邪神、奇跡を起こす
私が人間どもの町に持ってきたものは大量の木材と食料だ。
オークどもが伐採した木材が見上げるほど積み上がり、森の木の実や野草が一面に置かれている。
すべて私がオークどもに指示して用意させたものだ。木材は住居の修理に使うが、活動するには食料が必要だ。
スケルトンのように痩せこけた肉体の人間までいる以上、まずは食らってもらう。
最低限、必要なものを用意したつもりだ。ところが人間どもはオークどもを恐れて騒いでおる。
「テオ様! なんで魔物が町の中にいるんですか!」
「安心しろ。貴様らに危害を加えることはない」
「どういうことですか!?」
「こいつらは私の支配下だ。貴様らに手を出さないと約束させている。まずは食料を食らって力をつけろ」
口で説明したが人間どもがざわついておる。
確かに脆弱な人間からすれば、己の命を軽く奪える生物がいれば心穏やかではない。
こいつらが腕を振るえば、例えばあそこにいる女の頭など軽く吹き飛ぶ。
恐怖心が拭えぬのであれば話が先に進まぬのはわかる。が、こんなことで時間を浪費するなど許さん。
「この領地を支配しているのはこの私だ! この私に守られている分際で反抗するな! 悔しければ己の力で立ち上がってみせろッ!」
そう叫ぶと全員が何かを感じたのだろう。
一人、また一人と食料に手をつける。一口、かじってからは早かった。
我を忘れたように貪り食っている。
「うまい!」
「おいしい! こんなに大きいものを齧ったのは久しぶりだ!」
「生きている! 俺、生きているよ!」
人間どもが次々と腹を満たしていく。
手間をかけさせおって。たかが生きるためにここまで道を示してやらねばならんとはな。
腹が減れば食えばいい。食って生きろ。貴様らの力を見せてみろ。
食べ終わった男が一息ついた後、直立不動のオーク達を見ている。
「……ホントに襲ってこないな」
「あぁ、テオ様はどんな手段を使ったんだ?」
「わからんが、この木材はもらっていく」
「おい、まさか……」
領民の一人である男が手頃なサイズとなっている角材を担いでいく。
「ここまでしてもらったんだ、へばってられるかよ。あの頼りなさそうなお坊ちゃんがずいぶんと威勢がよくなったもんだ」
男が言っているのは私のことだろう。
確かにこの十二年間、あまりこいつらの前で言葉を発したことがなかった。
そういった私への評価が頼りなさそうということか。これについては反省せねばならんな。
邪神としての力が戻ってなかったとはいえ、十二年は身の振り方を考える時間としては十分すぎた。
早い段階で方針を決めていれば、違った立ち回りができたかもしれん。
なるほど、人間から学ぶことはまだまだありそうだ。
「邪神様、ようやく人間どもが動き出しましたね。まったく世話がやけます」
「そうだな、ファムリア。まずは己の身の安全を確保させるとしよう。次は畑だな」
「人間どもに自分で食料を確保させるのですね。そうですよ、いつまでも邪神様におんぶに抱っこだなんてボクが許しませんっ」
「うむ、畑のことはよくわからんが何とかなるだろう」
私は畑へと出向いた。作物が萎びたような形状であり、これでは腹など満たされないだろう。
作物とは植物か? よくわからないが、そうであるならば植物を観察したほうが早い。
もちろんただの植物ではないがな。
再び森へ赴き、探索しているとそれを見つけることができた。
大樹に人面がついており、枝が腕のように伸びる植物の魔物だ。
「邪神様。こいつはトレントですよ。こんな下級の魔物に何かあるんですか? 畑のことなら人間どもに聞けばいいのでは?」
「畑が奴らの手に負えないものなのはわかるだろう。そんな人間どもと話して何がわかる?」
「た、確かにそうですねぇ」
「このトレントは植物ながら自立した活動をして生き永らえている。今の人間どもよりマシだ」
「そーなの、かなぁ?」
ファムリアは理解できていないが、私には私のやり方がある。
トレントに近づくと枝を伸ばして攻撃を仕掛けてきた。手早くそれを掴んだ後、私はそいつと意思疎通を試みる。
言葉を交わす必要はない。言葉がなければないなりにやり方がある。
生物の中には波動に精神を乗せて意思を伝える者もいるのだ。つまり相手と波長を合わせれば、意思疎通が可能となる。
人間のように複雑な精神を持つ生物が相手では難しいが、トレントのような単純な精神を持つ魔物ならば容易に干渉できるのだ。
その結果、知りたいことがよくわかった。
「ウウ、ウ……」
「私を恐れたか。貴様も見どころがあるな」
私の波動が干渉したことによってトレントが邪神というものを認識したようだ。
オークほどの知能を持たない生物でも、いわゆる身の危険というものは全生物が共通して持っている感覚なのだろう。
トレントは私にすべてを伝えた。
「必要なのは良質な土と太陽光、水か。人間どもはこれらを賄えなかったということだな」
「そうですね、邪神様。自分達で手を広げておきながら、手に負えないなんて人間はつくづく愚かですよね」
「弱いのは人間であれば仕方ない。しかしそんな人間が生む力を信じている」
「邪神様……」
必要なものはわかった。私が森を出ると、トレントがついてくる。
驚いたことに森の至るところから、多くのトレントが集まってきた。
「貴様らも私の下につくというのか」
オークのように、こいつらもまた私の下につくようだ。そうであれば都合がいい。
トレントが私に差し出してきたのは実だ。何でもこいつらは実らせたものを地面に落として土の肥やしにするらしい。
そして土から養分を吸い上げるという永久機関だ。こいつらがどんな場所でも生きられる理由がよくわかる。
ならば土の問題は解決したようなものだ。
さっそく畑に帰った後、私は天に手をかざした。
「よくやったぞ。そして私の下についたのならば褒美をやろう。たっぷりとくれてやる」
たちまち空に暗雲が立ち込める。雨雲が形成されて、辺りに雨が降り注いだ。
人間はこれを奇跡や魔術と呼ぶのかもしれないが、最高神である私ならば天候の変化など造作もない。
降り注いだ雨に気づいた人間達が寄ってきて天を仰ぐ。
「おぉ……! こんなに雨が降ったのはいつぶりだ!?」
「これなら作物が育つかもしれん!」
「干ばつした大地も息を吹き返すぞ!」
私の周囲で人間どもが大騒ぎしている。この程度で救われるならば安いものだ。
人間の一人が片手を上げたままの私を見て、大地に膝をつけた。
「まさかテオ様がこんな奇跡を?」
「水のことは心配ない。貴様らは畑を耕せ。種や肥料がなければ言え」
「は、はい! おーい! テオ様が奇跡を起こしたぞ!」
私が畑を耕せと命令しているのに集まってきた人間どもは私への感謝をして大騒ぎだ。
「テオ様!」
「あなたは奇跡の子だ!」
「なんと神々しい!」
奇跡、人間どもは己の理解を超えた現象をことごとくそう呼ぶ。
この程度で喜び、崇め称える。なんとも矮小な生き物だが、不思議と悪い気はしない。
雨が上がった後は雨雲が消えて晴天の青空となり、なんとも言い難い心地を味わった。
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