君がいない世界
一通り泣き続け、そろそろ涙も出尽くしただろうという時だった。
『ソフィア』
聞き覚えのある声が辺りに響いた。
ぴたり、とソフィアが動きを止める。
「…レイク?」
ソフィアがそう問い掛けると、部屋のある一点がぐにゃりと歪んだ。
ちょうど熱せられた硝子が溶けて形を変えるように、景色もそこだけ伸びたり縮んだりする。
やがて空間がゆらゆらと頼りなく揺れ、下の方から徐々に別の色彩を映し始めた。
「わ…」
ナナギ達は息を呑み、突然視界に現れた人物を凝視した。
優しげな顔つきに穏やかな笑みを浮かべた青年。
話の流れから言っても、彼がレイクなのだろう。
「初めまして。レイクです」
「え…あ、こちらこそ」
曖昧に笑ってナナギは会釈をする。
それに右手を上げることで返すと、レイクはソフィアに向き直った。
「…なによ」
赤く泣き腫らした瞳が彼を捉える。
その言葉に答えることなくレイクは無言でソフィアに歩み寄ると、そのままぎゅっと抱き寄せた。
「な…っ」
驚いてソフィアは腕を突っ張ろうとするが、レイクは構わず抱きしめる。
「ヒュー」
「黙りなさい!」
面白そうに茶々を入れたクリスを一喝し、ソフィアは今度は間近でレイクを睨んだ。
「あのねぇ、レイク…」
「うるさいだまればか」
「は? ちょっといきなり何なのよ」
「ばかばかばか。ソフィアのばーか」
更にきつくレイクが回した腕を強めた所為で、ソフィアからは彼の顔が見えなくなる。
「本当…馬鹿だよ」
呟いた声が微かに震えていた。
困惑したように眉をひそめるソフィアの旋毛を見下ろしながら、レイクは続ける。
「誰が誰を恨んでるって? 僕が? まさか。疑われるなんて心外だよ。あーあ、僕の気持ちは伝わってなかったか」
「だって、私の所為で。あの日私があなたを呼んだりしなければ」
「君の所為なわけないだろ。第一、もしあの日僕が城に行ってなかったとしても、僕は死んでたよ。毒でも飲んでさ」
「何でよ。あなたが死ぬ理由なんて…」
「逆に生きてる理由なんてある? 君がいない世界に生き続ける意味なんかないよ」
一筋、止まったはずの涙がソフィアの頬に伝った。
嬉しくて、切なくて、色んな思いの篭った涙がはらはらと落ちる。
言葉にならない思いが喉の辺りを締め付け、ひゅうと音が鳴った。
「レイク…っ」
抱き付くと言うよりは、しがみ付くと言った方が正しいような勢いで、ソフィアはレイクの背に腕を回し返した。
レイクも答えるように、一層力を込めてソフィアを抱き締める。
もう鳴らないお互いの心臓の音すら聞こえてきそうなほど強く抱き締め合い、二人はただ時の止まった空間に佇んでいた。
次話はかなり蛇足です。
あんま話に関係ないと思います。
でもちょっとラブコメ仕様になってます…多分。