自覚がおありですか?
烈火が辺りを包み込み、一瞬にして目の前の魔物が消し飛んだ。
「大丈夫? 一応きっかり三分だったんだけど」
炎の創者であるレイは軽やかに銀髪を揺らして、首をかしげた。
右手には細身のロッド。
華奢で簡素なそれは、今しがた熱炎を発したとは思えないほど冷たく光っている。
「あーあー、無様にしりもちついちゃって」
悪態をつきながらも、チサヤはクシナに手を差し出した。
走って来てくれたらしい。
額にはうっすらと汗が浮かび、ナナギと繋いでいたはずの手も離れている。
「好きでついたんじゃない」
返しながらチサヤの手を借り、クシナは立ち上がった。
軽く服に着いた埃を払って、もう一度大剣を構え直す。
まだ終わってないのだ。
レイの魔法で倒したのは、クシナの前にいた数匹だけだ。
後ろにはまだ控えがいる。
「皆、手伝ってくれるか?」
数分後、夥しい数いたはずの魔物は跡形もなく消え去っていた。
一人ではあれ程てこずったというのに…。
レイとリィーリアの魔法、チサヤの銃を後援にしたクシナ、シャオロンの前衛は、見事なものだった。
特に元から戦闘スキルが高く、実戦経験も豊富なシャオロンのサポートはまさに圧巻そのもので、的確な補助にクシナは安心して剣をふるうことが出来た。
状況判断もそつなくこなし、それを元にメンバーへの指示を仰ぐ。
片親の魔物は、よほど戦闘に優れた種族だったのかもしれない。
「さすがだな、シャオロン。とても助かったよ」
「いえ。クシナの戦闘センスが良かったおかげで、かなり捗りました」
「そんなことない。シャオロンは強いんだな」
ストレートな誉め言葉に、シャオロンは微かに顔を赤くしてはにかんだ。
あまり誉められたことがなかったのだろう。
珍しく感情を顕にしたシャオロンに、隣で乱れた髪を整えていたリィーリアが驚いたように言った。
「まあっ! シャオロンが照れるなんて百年ぶりくらいに見たわ。いつも仏頂面で、本当喜怒哀楽がないのよ」
「なくて結構です。あまり表情を変えていると、皺が出来ますから」
「なんですって!? ちょっとシャオロン! わたくしはまだ皺なんかはなくってよ!」
「…誰もリィーリア様の事などとは申していませんよ。自覚がおありですか?」
「なっ、ないわよ!」
ふぅん、と意味ありげに頷いてシャオロンは会話をやめた。
悔しそうにリィーリアは地団駄を踏みかけ、そういえば、と声音を変えた。
「ナナギとクリスはどこにいて? 見当たらないけど…」
「あぁ、待機」
「待機?」
間髪入れずに返ってきた答えに、リィーリアはまた首をかしげる。
「あいつお化け苦手だって言ってただろ。嫌な予感してたから」
「そう。気が利くのね。確かにこれ見たら卒倒しかねないわ」
ふんわりと破顔してリィーリアはチサヤを覗き込んだ。
「…別に。倒れられたらこっちが迷惑だし」
リィーリアの視線から逃れるように、不自然に体をよじらせてチサヤはそっぽを向いた。
憮然とした表情にほのかに朱が走っているのは、阿呆な年増とは言えど絶世の美女に微笑まれたからなのか、それとも別の理由からなのかは定かではない。