俺が今許可する
永遠とも呼べる長い沈黙を最初に破ったのは、轟いた爆発音だった。
弾けるような響きと共に、茶色い飛沫が散る。
「進まなきゃ」
小さくてもよく通る声でレイが言った。
先ほどの爆発も彼の魔法だろう。
右手に杖を掲げ、薄く微笑む。
しかし体は震え、目尻が淡く光っている。
恐らく、行動を起こすのにはかなりの葛藤があったのだろう。
「行こう?」
その言葉に、一人また一人と頷いて前を見据えていった。
「すまない。レイ、皆の分も頼んでいいか?」
目を伏せたまま、クシナが呟く。
自分以外の粘土がどうなったのかは分からない。
ただの球のままに見えた。
だからか、レイは迷いなく杖を向けて一つ一つ破壊していく。
その表情に、自らの粘土を爆発させた時のような強ばりは見られない。
「終わったよ」
そう言ったときには、確かに一つ残らず消え去っていた。
「んじゃ、ま行きますか」
「ええ。ご苦労だったわ、レイ」
「リィーリア様、お手を」
「驚いたな…」
「さっさともう行こうぜ…。ナナギ…?」
もう一度手を差し出しかけて、チサヤが目を丸くした。
それから、今度はそれを見開く。
二三度瞬いたのちに、チサヤは小さく息を付くとクシナの耳に顔を寄せた。
「悪い。すぐ追い付くから、先行ってくれるか?」
チサヤの頼みに、訝しげに首を傾げたクシナだったが、幼なじみということもあって、信頼はしているのだろう。
軽く頷くと、持ち前のリーダーシップを存分に発揮して残るメンバーを促した。
「どーしたんだよ」
五人の足音が微かにも聞こえなくなると、チサヤはしゃがみこみナナギと目線を合わせた。
憮然とした表情ではあるが、それが不器用故であることくらい分かっていた。
それでもナナギは語ろうとはしない。
床に手を付き、少し前屈みに正座をしている。
今にも崩れそうに不安定ではあるが、決して揺らぐことはない。
代わりに、その瞳は雫を浮かべ光っていた。
「言いたくなきゃ言いたくないでいいけどさ。そのままであいつらに顔合わせるとか言わねぇよな」
「チサヤ…チサヤは何が見えた?」
「は?」
予想とは違った反応に、チサヤは眉を上げた。
「あー、んー…。…魔物」
「魔物?」
「ちょっとしたトラウマってやつだよ。だっせぇの~。未だ引きずってんだよなー」
「ださくなんかない!」
突然、ナナギが声を荒げた。
その剣幕に、一瞬チサヤは怯む。
それを見て、慌てたようにナナギは口をつぐんでまた黙り込んだ。
ナナギを訝しげに眺めながらも、チサヤは続けた。
「別にそんな深刻な話じゃねぇんだよ。昔好きになったやつが、魔物でしかもおっさんだったってだけ。…それだけなんだよ」
嘘。
ほとんど直感的にナナギは感じたが、口には出さない。
口出ししたところで、否定されるのが関の山だろう。
「ほんと、くだらねぇだろ? 少なくとも、お前に比べたら」
黙っているナナギの茜の髪を、困ったような苦笑を浮かべてチサヤは一房掬った。
何をするでもなく、ただその柔らかな感触を確かめるように触れている。
そんな仕草が余計に胸に来た。
「くだらなくなんかないもん…。人の思い出にくだらないことなんて一個もないもん…」
俯いたまま呟けば、重力に耐え切れなくなった雫が零れ落ちた。
「見たくなかった…」
懇願するように言葉を紡ぐ。
チサヤも一転、表情を引き締めた。
「会いたかったよ。これは本当だよ。だけど、だけど…まだ今は会いたくなかったの」
「うん」
「まだ駄目なの。まだ吹っ切れてない。悪者になりきれてない……。心のどこかでまだ期待してる、あたしだけが悪かったんじゃないなんて思ってる! あたしは泣いちゃダメな人なのに…泣きたくなる。もっと一緒にいたかったなんて思っちゃう!」
その言葉に、チサヤはナナギの顔を掴んで正面を向かせた。
しっかりと顔を合わせる。
「馬鹿! 泣くのは自由なんだよ! 誰に何言われたか知んねぇけどさ、指図されてんじゃねぇよ」
「でも…っ」
「でももへったくれもあるか! よし、分かった。なら俺が今許可する。お前は泣いてよし! ほら、泣け!」
無茶苦茶すぎる。
理由も知らないくせに…。
内心唇を噛み締めようとするが、それよりも安堵の思いの方が少し大きかった。
次第に視界が歪み、唇が震える。
濡れていく頬に、自分がどんな顔をしているか想像できて、情けなくなる。
落ちた雫は、乾いた床に吸い込まれた。
「…お前の過去は知らねぇよ。無理に聞き出そうなんて思ってねぇ。でもよ、そーだな。たまにならまた肩貸してやる。だから…、泣きたくなったら俺に言え。泣くななんて言わねぇからよ」
照れているのか、がしがしと髪を掻き毟る音がする。
それに密かに笑みを零しながらナナギは口を動かした。
「ねえ、チサヤ?」
不思議と声は、ぶれることも嗚咽が交じることもなかった。
それに自分で驚きながら、ナナギは続ける。
「なんだよ」
「また。手、繋いでてくれる?」
しゃあねぇなあ。
そう言うかのようにチサヤは肩を竦めた。
「別にお前のためじゃ、ないからな」
微妙にツンデレな台詞を吐きながら、チサヤはそっとナナギの手を包み込んだ。
こんにちは。
なんか、うわ~!な展開でした。
キーワードに恋愛と入れておきながら、少しも甘い会話とかがなかったのでたまには、と思い歯が浮く思いで書きました。
ナナギを慰めるのは当初シャオロン君だったんですけど、なんかチサヤがでしゃばってきました。
ツンデレのくせに…!
はい。
しょうもない後書きでしたね。
では。
瑞夏