等身大の王女様
「…っ、どいて!」
泣きそうな表情から一転、ソフィアは柳眉を上げるとクシナを押しのけた。
肩を押され、さしてダメージはないものの、突然のことにクシナはよろけるようにして道を譲る。
レイの傍、つまりネックレスの落ちていた場所にしゃがみこんで、ソフィアは床に手を付いた。
ドレスの裾が汚れるのも気にならないようで、ただ埃に塗れた床を睨みつけるようにしている。
「お探しのものは、これでしょうか?」
静まり返った廊下に、シャオロンの声は静かに、しかしはっきりと響いた。
「…」
まるで聞こえていないかのように反応を見せないソフィアに、苛立ちを見せることもなくシャオロンは続ける。
「随分古い写真ですね。貴女と隣にいるのはもしかして…」
「見せて!」
「早っ」
光の速さで飛んできたソフィアに、思わずシャオロンがつっこむ。
「あ、なに、どうしたの?」
ナナギが声をあげて、シャオロン達の所に駆け寄った。
宣言通り手を繋いだままだったクリスも、引きずられる様にして近付く。
「ソフィアさ…え?」
名を呼びかけて、ナナギはぽかんと口を開いた。
振り向いたソフィアの青の双眸からは、透明な雫が流れていた。
後ろでは、シャオロンが戸惑ったように困惑の色を浮かべている。
ほっそりとした手には、大事そうに古びた金の小さなロケットが納まっていた。
元はあのネックレスに付いていたのだろう。
上部の錆びた輪には、鎖が一端日引っかかっている。
中には、幸せそうに肩を寄せ合い、微笑んだ二人の男女。
一人は今と全く変わらないままのソフィア。
もう一人はきっと…。
「レイク…」
ぽつりとソフィアは零す。
ロケットを両手で強く握り締めて、ソフィアは俯いた。
細い肩が、微かに震える。
「…ごめんなさい。あなたは何も悪くないのに…私といたせいで…私が王女だったせいで…」
ソフィアは嗚咽を堪えようと、切れる程にきつく唇を噛む。
嗚咽の代わりに、とうとう唇から血が流れた。
思わずナナギはクリスの手を振り払うと、ソフィアに走り寄り、その唇を撫でた。
ねっとりと、口紅か血か分からない赤いものが指を染めたが、気にも留めずにナナギは何度も撫でる。
「泣いても…いいんですよ…?」
そう言ったナナギの瞳からは、すでに涙が落ちている。
「…泣く? 私が? レイクを自分勝手に道連れにしたこの私が?」
「はい。ソフィアさんがです。誰も咎めたりはしませんから」
「まさか。許されないわ、そんなこと」
自嘲気味に頬を緩めたソフィアの握られた手を、ナナギは両手で包んだ。
「じゃあ命令です。ソフィアさん、泣きなさい」
「馬鹿馬鹿しい、あなたが私に命令なんて……っ」
ぶわりと、瞳に涙が盛り上がった。
重力に逆らいきれずに、一際大きな雫が零れる。
つられて、既に緩んでいたはずのナナギの涙腺も崩壊したようだ。
「レイク、ごめんねぇ…っ! 痛かったでしょう? 私を恨んだでしょう? 私のこと、嫌いになったでしょう!?」
「きっ、聞いただけでも悲しいよぅ…っ。畜生、犯人の馬鹿野郎~っ!!!」
「そうよ、そうよ! 一体私が何したって言うのよ!? ああもう、もっと生きたかったのに! レイクと一緒にいたかったのに! レイクのこと、愛してるのに!!!」
声を揃えて子供のように泣きじゃくる二人に、周りは何も言えない。
この叫びは騒がしくとも、聞いていてあまりに心に痛かった。
等身大の王女様の願いは当たり前のことだった。
家族恋人、大好きな人も自分も理不尽な理由で殺され、悔しくないわけがない。
無念がないわけがない。
ソフィアの痛みが胸に流れ込んでくるようで、皆は目を閉じた。
先ほどまではあんなに反発していたリィーリアも、年甲斐もなく顔を真っ赤にしている。
ただ声の限りに泣き叫び続ける二人を、止める者はいなかった。
どうも。
最近更新再開しました。
もうすぐ幽霊城編も完結です!
次を何編にするかは、ぼんやりとしか考えてませんが、とりあえず一段落したら人物紹介したいです!