邪神、オークの集落に向かう
ファムリアによればオークが住む森は木材だけでなく、あらゆる資源が豊富とのことだ。
問題は住居だけではない以上、食料の目途も立てばいいのだが。
人間というのは食事をしなければ死に至る生き物だ。たかが生きるのになんという手間をかけているのか。
と、以前の私ならば思っただろうな。しかし食事というのは存外、悪くない。
味覚で感じることはいわゆる快楽というものに近いだろう。そのおかげで食事というものがまったく苦にならないのだ。
「ファムリア。オークというのは魔空城で飼っていたサイクロプスのようなものか?」
「とーんでもない! もっと小さくて醜くてブッサブサな生き物ですよ! 邪神様のお目汚しにならないか心配でたまりません!」
「邪神様ではない。テオ様だ」
「慣れないなぁ……」
ブツクサ言うファムリアの背中を足で押して前へ進ませる。
森の奥へ進むと茂みが動いた。出てきたのはいつか私を襲った狼の魔物だ。これはオークではなさそうだな。
「邪……テオ様! ハンターウルフです! 邪神様が手を下すまでもありません!」
「ではやってみろ」
ファムリアがハンターウルフに対して構えを取ると、弓の形をしたドス黒い発光体が手元に現れた。
それが質量をもった弓のようにしなり、矢もまた黒く光り輝いている。
「へへへっ! ダークネスアローッ!」
「ぎゃうあッ!」
矢に貫かれたハンターウルフが砂状に散っていく。
戦闘能力は大して評価していないが、こいつの死体すら残さない矢だけは大したものだ。
ファムリアの波動は【闇】、対象を闇に包んで葬り去るという性質は私の波動【破壊】と似ている。
ファムリアでれば私の見立てでは地上に蔓延る大半の魔物くらいなら片づけられるだろう。この程度の魔物ならば敵ではない。
「ザァコ! ファムリア様の力を思い知ったかー!」
「ふむ、では先を急ぐぞ」
「え? あー、はい。ちぇー……少しは褒めてくれてもいいのになぁ」
「何か言ったか?」
「なーんにも!」
無駄口を叩ている暇はない。
ファムリアが率先して前に進んで、取るに足らない魔物どもを蹴散らしていく。
そのたびに振り返って何か言いたそうな顔をしてくるのだ。
言いたいことがあるならば言えばいい。邪神であった頃も媚びへつらう者達が多い中、こいつだけは私に物申してきたことが多かった。
それをよく思わない腹心もいたが、あの頃の私ですら度胸がある者を心のどこかで認めていたのだろうな。あのテオールのように。
「邪神様、あそこがオークの集落です」
「テオ様だと何度……」
「お願いです、やっぱりボクにとって邪神様は邪神様なんです。それに人間どもなんてどうせバカだから、何とも思いませんよ」
「そういうものか? ならば、好きにしろ」
こいつは他の連中と違って芯を持っている。
ただ媚びへつらいだけではない。このように私に尽くすだけではなく、こいつなりに忠義があるのだ。
それならば無下に扱うのもバカらしい。筋を通させてやろうではないか。
さて、オークどもが突っ立っているな。
「邪神様、どうしますか? 滅ぼしますか?」
「支配下に置くと言っただろう。もっとも、知性も欠片もなければそれも叶わんがな。さぁて……」
私はオークの集落に堂々と入っていった。
私に気づいた見張りのオークが有無を言わさず武器を振り回して襲いかかってくる。
振り下ろされた棍棒を片手で押さえてから力を入れると、粉々に砕け散った。
「ぶほっ!?」
「お前達の中でもっとも強い個体に会わせろ」
「ううぅ! お前、何なんだ!」
「ほう、言葉を発するのか。ならば話は早いな」
見張りのオークに軽く打撃を浴びせて集落の中まで吹っ飛ばした。
仲間が飛んできたことに驚いたオーク達が一斉に猛る。ほう、こいつらは仲間がやられたなら怒りを覚えるのか。
先日の盗賊という生き物とは大違いだな。人間のつもりなら少しはこいつらを見習ってほしいものだ。
土煙を上げてやってくるオークどもに向けて、私は波動を放った。
「ふがぁっ!」
「うぐぇっ!」
オークどもが私に近づくことなく、のけぞるようにして倒れた。
テオール達はこの波動をものともせず向かってきたのだから、やはり奴らは格が違う。
奴らと比べるのはこいつらにとって酷だろうがな。
「お前達の中でもっとも強い個体を出せ」
私が今一度、そう告げると奥から一際巨大な個体がやってきた。兜や鎧を身に着けており、手下のオーク達が道を開けている。
そいつは私を見下ろすほどの大きさで、舐め回すように観察してきた。
確かに他のオークとは比べ物にならない波動を感じる。といっても所詮は下等な魔物の中では、だが。
少なくとも町にいた人間どもがこいつらに浴びせた波動を感じたら腰を抜かすだろう。そう考えるとこのオークは及第点だな。では今度はこちらの番だ。
私が再び波動をかすかに放つと、オークが巨体を揺らして後ずさった。
「ウ、オオォ、オ……」
「やるか?」
「ま、さか……あな、た……は……」
「む?」
オークが膝と手を地につけて、私に首を垂れた。
「邪神、バラルルフス様……」
「ほう、意外だな。こんな森に住む亜人風情が私を知るか」
「ずっと、憧れてた……! お会いできて嬉しい……!」
「この姿の私を見ても邪神と崇めるか」
こいつは思ったより見込みがある。何せ脆弱な個体ほど視覚から得た情報でしか判断できない。
こいつが波動という概念を知っているのかはわからないが、こいつなりに私のそれを感じたのだろう。
その上で私を邪神と確信した。例えばあの盗賊という生き物に同じ真似ができるか?
否、無知な個体ほど視覚から得た情報を妄信して侮る。かつての私が相手を人間というだけで侮ったようにな。
真に警戒すべきはその波動だというのに。それに比べたらこいつを下等と呼ぶのは少々不適切だったか。
「邪神バラルルフス……十二年前に英雄に倒された、あの邪神?」
「確かにそこらの人間の子どもと違う……」
「ということは復活されたのか! 邪神様! 邪神様!」
オーク達が歓喜して私に平伏した。どうやら無駄に戦わずに済みそうだな。
「邪神様。我らオーク族、あなたの再臨をお待ちしておりました。あなたが討たれてからというもの、この十二年で人間達が少しずつ息を吹き返しております」
「こんな森に潜む魔物にまで崇拝されていたとはな」
「何なりと我らに命じてください。手始めに近くにある人間達の町を滅ぼしましょう」
「そんな下らんことをする必要はない。お前達には人間達に手を貸せ」
「……へ?」
オーク達が理解できていない様子だが、断るならばそれまで。
この場で残らず存在していた痕跡すら残さずに消せばいいだけのこと。
「二度も言わせるな。私に従え」
オークどもを見れば臆している様子だ。私の波動を感じ取れるなら逆らえばどうなるか、理解しているだろう。
間もなくオークどもが一斉に肯定の返事をした。
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