引き際と自分の力量
「なんか、音がしないか?」
歩くのを再開して、少し経った頃クシナがふと足を止めた。
釣られて後続の皆も立ち止まる。
「言われてみれば…」
「ん。微かだがするな」
「な、何の音がしてるの!?」
同調するシャオロンとクリスに、ナナギは小さく首をかしげた。
幽霊じゃありませんように幽霊じゃありませんように…。
心の声が見事にだだ漏れだ。
クリスにもそれが伝わったのか、彼はにやりと口角を上げる。
「さぁーな? ゾンビかな、ミイラかな~」
「ひいいぃぃっ!!!」
まだクリスの予測の段階だというのに、ナナギは顔を思い切り引きつらせた。
またそれを面白そうに眺めながら、クリスは声を上げる。
「ゴスロリ、ナナギからかうのやめろよな」
「お? なんだ正義の味方気取りか?」
「ちっげぇよ! 俺の手が痣だらけになるっつってんだ!」
確かに、ナナギが怯える度に繋いでいる手にめいっぱい力を込めていた。
だからと言って、所詮はナナギの力だ。
痛いとは思ってもさすがに痣までは出来ないだろう。
明らかな嘘に、クリスは目を細めた。
「ほー。…だとよ? ナナギ」
「う」
クリスの問いかけに、ナナギが決まり悪げに苦笑した。
それから隣のチサヤを見上げる。
「…離した方がいい?」
子犬のように縋るような瞳に、チサヤが少したじろぐ。
「べっ、別にもういい!」
ちくしょーゴスロリ、覚えてやがれ!
口パクで悪態をついてから、チサヤはふんっとそっぽを向いた。
「…緊張感の欠けらもないな」
ぼそっとクシナが呟く。
仰る通り。
「こんなのでいいのか?」
クシナはぶつぶつ悩んだ後、まぁいいかと気を取り直した。
徐々にこのお気楽メンバーに懐柔されつつある。
唯一の常識人である彼まで変人になってしまったら、果たしてこのパーティはどうなってしまうのだろうか…?
「よし。俺が様子を見てくるから、みんなはここで待っててくれ」
そんな一抹の不安を残しながらも、クシナはリーダーらしくそう言って、皆の顔を見回した。
「一人で大丈夫かしら?」
ふとリィーリアは心配そうに声を上げる。
「大丈夫だよ。これでも、一応冒険者一家だからね」
「そーそ。引き際と自分の力量は心得てんだよ」
安心させるように笑ったクシナの言葉にチサヤが続け、二人は顔を合わせてまた笑った。
「そう? なら…気を付けてね」
「リィーリア様にしては珍しく、気の利いたことをおっしゃいますね」
控えめに手を振ったリィーリアに、シャオロンが目を丸くする。
一体シャオロンの中でリィーリアはどういう存在なのだろうか。
「まあっ! シャオロンはまたそんな事言って!」
「事実ですから」
まさに悪びれないの図。
憤慨するリィーリアにシャオロンは飄々と言ってのけ、形のよい唇を三日月にした。
「あー…。じゃあチサヤ」
「なに?」
「行ってくるけど、何か怪しいものがあったら戻ってくるからそれまで動くなよ。あと、五分…いや三分経っても俺が帰ってこなかったら、こっちに来てくれるか?」
「はいはい。オーケーオーケー」
言わなくても分かってる、とばかりにチサヤは両手を顔の前で振った。
「そうか。じゃあ、また後で」
「気を付けてねーっ!」
ナナギの声に押されるように、クシナは身を翻して闇に消えていった。