貴女を憎んでなんていない
妹とは異なる、父譲りの淡い水色の髪を背中に流し、浅く椅子に腰掛ける女性。
その顔は、白いというよりも、青白いという方が正しく、顔立ちも整ってはいるのに、やつれた頬と目の下の隈のせいで、気難しい印象を持っていた。
腕も脚も胸も、女性らしい肉付きがなく、冬の枝木のようだ。
そんな女性は机を見つめたまま、虚ろな表情をしている。
「姉ちゃん?」
控えめな声と共に戸の軋む音がした。
女性の表情が、一瞬光を帯びる。
「ああ。もう帰ってきたの。で、どうだった?」
抑揚のない声に、戸の少女が躊躇いがちに眉を寄せた。
「ん。普通だよ。あの、それでさあたし、準備したら、もうすぐ出発するから」
「……え?」
「今日出発なの。装備とかは、向こうでちょっとずつ買うから…」
少女は薄く笑うと、こう付け加えた。
お金も心配ないから。
「ナナ………ギ」
名を呼んだときには、もう妹はそこにはいなかった。
そっと、女アオイは唇を噛む。
また、言えなかった。
違うの。
そうじゃない。
お金なんか、どうでもいいの。
じわりと、紺碧の瞳が揺れる。
なんで言えないのだろう。
伝えたいことは、たった一つ。
たった一言なのに…。
「もう、貴女を憎んでなんていないのよ。ナナギ…」
消え入りそうなその声が、妹に届くことは、なかった。
「うー。やっぱ姉ちゃんと話すのは緊張するなー」
言ってみてから、会話にもなってないか。
と、服をたたむ手を止めて、苦笑する。
あれじゃ、挨拶程度だな。
「また、こっちを見てもくれなかったな…。ま、そりゃ当たり前だよね…。全部、あたしのせいなんだもん。あたしが、全てを壊したんだよね………」
わざと明るくナナギは、早口でまくし立てると、不意に俯いた。
「ごめん………」
ぽたりと、たたんだばかりの服に小さな染みが浮かんだ。
数秒おきにだが、雫は確実に服を濡らしていく。
ぽたぽたと零れる、その塩辛い液体に、ナナギは泣き笑ってみせた。
「えへへ。旅に出るんだから、姉ちゃんともお別れだね」
涙を拭いて、目を細めるナナギの笑みはどこか儚げだ。
涙に濡れた服を、くしゃりと握り締めるとナナギは立ち上がり、白い机に歩み寄った。
「これも、持って行かなきゃねー」
金の取っ手を引き、引き出しを開ける。
ごちゃごちゃと、要るもの要らないものが、ごちゃ混ぜ状態なった引き出しを覗き込み、ナナギは中を探る。
こつり、と手に当たった硬い感触に、安心したようにナナギは息をついた。
「あったあった」
そう言いながら、目当ての物を引っ張りだす。
それは、小さな色とりどりの宝石がちりばめられた、銀の華奢な髪飾りと、それに似合った銀のシンプルな、指輪と腕輪が鎖で繋がれたアクセサリーだった。
両親からの、最後のプレゼントだった。
「じゃ、行ってきまーす」
結局、出発のその瞬間もアオイは現われず、ナナギの声は寂しく玄関に響き渡った。
さよなら。
また会う日まで。
こんにちは。
椎名です。
予告どおり・・・?
ちょっぴりナナギの過去話です。
姉ちゃんのアオイちゃんとは、なにか蟠りがあるようですね。
次話は、明日更新の予定。
なんだかんだで、出発しま~す。
では。
瑞夏