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最低男に恋をした

「ねぇタキちゃん、本当に行っちゃうの?」

「おー、サラサがどうしてもって言うからな」

白い歯を見せて、けたけたと笑うタキを見上げて、ナナギは確信する。

タキが歯を見せるときは、大概嘘を言っているのだ。

「……嘘ばっかり…」

「え? …まぁナナギ達には悪いがな。こんな不安な時に行くなんて、薄情だろ」

「そうだね。でも、別にタキちゃん関係ないし…」

そう言って、ナナギは目を伏せる。

この頃は少し俯いただけで、涙がすぐ落ちてしまう。悪い癖だ。

あたしは泣いていい人じゃないのに…。

「あー、なんだ。そんな悲しい事言うなよ。アオイと二人で、頑張れよな」

くしゃくしゃと髪を撫でるタキの大きな手をつかみ、ナナギは俯いたまま何度も頷く。

後ろの方で、急げとばかりにドスンと荷物を置く音がした。

サラサは美人だが、気が短い。

「ナナギ、お前は何にも悪くないんだ。誰に何言われても、勘違いすんなよ」

「でも……!」

「親戚の婆さんとオレ、どっちを信じる?」

意地悪く、タキは口の端を上げる。

優しいオレンジの髪が、風に揺れた。

「………タキちゃん」

「だろ? なら、ナナギは前向いて歩けよ。……大丈夫。人の噂は三歩歩けば忘れるから!」

「それ、鶏」

ぼそりと、落ち着いたアルトの声がした。

びくんと、一瞬ナナギの肩が震える。

でも、それは本当に一瞬で、次の瞬間には笑顔に変わる。

「姉ちゃん!」

「アオイ…!」

水色の髪を後ろに縛り、少し鬱な表情で現われたアオイは、交互に二人の顔を見ると、薄く微笑んだ。

「タキ。ナナギに余計なこと言わないで」

「は? 余計なこと?」

「そうよ。父さん達が死んだのは、ナナギのせ…」

「アオイッ!」

アオイが言い終わらないうちに、タキが叫んだ。

紅い瞳が苛立ちに染まる。

「ナナギの前で、お前何言うつもりだよ?」

「真実よ? タキ、貴方みたいに考える人なんて、この世ではほんの一握り。分かる? 例えどんなに正しくて美しい理屈でもね、認められなきゃ幻想に過ぎないのよ」

「アオイ! なんでお前がそれを言う? お前はナナギを庇う人間だろ!?」

「庇う人間? …笑わせないで! 何故私がこの子を守らなきゃいけないの!? 私は被害者、この子は加害者なのよ!」

「ざけんなっ!」

咄嗟にタキの手がナナギの頭を離れた。

反射的にアオイは目を瞑り、頬に力を入れる。

全てがスローモーションになる。

「やめてぇっ!!!」

パァンッ。

乾いた音が響いた。

「……ナナ……!」

じんじんと頬が痛む。

突き刺さるようなその痛みに、顔を歪めることなくナナギはにっこりと笑った。

つぅ、と表情に反比例して大きな瞳から涙が一筋伝う。

「駄目だよ、タキちゃん。駄目だよ…」

そっと目を開けたアオイは、顔をしかめた。

妹の、赤く腫れた頬を見て。

その表情は、とても彼女を憎んでいるようには見えなかった。

しばし呆然としていたアオイだったが、はっと我に返ったのか、きつくタキに視線を向けた。

「そうそう。旅に出るんですってね。どうか良い旅を」

形ばかりそう告げ、向こうの方でイライラと立っているサラサを見つけると少し眉をひそめた。

踵を返し、タキに背を向ける。

「………………いってらっしゃい………」

それは、聞き取れるかどうかも怪しいほど小さく消え入りそうな声だった。

それでも、タキは驚いたように目を丸くし、ナナギは嬉しそうに顔を綻ばせる。

小さくなっていくアオイの背中を見送りながら、ナナギは赤くなった頬を押さえた。

「悪かったな、ナナギ」

「うん? 気にしてないよー。あたしが勝手に飛び出したんだし。それに…タキちゃん、もし姉ちゃんを叩いてたらすっごく後悔するでしょ?」

ふるふると首を振り、またナナギは可愛らしく笑む。

「タキちゃん、嘘はつかないで?」

「ナナギ…」

「タキちゃんが旅に出る理由、姉ちゃんの悲しむところを見たくないから、でしょ?」

「……」

黙り込むタキに、ナナギは続ける。

「ごめんね、タキちゃん。姉ちゃんがあんなになっちゃったのは、あたしのせいだよね。姉ちゃん、変えちゃったのは、あたし」

そう言って、ナナギはまた赤い頬に触れた。

まだ、ずきんと痛む頬に苦笑を浮かべてナナギはタキに手を伸ばす。

「あたしを叩いたのは、本当に気にしないでね。これは、あたしのタキちゃんと姉ちゃんにしたことに対する罰だから。これでも、軽すぎるくらいだけどね」

うふふ、と声を上げるナナギを見て、タキは悲しそうにする。

幼なじみに、嘘は意味をなさない。

それでも、嘘を重ねるしかないのだ。

ほんの少しでも、この幼い少女の苦しみを薄めるために。

たとえ、自分の愛しき者に憎まれようと。

「ばぁか…。ナナギ、女に手を挙げる男は最低なんだぞ。よく覚えとけ」

「ふーん、なら姉ちゃんは最低男に恋をしたのね」

したり顔で言ったナナギの頭を、タキはこづく。

「何言ってんだか。でも、そうだな……もしそれが本当のことなら、アオイに言っておいてくれや。最低男のことなんか、さっさと忘れちまいな、ってさ」

そうして、タキは旅に出たのだ。

歯を見せて笑ってから。


こんにちはー。

椎名です。

今回は、ちょぴっと過去話です。

ほんのり暗め・・・ですかね?

タキちゃん、けっこう私は好きですね~。

では。

       瑞夏

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