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邪神、英雄の娘と出会う

 日照りによる大地の干ばつによる問題を解決してやると、人間どもは次々と畑を耕し始めた。

 トレントの実の助けもあり、このまま続けてるなら食料問題はおのずと改善に向かうだろう。

 などと悠長に構えていたことを数日後に思い知ることになる。

 荒れ放題だった田畑がほぼすべて耕されていた。これはどうしたことだと領民どもの様子を見て回ると、どいつもこいつも生の波動を感じられた。

 ついこの前まで死んだような状態であったというのに、わずかな間でここまで変わるのか。


「邪神様。人間どもがどいつもこいつも息を吹き返したように働いてますよ。きっと邪神様の寛大なお心に平伏したのでしょう」

「先日まで魔物に怯えていた者達がずいぶんと変わるものだな。今ではオークどもと協力して、家々を建てている」

「手のかかる奴らですねー。ところで邪神様、つい先日なんですけどあっちのほうで人間どもの集団を見かけました」

「なに? 領民ではないのか?」


 ファムリアの話によればどうやらその人間どもは整った身なりをしており、貴族の可能性があるという。

 この領地にそのような裕福な人間がいるとも思えず、かといって盗賊とかいう害虫の印象とは程遠い。

 そいつらは馬車で移動しており、護衛をやっている人間が何人もいたそうだ。

 ふむ、何者であろうが我が領地に立ち入るのであれば相応の歓迎をせねばならん。


「ファムリア。案内しろ」

「はい。あちらになります」


 ファムリアの案内があるものの、人間どもは移動している。

 こいつが最後に見た場所からだいぶ離れたとなれば、周辺を探す必要があるな。

 ファムリアが上空からくまなく探すと間もなく見つかった。だが少しばかり様子がおかしいようだ。


「邪神様、あっちの森の中にいます。でもボクが見た時よりも人数が減ってるんですよね」

「それは妙だな。どれ、様子を見てやろう」


 案内された森の中に人間どもはいた。馬車が壊されており、人数が減っているどころか今は一人だ。

 見る限りでは人間の子どもで性別は女。今の私より少しばかり長く生きているようだ。

 そいつが大トカゲの魔物を相手に剣を構えている。


「ありゃ、なんかきつそうですねぇ」

「周囲に倒れているのは護衛をやっていた人間どもか? 殺されたようだな」

「あの人間の娘も健闘はしていますが、殺されるのも時間の問題です。邪神様、もし盗賊とかいう人間だったら殺す手間が省けましたよ」

「盗賊なのか?」


 人間の娘は呼吸を乱しながらも、果敢に大トカゲに向かっていく。

 しかしトカゲの厚い皮膚に刃が通らず、一進一退の攻防を繰り広げていた。

 見る限りではあの人間の娘の力はあまりに弱い。あの程度の魔物にすら歯が立たぬというのに、今までよく生きてこられたものだ。

 だからこその護衛なのだろうが、あまり役には立たなかったようだな。


「あ、一撃もらっちゃいましたねー」

「だが致命傷を避けたな。案外、やるかもしれん」


 娘は血を流しながらも、なぜか逃げようとしない。大トカゲを睨みつけて剣を構えたままだ。

 あの目、そしてこの波動。覚えがあるな。

 自分よりも強い者に挑んで決して諦めない。かつての私はこれを見て、諦めが悪い哀れな生き物と思った。

 なぜ諦めないのか? 護衛の死に怒りを感じているのかもしれん。

 少なくとも私が知る人間どもは仲間の死に怒りを覚えていた。あの娘が同じ類とすれば、私も動くというものだ。


「あの娘に興味が湧いた」

「あ! 邪神様!?」


 大トカゲの牙が娘に迫った時、私が大口の上顎を止めた。

 大トカゲは完全に停止する。口を閉じようとするが、私の力を跳ねのけることなどできぬ。


「あ……。え? だ、誰?」

「貴様の健闘に免じて、私がこいつを消してやる」


 大トカゲの口内に片手を向けて波動を放った。

 攻撃として出力された私の波動はいかなる物質の存在も許さない。死体すら残さずに大トカゲは消滅した。

