プリンセスルーム!
バァンッ!
重厚そうな見た目の割に、意外とあっさりとドアは開いた。
かなりの力が必要だと思い込んで、クシナが力一杯押したおかげでドアは激しく音を立てる。
「ぜ、全然重くないな…」
拍子抜けしたようなクシナの呟きに、またも緊張感が削がれる。
「よし、んじゃ入るとしますか」
「そうだね~」
「だーかーらー、目玉焼きには醤油だってば」
「いーや、塩が一番だ」
「リィーリア様、目から汁出てますよ」
「…うっ、ぐすっ。出てなくてよ…っ」
何故か目玉焼きの論議に発展したヘタレペアと、何時も通り目から汁を垂れ流すリィーリア。
相変わらずどたばた騒がしく、パーティは進む。
そして
「塩なんて淡白だよ」
「そこがいいんじゃねぇか…」
チサヤの声を遮るように小さく音がして、見かけ倒しなドアが閉まった。
「ふわぁ…綺麗な部屋だね」
きらきらと瞳を輝かせてナナギは惚けたように言った。
豪奢なシャンデリア。
ベロアのカーテン。
天蓋付きのお姫様ベッド。
これぞまさにプリンセスルーム!
とばかりに飾り立てられた部屋は、女の子ならば誰でも目を光らせる程にゴージャスだった。
「確かに、綺麗ではあるけど…」
いつの間にか泣き止んだリィーリアがぽつり、溢す。
躊躇ったように視線を彷徨わせて続けた。
「…何だか息苦しいわ」
深く息を吸い込むリィーリアは、どことなく顔色も悪い。
「そうですね」
「えらく辛気臭い空気だなー」
ふんふんと部屋を物色していたクリスも、肯定の意を示す。
「うん。嫌なオーラだよね」
「…でさぁ、何をどうすんだよ」
若干話がずれ気味になったことに焦れたのか、レイの言葉に被せるようにチサヤが言った。
部屋に入れば何かしら展開があると思ったらしい。
肩をすくめてチサヤは意味なく部屋を歩き回る。
「ねぇクシナ」
同じようにうろちょろしていたナナギが、ふと足を止めて尋ねた。
「お姫様って、剣とか部屋に飾るもの?」
「剣? 何かあったのか?」
「いやね、何か所々壁とか床に剣が落ちてるなーって」
ナナギの言葉に、クシナは辺りを見回す。
言う通り、部屋の至るところに物騒にも鋭く光る剣が飾られている。
年頃のお姫様が置くには、いささか不穏すぎるインテリアだ。
「何か意味あるのかなー…」
興味本意に、ナナギはひょいと手を伸ばす。
それを見たクリスが、顔をしかめて声をあげた。
「ば…っ。不用意に触るな…!」
「…え?」
時すでに遅し。
クリスの静止を命ずる声に首を傾げたナナギの小さな手の平は、微かに銀の剣に触れていた。
「つ…っ」
瞬間、ナナギは指先に痺れるような強い痛みを感じ、慌てて手を引っ込めた。
じくじくと痛む指先からは、一筋の赤い線。
その傷に驚く間もなく、次の異変が起こる。
触れた剣が何かに引き寄せられるように小さく震えると、勢いをつけて天井に向かって跳ね上がった。
「ひゃああっ!」
何が起きているのか飲み込めず、思わずその場にへたり込んでしまうナナギ。
そのまま、剣先から発せられる光に縫い止められたように硬直した。
嫌な予感がする。
意志を持ったように動きだした危険物が取る行動といえば、映画や本ではお馴染みだろう。
「ナナギっ!」
クシナの声がした。
「いいいいいっ!!!」
相も変わらずまた訳の分からない、全く可愛くない悲鳴を上げて、ナナギは尻餅をついたまま青くなった。
どうしようどうしようどうしよう。
その五文字だけが頭を音速で駆け巡り、ナナギは目を固く塞いだ。
さよなら皆さん。
ナナギが心の中で主人公らしからぬ諦めの速さで別れの挨拶を呟いたその時、
「目開けてろ馬鹿ナナギ!」
チサヤの声がした。