願ったのは再会
薄汚れた床が一度波を打つ。
思わずその衝撃にふらつきながら、一同は目を丸くした。
床は一瞬動きを止めたのち、今度は沸騰した湯のようにぼこぼこと泡立つかのごとく、うねる。
「な、な、な、なんなの!?」
「わ、分からない! と、とりあえず気を付けろ!」
無意識にチサヤの手を掴む力を強めながら、ナナギは尻餅を付く。
当たり前のように巻き添えをくらったチサヤが、不満そうに眉をひそめた。
「魔物かしら?」
「恐らく。もしくはトラップの一種かと」
「どっちにしても、平和的じゃねーな」
平静を保ったまま会話をするのは、翼もしくは浮遊の力を持つ三人だ。
床から離れているのだから、大地が揺れようが捻ろうが全く関係ない。
リィーリアに至っては、呑気に欠伸などしながら下界の様子を見ている。
「ずるいっ! クリス! あたしも助けてよー!」
「それは無理な話ってやつだな。オレよりスリムになってから出直して来るんだな」
「ムカーッ! ちょっと! それどーゆう意味よ!」
「言葉のまんま」
ふふん、と華奢な肢体を見せ付けるように腕組みするクリスに、ナナギは声にならない怒りを露にする。
脅しを含んだ瞳で睨むも、いかんせん尻餅を付いたままなので迫力がない。
「ふ、ふんだ。男のくせにゴスロリが似合うなんて、ちっとも自慢にならないんだからね」
「好きでゴスロリ着てんじゃねーよ!」
ナナギの苦し紛れの言葉に、クリスは予想外にも声を荒げてきた。
気にしていたらしい。
クリスの態度に強気になったナナギは揺れる床からどうにか腰を離し、悠然と仁王立ちをした。
「やっぱ男は男らしくなくっちゃ。フリフリのスカート着て喜んでるようじゃ、まだまだ…」
「そこまでにしてくれるか? ナナギ、クリス」
「…クシナ」
割って入ったクシナに、ナナギは若干不平を漏らしかけるが、そうもいかなくなったようだ。
次の瞬間動いていた床が色を変え、そして球を形取って跳ねた。
球が生まれては宙に浮かぶ。
七個程出来ただろうか。
息を呑んで展開を待つ七人の目の前で、それは形をまた変えた。
ぐにゃぐにゃと、まるで粘土を捏ねるように歪み伸びして、少しずつ完成に近づいていく。
「これ……」
ナナギが小さく零した。
他の人も、声こそ出さないものの、目を見開く。
バサリ、と翼のはためく音が止まり、飛んでいた三人が地に落ちた。
ナナギとチサヤの手が離れる。
いつのまにか球は、意味を持たない粘土玉から、それぞれの見覚えのある物になっていた。
せっかく立ち上がったのに、ナナギはまた座り込む。
力なく首を振り、逃げるように目を閉じ、それでももう一度開く。
背けたくても、背けられない。
何度も願ったのは再会ではなく、忘却。
見たくなかった。
会いたくなかった。
忘れてしまいたかった。
胸をよぎるたびに、渦巻くのは絶望と罪悪だけだから。
「父さん、母さん……」
震える声で、ナナギは呟いた。