 実際に殺してみれば本当に弱いな。こんなものすらどうにかできない娘に呆れつつも、私はその目を見た。

 怯えの色が見えるが、どこか挑戦的な眼差しだ。やはりかすかにあの男に似ている。


「娘、名を言え」

「キングリザードを、消した? ウソ……」

「名を言え」


 娘がたじろいだ。こいつから見れば私は子どもだが、力の差は明らかだ。

 もしグダグダとするようであれば捨て置く。が、娘は凛として私に勇ましい眼差しを向けた。


「私はエリシィ・クラフォート。両親の言いつけで一年間、各領地の視察という名目で旅をしていたの。助けてくれてありがとう……」

「クラフォートだと……?」


――男、テオール・クラフォートの名にかけて! お前を討つ!


 私の勘に間違いはなかった。こいつはあのテオールの娘か。

 年齢は私よりも少し上といったところで青色の髪といいこの目といい、何もかもが似ている。

 惜しむらくはこいつは父親よりも遥かに未熟で、力と威勢が伴っていない。

 あのまま戦い続けていたら間違いなく死んでいただろう。


「ど、どうかした……?」

「いや、お前はあのテオールの娘なのだな」

「やっぱり知ってるのね。世界を救った偉大な英雄テオール……一応、私にもその血が流れているはずなんだけど……。みすみす護衛まで死なせちゃった」

「これがあのテオールの娘か……」

「え?」


 エリシィが不思議そうに私を見る。どうしてくれようかと思ったが、これは思わぬ拾いものかもしれん。


「そうだ。貴様が弱いからそこの人間どもが死んだ。死体を目に焼き付けろ。今のお前の力が招いた結果だ」

「そ、それは、わかってるけど!」

「ならば、どうする? 嘆いてこの森で朽ちて死ぬか?」

「私は……」


 エリシィが震える拳を握る。その途端、かすかな波動を感じた。

 忘れもしないあのテオールと変わらぬものだ。肌がひりつくこの感覚、たまらぬ。

 だが今はなんとも弱々しい。吹けば消えるほどだ。


「あの! あなたの名前は?」

「私はテオ、この領地を支配している」

「ということは領主!? こんな男の子が……いや、ごめん。助けてくれたのにこんな言い方は失礼だよね」

「構わん。それより貴様、私と共に来い」

「え!?」


 エリシィが狼狽した。顔色が赤くなっているな。どうしたのだ?


「聞こえなかったのか? 貴様は見どころがある。暇があれば付き合ってやってもいい」

「わ、私が、その……。いきなりそんな大胆に……」

「訳のわからんことを言うな。まずはお前が連れていた護衛とやらの墓を作ってやる」


 私は地面に波動をぶつけて穴を空けた。護衛の死体をそこに入れて、再び埋める。

 終わった後は石を程よい形に整えて上に乗せておけば完成だ。


「お墓を作ってくれるなんて……」

「そうだ。お前達、人間は同族が死ねばこうして弔う習慣があるのだろう? 私の両親に対してもそうしていたからな」

「そ、そうよね……。まずはそうすべきだった。すごいわ、そこまで考えてくれるなんて……」

「こいつらの名を教えろ。石に刻んでおく」


 エリシィから聞いた名を石に次々と刻んで、ようやくそれらしい見た目になった。

 ふと視線を感じる。エリシィではない。

 ファムリアがエリシィに何か物申したいようだ。


「エリシィ、言っておくけどね。邪神様の一番の手下はボクだからね。そこんとこ、よーく考えてね?」

「手下? あなたは?」

「ボクは邪神様の右腕、ファムリアだよ。お前みたいなザコなんか、やろうと思えば一瞬で消せるんだからさ。調子に乗らないことだね」

「そうなの? じゃあ……私は思い切って婚約者を目指そうかな? 手下とか右腕はあなたに譲るわ。なんてね……」

「んなぁぁーーーーー!?」


 何やら騒がしいが好きにすればいい。いつまでも嘆き悲しむよりはこちらのほうがマシだが。

 ところでこの娘、邪神という呼称には何の疑問も抱かないのか?

 ファムリアが言った通り、やはり人間はバカなのかもしれん。

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