世の中は不思議
「と、と、と、と…!」
「は? 何だよ」
目を見開き、とととと言い出したナナギに、チサヤは訝しげな視線を向けた。
今日は晴天旅日和。
きらきらと輝く太陽は、金の髪を持つチサヤによく似合う。
ちなみに彼の服装はというと。
動きやすそうな黒のタートルネックシャツに、深緑のダウンジャケット。
小綺麗な細身のジーンズは、元から細いチサヤをより一層しなやかに見せる。
およそ冒険者には似付かわしくない服装なのは、急きょ出発が決まったため、用意が出来なかったせいだ。
しかし、なまじ整った顔立ちだけに、一見すればどこかのモデルか何かのようだ。
背は低いが。
「と、と、と、と…」
対して、まだとととと言っているナナギのファッションはというと。
ふわふわとした生地の白いニットワンピースに、インナーは薄い水色のフリース素材のシャツ。
細い首には、柔らかそうなファーのマフラー。
茜の髪を彩るのは、マフラーと対になっている、丸っこい帽子だ。
こちらも、残念ながらどこをどう見ても勇者には見えません。
せいぜい、いいとこのお嬢様ですね。
「どうした? ナナギ」
「何か、忘れ物でもしたの?」
クシナとレイが同時に声を掛けた。
ちなみにクシナは鉄の簡易なアーマーに身を包んでいて、長身で筋肉も程よく付いた体系のせいか、これぞ勇者!
という感じになっている。そしてレイはというと、彼の瞳と似た深い藍の長いローブを纏い、優雅に笑む姿は勇者と言うよりも、宮廷魔術師のようだ。
そんなモデルみたいな(チビだけど)と、いいとこのお嬢様と(中身結構庶民だが)、宮廷魔術師+勇者。などという、何ともちぐはぐなパーティメンバーが、この世界を救う代表者、勇者だったりするから、世の中は不思議。
頼りないにも程がある。
「と、徒歩で行くのぉーっ!?」
………特にこいつ。
頭を抱えて叫ぶ、こいつ。しかも、徒歩が嫌だなんて言っちゃってます。
「仕方ないよ。馬車に乗って優雅に旅する勇者なんていないよね?」
にこやかに、レイがナナギを宥める。
そんな表情も清廉な聖女のように見える。
「まあ、適度に休憩を挟むから、疲れたら遠慮なく言ってくれ」
いつのまにか、パーティのリーダーと化してしまった、頼れる少年クシナはナナギの頭をぽんと叩く。
茜色の髪からは、微かに甘いバニラの香りがするが、そういうことには疎いのか、クシナは何の反応も示さなかった。
「っていうか、皆凄い格好だな」
「そんなすぐに準備出来るかよ。俺の家は、お前の家と違って普通の家系ですからねー」
呆れたようにぼやいたクシナに、チサヤが道端の石ころを蹴りながら返した。
その会話に、ナナギとレイも口を挟む。
「クシナの家は、何か特殊なの?」
「チサヤとクシナは幼なじみだったっけ?」
レイの質問は、軽く意図がずれている気もしないでもないが、クシナは丁寧に答える。
「ああ。俺の家は、代々冒険者の家系でね。俺もいつかは旅に出る予定だったんだ。…まさか、こんなに重大だとは思ってなかったけどな」
「んで、俺とクシナは確かに幼なじみだな。俺の親父とクシナのお袋が、仲良くてな。なんてーの、性別を超えた友人ってやつだよ。ま、一回親父振られてんだけどな」
「家は、国境ざかいに丁度隣り合わせなんだ。だから、国籍は別だけどお隣さん、ってわけだ」
リレーよろしく、そう続きると、チサヤとクシナは顔を合わせた。
「幼なじみ、かぁー…」
ぽつりとナナギが溢した。
「お前にも、いんの?」
「うん。いる…」
少し考え込んだ後、にこりと笑う。
「いたよ」
「なんで過去形?」
「うーん。いなくなっちゃったんだよねー」
カチコーン。
ナナギの一言に、空気が凍る。
三人の脳内には、死のワンフレーズが駆け巡り、地雷の警報が鳴った。
「え、えっと…」
「お、おう」
「そうなんだ…」
各々が気まずい相づちを打つが、当の本人は全く沈んだ様子もなく、あっけらかんと首を捻った。
「んー。二年前くらいにね、急に旅に出ちゃったんだよね。第四彼女のサラサさんと…だったかな?」
「た、旅?」
「そう」
脱力する三人。
「ていうか、第四彼女ってなに?」
軽くスルーされかけていた疑問フレーズをレイが恐る恐る口にした。
「ああ、タキちゃんかなり遊び人なんだよね。第一彼女のローゼンさんが本命って言ってたけど………でも、多分…」
「……」
ちょっとしたハーレムだ。
アラブの国王みたいな、黒光りしたおっさんが四方に美女をはべらせる、という下らない空想をしてみて、チサヤはげんなりした。
「タキちゃん、かっこいいからねー」
ふと、ナナギはタキが旅に出た日を思い出す。
あの日も、こんな晴天だったっけ…?