誤魔化したって
「ソフィアさん…」
クシナが乾いた声を出した。
じっとりと手のひらには汗をかいている。
シャオロンが逃げ道はないかと辺りを見回すが、あいにくとそんなに親切ではない。
まさに絶体絶命か。
おそらくほとんど砂と化したペンダントを見れば、彼女は迷わず剣を振るうだろう。
同情の余地もないソフィアの潔さは、こんな場面でもなければ好ましいくらいだ。
そう、あくまでもこんな場面でもなければ、だが。
「さぁ、見つかったかしら?」
可憐にソフィアは微笑んだ。
さすが生粋の王女というべきか。
清廉な中にも気高さの見え隠れする、まさに王族の笑みだった。
だが、今のナナギたちに見とれている余裕はない。
「見せてちょうだい。早く」
「その高飛車な言い方が気に入らないのよ」
ふん、とリィーリアが鼻を鳴らした。
この状況下でも不遜さをなくさないリィーリアの気性も、やはり魔界の上層部という立場所以か。
もしかすると、危機には慣れているのかもしれない。
「あなた、自分の立場分かってる? 私の機嫌ひとつであなた達なんかいちころなんだからね」
ソフィアも負けずに眉をひそめる。
どうにもこの二人は折り合いが合わないらしい。
しかし、この状況で分が悪いのは明らかにリィーリアの方だ。
ソフィアの言葉に、リィーリアは紅色の唇を噛んだ。
「リィーリア様、むやみやたらと相手を挑発しないでください」
「だって…」
「同じことを何度繰り返させるつもりです? 出来れば一度で理解していただきたいのですが」
にっこりと、シャオロンが絶対零度の笑みを浮かべる。
その笑みには何か有無を言わせないものが感じられ、あっさりとリィーリアは引き下がった。
「私、そんなに気が長い方じゃないの。見つかったの、見つかってないの? 早く言って」
つんと、顎を上げると、ソフィアは白い手をナナギたちに伸ばした。
「どうしよう…」
「どうしよーもねーよ」
ソフィアとは対照的に、弱々しく伸ばされた手をクリスはとった。
小さいけれど、少し骨張った手にナナギは少しだけ目を見開く。
「クリス?」
「誤魔化したってどーにもなんねーんだよ。さっさと終わらせてやろーぜ」
「え。でも…」
「大丈夫。皆一緒だ。この手だって、離さねーよ」
クリスは不安そうに瞳を揺らすナナギに口角を上げてみせると、粉々になったネックレスを掻き集めていたレイを見た。
やっぱり動じずに、レイもまた微笑みを返す。
「そうだね」
立ち上がって、両の手のひらをソフィアの方に差し出した。
くすんだ銀の欠片が覗く。
「…」
片眉だけを器用に上げて、ソフィアは訝しげな顔をした。
「すみません。見つけはしたのですが、持ち上げた際に壊れてしまいました」
「あ、あたしが悪いんです! だから…!」
「お前は黙ってろ」
一歩前に踏み出そうとしたナナギを、繋いだ手を引くことでクリスが引き止める。
「余計なこと言ってんじゃねぇよ」
チサヤもナナギを背に庇うようにして、代わりに前に出た。
「…はあ」
ナナギが微妙な顔をしてチサヤの背中をまじまじと見る。
二、三度首を捻ってから、ナナギはぼそりと尋ねた。
「あのさぁ、何で二人してそんなに過保護なの? そこまで庇ってもらわなくても」
「…」
「…」
ナナギの質問に、クリスとチサヤは揃って固まった。
おまけに、近くにいたクシナもとばっちりで苦い表情になる。
こいつ、分かってねー…という空気が三人の中に漂った。
「…てめぇがふらふら変なこと口走るからだよ、ばーか!」
「馬鹿!? 失礼ね! あたしが悪いんだから、当たり前のこと言っただけでしょー!」
「だからお前は悪くねぇっつってんだろ! 話はちゃんと聞け!」
「聞いてるもん!」
「…これだけ?」
頬を膨らませてチサヤと争うナナギに被せて、ソフィアの声が響いた。
ぴたりと、皆の動きが止まる。
焦ったようにソフィアの方を向き、そして目を丸くした。
細い腕を組み、微かに脚を開いたソフィアは、今にも泣き出しそうな顔をしていた。