可愛いは正義
そんな気はなんとなくしてた。
誰からともなく、ため息が漏れる。
真っ青になったナナギの手から、鎖の欠片がさらさらと零れ落ちた。
「…どうしよう」
「まっさか、ここまでボロだったとはなー」
重苦しい雰囲気にはうささか不釣合いな、能天気な声でクリスが笑った。
けらけらと、微かに乾いた笑い声が壁に反響する。
「あたしの…せいだよね…?」
半泣きで尋ねたナナギに、ちょうど目が合ったシャオロンが首を横に振ってみせた。
「いいえ。誰が持っても壊れたでしょうから」
無表情のままだが、その響きは柔らかい。
「そうだ。ナナギのせいじゃない。そんなに泣きそうな顔をするな」
「ていうか、いつまで地面に座り込んでるつもりだよ。さっさと立て。服が汚れんぞ」
「あらあら、何故頬に土がついているの? どうやったらそんな所のに付くのかしら」
「鎖で怪我したりしてない? 大丈夫?」
クシナが頭を撫で、チサヤが引っ張り起こし、リィーリアが頬を拭い、レイが手を握った。
一人で責任を感じるナナギを慰めているのだろうか。
心なしかいつもよりも皆優しい。
「さぁ。それよりもこれからどうするかだな」
立ち上がったナナギが涙を擦ったのを見ると、クシナは真面目な顔つきに戻った。
「何か意見はないか?」
学校の先生よろしく、辺りを見回すクシナにちらほらと手が挙がった。
「じゃあ、チサヤ」
「逃げちまおうぜ」
「あいにく、扉は閉まってるだろうな。シャオロン」
「ネックレスを修理してみては?」
「駄目だ、時間が足りない」
「というか、鎖はほとんど風化していてよ。到底直せる状態ではないわ」
「…次、レイ」
パーティーの中でも、微かに良識の残る二人の意見が却下され、半ば諦めモードに入りながらも、クシナは残る二人に期待を掛ける。
にっこりと、レイは微笑んだ。
隣のクリスも、顔を見合わせると口角を上げる。
どうでもいいですけど、清楚な美少女の不敵な笑みってシュールでもありますね。
「城ごと燃やしちゃうってのは…」
「却下だ却下!!!」
「えー? 何でだよ?」
いい案じゃん。
ぶーぶーとクリスが口を尖らせる。
「じゃあ爆破…」
「なんでそうなる!?」
「おわっ! それいい! 爆破かっけー!」
「よくない!」
珍しく見た目どおりの子供のようにテンションの上がった、クリスの頭をクシナは軽く叩いた。
いや見た目どおりと言っても、美少女が爆破に興味津々ってのもどうかと思うんですけどね。
「…」
しばし、叩かれた頭に触れて黙り込んでいたクリスだったが、にやりと唇を曲げた。
「痛い…っ」
聞いたこともないくらいか細い声でそう言うと、がくりと膝を折る。
何事かと凝視する皆の真ん中で、クリスは上目遣いにクシナを見上げた。
しっかりと大きな瞳に涙を湛えて。
「ひどい…痛いよ…」
うるうるとチワワのように瞳を潤ませながら、クリスはか弱い少女ぶる。
「クシナ…」
そんなに強く叩いたのかと、クリスには同情の、クシナには咎めの視線が集まった。
ただ一人、ナナギを除いては。
さすがにご主人様は違うのか、なお演技を続けるクリスを白けた目で見ている。
むしろ、クシナに同情的なくらいだ。
「クシナちょっとやりすぎたんじゃ…」
「違うよ。クリス嘘泣きだもん」
「あ、てめっ、ナナギ!」
「なに乙女ぶってんのよ、ちょっと美少女だからってズルい!」
「お? 嫉妬か? オレの美貌に」
うっふん。
細い腰に手を当て体をくねらせ、いわゆるセクシーポーズをとるクリスに、ナナギは頬を膨らませる。
「そんなんじゃないもん! 大体あんた男じゃないの!」
「それがどーした。可愛いは正義なんだよ」
気の抜ける喧嘩に呆れを浮かべながら見守っていたメンバーだったが、ナナギの一言にはっとした。
そうだ、クリスは男だった、と。
見た目に騙されてしまったが、彼はれっきとした男だ。
多分同じことをチサヤか誰かがやったら、気持ち悪いと一蹴されて終わりだっただろう。
それを考えると、ある意味クリスの言葉は真理なのかもしれない。
「あー、もうそろそろ二人ともやめろ。それよりこれからどうするか…」
ため息混じりにクシナが仲裁に入った、その時だった。
薄暗い廊下の向こうに、ヒールの響く音がした。
面白いくらいに、揃って顔が青ざめていく。
ナナギに至っては、ほんの数瞬前まで言い争っていたはずのクリスにしがみついている。
「タイムアップよ。見つかった?」
静まり返った部屋に、その声は幾度も反響した。