乙女の欠片
「終わったー…? えっ、ひゃっなになに!?」
角を曲がると同時に誰かの手で視界を覆われ、ナナギは声を上げた。
焦ってその手を引き剥がそうとするが、思いの外力が強くどうにもならない。
「ぎゃあああっ! クリスゥッ! クリスウゥッ!」
「馬鹿。俺だよ俺!」
慌てふためいてクリスの名を連呼するナナギの頭をもう片方の手で叩いて、チサヤは名乗った。
途端、ナナギはぴたりと抵抗をやめる。
「え? チサヤ?」
「そ」
「な、何してるの?」
理解不能な突然の行動に、ナナギは目を塞がれたまま首を傾げた。
「あー、見ないほうがいいと思うけど…」
「なにそれ、どういう意味」
「うわ。こりゃすげーな。消滅追い付いてないじゃん」
と、ナナギの後ろからひょっこり顔を出したクリスがさも楽しげに言った。
本当に怖くないらしい。
クリスの言葉に、ナナギはまたも硬直する。
「クリス。もしかしてそこにいるのって…」
恐る恐る聞いてみる。
「あ? 見るも無残なお化…」
「ぎゃあああぁぁっ!」
案の定というか何というか、ナナギは全く可愛らしくない叫び声を上げた。
せめて、『いやーっ』とか『きゃーっ』ぐらいにしときましょうよ。
乙女の欠片もないです。
一通り叫び終わると、ナナギは自分の目を押さえているチサヤの手を掴んだ。
「っ!?」
「ちょっとチサヤ! お願いだから離れないでっ!」
「はい」
お願いと言うよりかは、命令と言ったほうが正しい剣幕でナナギはまくし立てる。
「…って、いつまでこのままでいるつもりだよ!」
「ううっ。だってー」
「いい加減覚悟決めろって。腕が痺れんだよ」
「あ、あとちょっと! ていうか、ならなんで最初に隠したのよ」
「あれはいきなり見たらびびると思って…」
ごにょごにょとチサヤは呟く。
どうやら、深い意味はなかったらしい。
「…良ければ私の背中でもお貸ししましょうか?」
「へ?」
「見たくないなら、背中に顔を押しつけて下さって構いませんが?」
シャオロンの申し出に、ナナギは顔を綻ばせた。
「本当!?」
「ええ」
「ありがとう! シャオロン!」
明るく言うと、ナナギは目を閉じたままシャオロンの背中に飛び付いた。
どうやら翼はしまっているようで、人間の背中と変わりはなかった。
「ちょっとシャオロン、わたくしにはそんな親切したことなくてよ」
リィーリアが横で不服そうに声を漏らす。
それに対し、シャオロンは黒そうな笑みを浮かべた。
あーあー、毒舌攻撃のフラグ立っちゃいましたよ。
「それは申し訳ありません。しかし、貴女がか弱い女性らしく怯えてる姿は記憶にないのですが…?」
「んまぁっ! それはわたくしが図太いと言うの!? 大体怯えたことくらいあってよ!」
「まさか。怯えていても、保護欲をそそられないだけです」
「シャオロン~っ!」
ぎゃあぎゃあとお決まりの口論を始めた二人に、周りのメンバーはまたかとばかりに肩を竦めた。
「…なんだよ」
そんななか、チサヤは一人憮然とした表情で小さく溢し、少し頬を膨らませた。
「つーかさー、ナナギが目閉じてりゃいいって何で気付かないかなー」
クリスの尤もな呟きに気づいた者は、残念ながらこのパーティにはいなかった。