命短し恋せよ少年
「色々あったけど、とりあえず良かったね」
ナナギがまた少し小さくなった城を振り返りながら、呟いた。
歩き始めてそんなには経っていないが、聳え立っていたはずの城はもう普通の民家と同じ位のサイズに見える。
ナナギを挟むようにして両隣を歩く、クリスとチサヤが揃って肩をすくめた。
「ま、切ないっちゃ切ないけどな」
「そりゃ仕方ねーだろ。過去が薄暗いんだから」
「でも、二人とも笑ってたから」
確かに。
寄り添った二人は幸せそうに微笑んでいた。
それでも素っ気無い二人の言葉に不安になったのか、ナナギは微かに眉を下げた。
「大団円とまではいかなくてもさ、バッドエンドでは…ないよね?」
「そーだなー」
「誰かさんのドジのおかげで、あいつらも救われたんじゃねぇの?」
「たまにはドジも役に立つもんだ」
「そうそう、たまにはな」
自信なさげなナナギの肩をクリスとチサヤは叩き、にんまりと笑った。
女の子の慰め方としては、いささか手荒な気もするが、ナナギには効果覿面だったようだ。
「ドジドジ言わないでよ!」
反撃しながらも、その表情は明るい。
「つーかさー、いつまでお前そのヅラ被ってんの?」
べしべしと頭を叩くナナギの腕を掴んで止めると、クリスは指差す。
先にあるのは、トレードマークである赤毛ではなく、代わりにチサヤと揃いの金髪。
ソフィアに貰ったウィッグがきらきらと輝いていた。
そんな華やかな髪に不釣合いに、ナナギは顔をしかめる。
「ヅラって…。ウィッグって言ってよ」
「呼び名なんざどーでもいいだろ」
「ってかさぁ、あの王女もなんでわざわざ金髪の持ってんだろうな?」
「…」
チサヤのもっともな疑問にナナギは黙り込んだ。
言うとおり、確かにソフィアは見惚れるほどに美しい金の髪をしていたはずだ。
謎だ。
しばし視線を彷徨わせ、たっぷり思案した後、ナナギは言い放つ。
「知らないわよ!!!」
効果音が流れていたなら、ドーン!
とでも付きそうな勢いだ。
気迫はいいのだが、なんとも言えぬがっかり感が漂う。
だが白けた目をする二人に、少し恥ずかしくなったのか、ナナギは決まり悪そうに付け加えた。
「そんなことはソフィアさんに聞いてよね」
「阿呆か。なんでわざわざ折角抜けてきたとこに戻んなきゃなんねーんだよ」
「もう、ならいいじゃん。それよりさ、どう? 似合う?」
くるりと、その場でターン。
滑らかな金髪がふわりとなびく。
珍しく乙女な行動に、チサヤとクリスは二人して言葉を失った。
違いは、心境であろうか。
「おーおー。別人みたいだな。どこぞの令嬢に見えないこともねーぞ」
にやにやと歩み寄り、金髪を掻き回すクリスの隣で、チサヤは微妙な表情を浮かべている。
何と言っていいか分からない、そんな顔だ。
「髪が絡むってば!」
クリスの手から逃れようとナナギは身を捩り、それから少し前方を歩くクシナ達の方に走っていく。
揺れる金髪が遠ざかると、クリスはまたも意地悪く笑った。
いまだ呆然としているチサヤの肩を叩き、耳元で囁く。
「せいぜい足掻け、青少年」
「はぁ? なんだよ、それ」
「命短し恋せよ少年、ってな」
親戚の親父のようなことを言って、クリスは後を追うように駆け出した。
「ちょっ、クリス! 待て! 今のどういう意味だよ!」