績も幹彦のものだよ』

『こんなに生ぬるい戦いでそんなにもてはやされるなら、周りがその程度のレベルってことよ。相手にしなくていいじゃない』

『いやいや、少し落ち着きたまえ。たとえ力で大きく劣っている相手でも、数が増えれば厄介になるのは身に染みているだろう? 私達もそうやって生き延びてきたんだ。大衆を敵に回していいことはないよ。

 それに、力を見せれば厄介な権力者や寄生虫が近づいてくるのが世の常だ。そういう意味では、幹彦の意見も理にかなっているよ。我々が全ての邪悪から幹彦を守れるようになるまでは、一般人に擬態してくれた方が都合がいい』

『でも、面倒臭いなー』

『幹彦が舐められるの、嫌ー』

『新しい学校の授業やクラスメイトのレベルもありますし~、どれくらいがほどほどなのか~、探っていくしかありませんね~』


 精霊達の会議が始まるけれど、僕は正直、杞憂だと思う。

 精霊達の力を除けば、わざわざ隠すほどの実力なんて僕にはないのだから。


「上層のモンスターを狩るときくらいに、片手間に力を貸してくれるだけで十分だよ。それより早く帰ろう。移動補助と護衛をお願い」


 返事よりも先に魔力が体を包んで、体が軽くなる。一歩踏み出せば、一瞬にして十メートルは進む。帰り道にはモンスターの姿がなく、残骸の形跡が残るのみ。


 僕と出会ってから多少は成長していることを差し引いても、彼女達が“普通”かつ“失っても惜しくない戦力”だった異世界は一体どんな魔窟なのだろう? 気になるけれど、思い出したい事でもないだろうし、聞く必要もない。


 最初はいきなり押しかけられ、勢いで引き受けてしまったけれど、彼女達との関係は良好。ちょっと困る時もあるけれど、基本的には楽しくて、既に僕の生活の一部と言える。将来どうなるかなんてわからないし、今は明日からの高校生活に全力を注いでいこう。





 ……この時の僕は、まだ知らない。高校生活が入学初日から波乱に満ち、来週には精霊達が僕の退学RTAを始めようとして、やめさせる代わりに動画配信を始めるなんて、予想もしていなかった……


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