乙女ちっくです。
チサヤの声に吊られるようにして目を開けたナナギの視界に広がったのは、さらりと揺れる黄金の髪だった。
切羽詰まった状況に反して、優美に流れるその髪に、思わずナナギもぼんやりしてしまう。
黄金と言うよりは太陽みたいな色だな。
ふとそんなことを考えていたナナギがその髪の持ち主がチサヤだと理解したのは、一拍遅れてからだった。
そしてそれから更にもう一拍遅れて、鼻先を擽る柔らかな髪の毛の感触から、チサヤが覆い被さるように自分を抱き締めているのだと気付く。
「え、ええっ!? チサヤ!?」
驚きよりも幾分か困惑のほうが強い声音でナナギは叫んだ。
「黙って腕にでもしがみ付いてろ!」
有無を言わさぬ口調でチサヤは言い放つ。
混乱気味のナナギは言われるがままに、自分の体の前で交差している腕を掴んだ。
それと同時に、チサヤが立ち上がり走りだしたのだろう。
「うわああっ!」
ナナギは抱っこちゃん人形よろしくチサヤにくっついたままその場を離れた。
ドスッ。
直後、鈍い音がして絨毯が裂ける。
勿論床には剣が深々と刺さっている。
そこはまさに今までナナギがいた場所から寸分の狂いもない位置だ。
ほんの一瞬でもチサヤの動きが遅かったなら、あの絨毯のようになっていたのだろう。
「……」
タッチの差での回避に、一同は思わず息を呑む。
クリスに至っては元から白い顔を蒼白にして、両手を血の気が失せるくらいに握り締めていた。
「あ、ありがと…」
「…おぅ」
呆然と呟いたナナギに、チサヤもまだ緊張が抜け切らないのか、小さく頷いた。
固まること数秒。
ナナギははっとした。
こ、この体勢は…!
よく考えてみれば、腕に抱きついたままだし抱き締められたままだ。
もしこれが少女マンガならば、多分点描の一つや二つ付いていてもおかしくない。
そんな恥ずかしい体勢だった。
意識した途端急に羞恥が襲ってきた。
ぐわぁーっと顔を真っ赤にさせて、ナナギは俯く。
「…チサヤ」
「なんだよ?」
どうやらチサヤはまだ気付いていないらしい。
口にするのも少し恥ずかしかったが、いつまでもこの体勢でいることの方が少し上だったので、ナナギはぼそぼそと言った。
「あの、そろそろ離してもらっていい?」
「へ?……!」
言うが早いかチサヤも顔を赤くさせ、光の速さにも劣らぬ程のスピードでナナギから離れた。
「…」
「…」
中途半端に距離の開いた二人の間に、何とも言えない微妙な空気が流れる。
ナナギも可愛らしく頬を染めたりなんかしちゃって、珍しく乙女ちっくです。
「…何この少女マンガ的展開」
その初々オーラを中断させたのは、クリスだった。
周りのメンバーが安堵のため息をつく。
ちょっと見ていられなかったらしい。
しっかり顔に血の気を戻らせたクリスが、いつものけろりとした態度でその魅惑(?)のスペースに歩み寄る。
二人の間に流れる空気を、その華奢な体を持って断ち切ると、にやり笑った。
「青春するのもいーけどな。お二人さん、周りをよーく見てごらん」
「周り?」
こてん、と首をかしげてナナギが辺りを見回す。
同じように目を丸くして見渡したメンバーは、同時に顔を引きつらせた。
「どうやら、トラップはあれ一つじゃねーようだな」
言葉の通り、部屋中の物騒な物は重力引力その他諸々を無視して、天井に集結していた。




