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たった百八十秒

「…っ!」

踵を返し、角を曲がった瞬間クシナは自分の甘さを呪った。

駄目だ。

そう思ったときにはもう遅くて、クシナは観念したように振り返ることをやめた。

刹那後ろにあったはずの角、すなわち壁がぐにゃりと歪み、とおせんぼするかのごとく後ろを阻んだ。

逃げ道はない。

助けも呼べない。

遠くから微かに響きだした咆哮に、クシナは覚悟を決めた。

それなら…。

「やるしかない」

三分、三分持ち堪えればナナギ達が来てくれるだろう。

壁の異変にも気付き、どうにかしてくれるはずだ。

たった百八十秒。

されどたった一人の百八十秒。

クシナは大剣の柄を固く握り締めると、目前まで迫る魔物に向かって大きく振りかぶった。




数は、到底数えられる程ではないが優に五十は超えているだろう。

それらはナナギが懸念した通りの姿形をしていて、もし彼女が此処にいたら、違わず絶叫しただろうとクシナはひそかに思った。

そのグロテスクさは、見慣れい者としてはやはりかなり辛いものがある。

片目が飛び出て、腐敗した腕で器用に武器を操るゾンビらしきもの。

黄ばんだ古い包帯で体をがんじがらめにされたミイラ男は、包帯の隙間から濁った瞳が覗いている。

骸骨もいれば、甲冑男もいる。

下手なお化け屋敷よりもよっぽど怖い。

本当にナナギがいなくてよかったと僅かに安堵して、クシナは今度こそ表情を引き締める。

気付けばその魔物達は目の前にいた。

振り落とされる武器は剣だろうか。

いなすようにしてかわし、伸びた腕の間から大剣で切り付ける。

ゾンビが倒れるその間に、誰がどんな武器を持っているかを確認する。

ゾンビが剣、ミイラ男が棍棒、甲冑男は勿論剣、骸骨は…自分の骨らしき物を振り回している。

飛び道具はない、とひとまず安心してからクシナは二番手、懐に飛び込んできたミイラ男の棍棒を力任せに払い落としてそのままの勢いで大剣をふるった。

一度切り捨てれば、あっさりと消滅してくれる。

一人一人の実力はそこまで高くないようだ。

そう高を括ったのがいけなかった。

クシナの迷いのない剣捌きに、魔物達は一瞬怯んだようだったが同時に今度は、五匹程がかたまって襲い掛かってきた。

「っ!?」

嘘だろ!

その言葉は金属音に掻き消された。

耳に痛いその音と共に、クシナは半歩下がる。

一番近いものから、確実に。

弾いては突き、避けては裂き。

日頃の鍛練のおかげか、どうにか五匹共倒すことが出来た。

「よ、良かった…」

ため息をついたのもつかの間、クシナは目を見張った。

膝をついて何もかも投げ出してしまいたくなる。

躍り出てきたのは、十匹の魔物だった。

思わず愕然としてしまい、慌てて剣を構え直す。

諦めるな、まだ。

自分を奮い立たせて、しっかりと魔物を見据える。

一匹、剣を跳ねとばした。二匹、棍棒は避けた。

三匹、力一杯刃を叩きつけた。

あぁ、腕が痛い。

畜生魔物め。

無駄に頑丈な皮膚しやがって。

四匹、剣を喉に突き付けた。

五匹、危ない剣が当たりそうだった。

六匹、切っ先が頬を掠めた。

鋭い痛みが走り、生暖かい雫が肌を撫でた。

七匹目を相手にする前に、クシナは顔を歪めた。

空間に魔法も掛かっているのかもしれない。

体力の消耗が激しい。

たった三分が、こんなに長いなんて。

疲れを吐息に変えて吐き出して、クシナは瞬いた。

同時に、何かが振り上げられる音。

やばい。

本能的に感じる。

無意識に飛びずさろうとして、クシナはがくりと腰から落ちた。

力が…入らない。

見上げれば、スローモーションに銀の輝きを放つ刄が自分目がけて降ってきている。

腕も足もびくともしない。

クシナは眉をひそめ、刄を見つめた。

死ぬ。

これまでだ。

どうせなら、一発で決めてくれ。

後に引かない方が嬉しい。

なんとも不毛なことを考えながら、クシナは唇を引き結ぶ。

全てを覚悟し、目を固く閉じた。




「穢れた存在よ。清き紅蓮に燃え尽くされろ」

静かな呟きが聞こえた。

目蓋の裏が明るくなり、真横を熱風が通り過ぎていく。

そっと、クシナははしばみ色の瞳を覗かせた。

笑みが零れる。

目の前にいるであろう彼らに何と言おうか?

信じてた。

そう口にするには、まだ日が浅すぎるだろう。

でも、

「少し期待してた」

これくらいなら、いいんじゃないか?


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