32.暗雲・急
「さっきも言ったように、私はアンタに恨みはないんだが…。」
「“雇い主”からのリクエストで〝嬲り殺しにするように〟との事だから、悪いんだけどラクには死なせてやれないんで、そのつもりでいな。」
“マッチョな女性”が、そう述べつつ、沖奈朔任隊長へと歩いていく。
隙を窺っていた沖奈は、隈本一帆を檻の外へ[瞬間移動]させるべく、スキルを扱おうとしたものの、
「待ちな。」
「妙なマネするんじゃないよ。」
「アンタは〝指を鳴らして人や動物などをテレポートさせる〟っていう能力らしいからね。」
「両手を組んで、動かずにジッとしてるんだ。」
「従わなければ、お嬢ちゃんの命は保障できない。」
“ラテン系の女”に牽制されてしまったのである。
「ダメです! 沖奈隊長!!」
「私のことは気にしなくていいので、無視してください!」
こう叫んだ一帆に、沖奈が微笑みながら首を横に振った。
そして、沖奈は、お腹の前あたりで、左右の指を組んだのである。
すぐ近くまで来た“リーダー格の女性”が、
「念の為に、使いものにならないようにさせてもらっとくよ。」
沖奈の両手首を握って、
「発動。」
こう告げるなり、肉体が〝ボンッ!!〟と膨張したのである。
見た目は、まるで、ウエイトリフティングの選手かのようだ。
そのような状態になった女が、〝ぐぐぐぐぐぐぐッ〟と力を込めていく。
骨が〝ミシミシミシミシィ〟と音を立て、
「ぐ、ぁが、ぎぃ~ッ!」
沖奈の顔が苦痛に歪む。
「沖奈隊長!!!!」
一帆が心配して叫ぶなか、〝ボキィンッ!!〟と沖奈の両手首が折られてしまった。
この光景に、
「そんな……。」
一帆が絶句した。
“ラテン系の女”は、沖奈から離れるなり、元のスタイルに戻ったのである。
眉間にシワを寄せつつ、
「“ノーリアクションでスキルを操作できるタイプ”というわけですか。」
沖奈が分析したところ、
「ああ、そうさ。」
「ちなみに〝10秒間だけ筋肉を五倍に増強させる〟といった能力だよ。」
“リーダー格の女性”が肯定するのと共に明かしたのだった。
「さて…。」
「ここからは、暫く、素のままで遊ばせてもらうよ。」
「こっちは格闘技に慣れ親しんできたからねぇ。」
「覚悟しな。」
そう伝えた女が、右の拳で、沖奈にボディブローをくらわせる。
「うぐッ!」
沖奈は、たまらず、背中を丸めた。
この後頭部を、両手でロックした女性が、“右の膝蹴り”を飛ばす。
それが顔面に当たり、
「ぅッ!!」
上体を起こした沖奈へと、女がパンチやキックを連続で繰り出していく。
沖奈が、まさに“サンドバック”と化すなかで、
「すぐに、やめなさい!」
「さもないと容赦しませんよ!!」
一帆が怒りを露わにする。
「あん?!」
攻撃をストップし、沖奈の胸ぐらを左手で掴んだ女が、右斜め後ろに居る〝檻ごしの一帆〟を凝視して、
「置かれた状況を理解してないのかい?」
「指図してくるとは、いい度胸してんじゃないのさ。」
「……、だったら、もう、終わらせてあげるとしようかね。」
〝ニィ~ッ〟と口元を緩めた。
そうして、持ち上げた沖奈に、
「聞いてのとおり、これから“止め”といくけど…、言い残す事があれば、今のうちに済ませな。」
このように告げたのである。
顔の所々が腫れてしまっている沖奈は、“宙ぶらりん”のままで、一帆と目を合わせ、
「隈本、さん……、あとは、頼み、ました、よ。」
かろうじて喋ったのであった。
「それと…。」
正面を向き直した沖奈が、
「貴女、にも、一つ……。」
そう続けたことで、
「ん??」
「なんだい?」
女性が眉をひそめたのである。
これに対して、〝ふッ〟と笑みを零した沖奈が、再び一帆に視線を送りながら、
「発…動。」
と、唱えた。
刹那。
一帆が、“ラテン系の女”の右横に[テレポーテーション]したのである。
「え!?」
一帆と、
「なッ?!」
“リーダー格の女性”は、驚きを隠せず、フリーズした。
しかし、先に理解できたらしい一帆が、自身の両拳を〝ゴツン!〟とぶつけて、
「発動!!」
即座にスキルを用いる。
「!」
慌てた“ラテン系の女”は、沖奈を放しつつ、「発」と能力を使おうとするも、それより早く、一帆のストレートパンチが、右脇腹に〝ズドォオンッ!!!!〟と炸裂して、おもいっきり吹き飛ばされてしまったのだった。
“うつ伏せ”から“四つん這い”に体勢を変えながら、
「がはッ!!」
血を吐いた女性に、
「こんなものでは許しませんよ。」
こう述べた一帆が、猛スピードで距離を詰めるなり、右足による“踵落とし”をヒットさせる。
「ぐあッ!」
[コンクリートの床]に、へばり付くかのようになった女は、気絶しかけたのであった。
おそらくは、骨に罅が入ったか、折れてしまったのだろう。
そのような事態に、[俟團組]は唖然としている。
だが、チンピラ達の一人が〝ハッ〟と我に返り、
「ク、クマモトを、撃て!!」
周りを促したのだった。
〝これで決める〟とばかりに、“リーダー格の女性”へと右拳を振り下ろそうとしていた一帆は、男の声が耳に入り、そちらへとダッシュしたのである。
目で追えないほどの速度に、チンピラどもは為す術なく、一帆の[手刀・突き・肘打ち・回し蹴り]などによって、一撃のもと倒れていったのであった……。
辺りに転がっている男たちが、
「うッ、ぐ、ううぅッ。」
苦しんでいるなかで、一帆のスキルが[タイムリミット]を迎える。
〝ふぅ――――ッ〟と呼吸した一帆は、
「沖奈隊長!」
振り返るなり、走りだした。
沖奈の左隣で“ぺたん座り”して、
「大丈夫ですか!?」
一帆が狼狽える。
「ええ、まぁ、どうにか。」
こう答えた沖奈が、上半身を起こそうとしながら、
「すみません、体を支えていただけると、有り難いです。」
一帆に頼んだ。
「あ、はい!!」
急ぎ、沖奈の両肩に手を添えた一帆は、“想い人”に触れていることを意識してしまい〝ドキドキ〟しだした。
それを知る由もない沖奈は、“ラテン系の女”や“俟團組”に、
「発動。」
「発動。」
「発動。」
「発動。」
といった具合に〝口頭のみ〟で能力を扱っていく。
これによって敵どもが“鉄檻の内側”へと[テレポート]させられていくなか、物陰で一部始終を見ていたネズミが、屋外へと駆けて行ったのだった―。




