乙女的な何か
「すっごーい!」
「賞賛はいーからちょっと持て。落とす」
ぱちぱちと拍手を送るナナギの手にクリスは三個ほどりんごを握らせる。
それでも小さなクリスの手にはまだ多いくらいで、見かねたチサヤが半分受け持った。
「サンキュー」
「ちっちゃいと苦労するな」
「一言余計なんだよ馬鹿。大体お前も大概チビだろーが」
「それでもお前よりはでけぇっつの」
「オレは本当はデカいからいーんだよ」
そんな軽口を遮るように、坂の上から足音が響いてきた。
「す、すみませーん!」
どたどたと騒がしい音を立てながら聞こえてきた快活な声に、クリスもチサヤも口を止める。
駆けて来たのは、一人の少年だった。
見たところ年の頃はナナギ達よりも、クリスに近いかもしれない。
変声期を迎えていないだろう少し高い声はまだ幼い。
飴色の髪と上手くマッチした緑の瞳はわりかしつり気味で、やんちゃな小動物のような印象を与える。
「おー。お前か、りんご落としたの。ほらよ」
「あろがとうございま…す」
余程急いできたのだろう、微かに息が乱れている。
クリスからりんごを受け取りながら、少年は頭を下げた。
「あの…さっきのすげー! …ですね」
敬語は使い慣れていないらしい。
たどたどしいその言葉遣いにクリスは苦笑した。
「そりゃどーも。別に敬語とかいーから」
わしゃわしゃと犬にするように頭を撫でるクリスに、少年は不思議そうな顔をする。
それはそうだろう。
見た目にはクリスの方が少し年下に見えるくらいなのだ。
それなのに大人びた言葉で、しかも頭を撫でられれば誰だって何だか妙な気分になる。
「まだこっちにもあるんだけど、持てる?」
「あ、うん。大丈夫、袋あるから…って底破けたんだった!」
「阿呆だ」
あああ、と頭を抱えた少年にクリスが喉の奥を鳴らすように笑った。
「こら。失礼でしょ」
くつくつと声を出すクリスを軽く小突いて、ナナギは顔をしかめる。
「村の子だろう? 俺達も今から行くつもりだったんだ。りんごは持つよ」
「紳士だな、クシナ」
ナナギから少年に渡されかけたそれを、クシナが代わりに受け取る。
茶化すチサヤは無視した。
「なんだ、お客さんだったのか。でもまた何しに? 何にもねぇよ?」
「あー、説明がむずかしーな」
「そんな複雑な理由で…!?」
「どこが難しいんだ。説明するのが面倒くさいだけだろ」
「ばれた?」
ぺろっと舌を出して肩を竦めてみせるクリスは文句なしに可愛い。
そんな可愛いクリスのせいで、嫌な目に遭った事のあるクシナはげんなりとするが。
何の返事も出来ず、クシナは結局少年に向き直る。
「俺達は一応勇者なんだ。聞いたことないか? 各国から一人ずつ勇者を選んだんだけど…」
自分で勇者と名乗るのが少し恥ずかしかったのか、クシナははにかんだ。
「勇…者」
「あ、いやでも本当にそんな大した勇者じゃないんだ! へろへろだし無茶苦茶だし、初恋が魔物のやつだっているんだぞ!」
「クシナ余計なこと言うな!」
チサヤが怒鳴る。
しかし全くもって正論だ。
最後の一言は蛇足以外の何物でもない。
「すげーっ! 聞いたことある! 魔物退治するんだよな!」
目を輝かせて興奮する少年に、クリスがまた笑う。
心底可笑しそうに、目尻を下げて。
「おっまえおもしれーなー」
クリスをじっと見て、少年が微かに頬を染めた。
途端、それを目撃したナナギの乙女的な何かが反応する。
顔を赤くした少年と笑い転げているクリスを交互に見ると、ナナギはにまぁと頬を緩めた。
「なるほどね~」
誰にも聞こえないような声で呟くと、ナナギは一人楽しそうに目を細めたのだった。