酒は飲んでも呑まれるな
桜の間。
セルフィオネの宿屋の中で、一番いい部屋とされている。
今日の客は、魔物を町から追い返してくれた勇者様ご一行だ。
始めは何ランクか下の部屋を貸していたのだが、感謝の意を込め、この部屋に移ってもらった。
さて、そんな桜の間に入って万人が、現在最初に思うであろうことはただひとつ…。
酒臭い。
これに尽きる。
つい数時間前は、本当にいるのかと疑いたくなるほど、怖いくらい静かだったこの部屋なのに、きんとした女の声が響くと共に、そこは宴会場と化した。
それでは少し、中の様子を見てみようと思う。
「きゃっはっはっ!クシナ真っ赤っ赤なの~っ!」
けたたましい笑い声をあげ、クシナを指差すのは今日大活躍のナナギ。
そう言う自分も真っ赤である。
「うっうっ。どうせ俺はトマト顔だよー…っく」
指差された我らがリーダークシナ。
どうやら泣き上戸のようだ。
先ほどから飲んでは誰に言うでもなく、ぶちぶちと一人愚痴を言っている。
まぁ、気苦労多そうですよね。
「ひゃはははは。まものがなんら! おりゃあゆうしゃさまだぞうっ!」
呂律の上手く回ってないのはチサヤで、酒瓶を振り回して暴れている。
この人は酒乱の気があるようだ。
「………」
無言で空になったグラスに酒を注いでシャオロンは、一気に飲み干す。
しかもそれ、アルコール度数25のブランデーなんですけど…。
無言なところが余計に怖い。
据わった目は何故か畳を睨み付けている。
リィーリアの宣言で酒を飲み始めて早数時間。
貰った酒が強いものばかりだったせいもあるのだろうが、呑まれていないのは最早クリスとレイだけだ。
「ジジイに付き合ってがばがば飲んでたからな。多少は強いぜ?」
そう言いながら瓶ごと酒を煽るゴスロリの美少女。
何だかカオスな感じがする。
でも、確かに本人が言うとおり白い顔には、朱ひとつ見られず言動もはっきりしている。
「へぇ。僕は初めて飲んだんだ。けっこう美味しいね」
「…初めてでこれかよ。末恐ろしいガキだな」
「見た目はクリスの方が年下だよ」
にこっ、と笑ってみせるレイにクリスは苦笑を浮かべた。
万引き発言といい、今の状態といい、レイ最強説がクリスの中で確立しつつある。
「何でもいいが、初めてなら加減はしろよ? 明日が怖いぜ」
ふ・つ・か・よ・い、と一文字一文字区切りながら言って、クリスはまた酒を含んだ。
さらさらと揺れる髪は妖艶で、幼いということを差し引いても、十分に色を感じる。
まぁ、外見こんなでも中身男ですからね。
「どうせ皆そうなるでしょ? なら構わないよ」
「まぁーな。出発は延期だな」
けらけらと陽気に声を上げるクリス。
強いとはいえ、やはりテンションは上がっているらしい。
「ていうか、言い出しっぺの年増が最初に潰れるってどうなんだ」
年増ことリィーリアは、最初の一杯で呑まれ、二杯で壊れ、三杯目で酔いつぶれた。
弱いにも程がある。
他のメンバーは、呑まれてはいるが一応まだ意識はあるのに。
「年増って、それリィーリアのこと?」
「ん? ああ、名前覚えるの面倒臭いからな。イメージで呼ぶことにしてんだ」
「ふーん。他の人はどんなの?」
興味が湧いたらしく、レイはクリスの顔を覗き込んだ。
「そうだな。…小娘、ガキ、苦労人、毒舌男、ってところだな」
言いながら、それぞれを指差す。
「僕は?」
「お前は……」
尋ねられて、クリスはレイをちらりと見た。
それから、口角を上げる。
「魔王だな」
クリスの言葉に、レイは少し目を丸くして二三度瞬いたのちに、ふわりと笑んだ。
「なにそれー?」
「イメージだよ、イメージ。さ、まだいけるんだろ? ほら飲むぞー!」
夜は長い。
明日の頭痛を考えると眉が下がるが、まだ飲み足りない。
そっと頷きながら、クリスはまた酒を注ぐ。
『酒は飲んでも呑まれるな? ばーか。呑まれるほど飲まなきゃ漢じゃねぇな! おら、お前もまだ飲め!』
ずっと昔を思い出しながら、クリスはまた喉を動かした。
…うっかり口癖、引き継いちまったな。
こんにちは。
椎名です。
えっと、今回の話でセルフィオネ編完結でございます!
さて、次の話はどんなのにするか・・・。
行き当たりばったりなので、まったく考えてませんよ~。
では、また明日。
瑞夏