またの名を
不思議な色合いの長い髪は、実体化すると透けるように薄い水色だと分かった。生意気に吊り上がった大きな瞳は、不機嫌な気持ちを表している。
「へぇー。女みたいな奴だな」
じろじろと遠慮なくクリスを眺めながら、チサヤが感心したように呟いた。
「オレは正真正銘男だよ! 勘違いすんな、ばーか」
「な…っ」
その言葉に苛立ちを隠せず、クリスは細い眉をひそめた。
「この子が、その扇の精霊なのね?」
そう言って、リィーリアは長い髪を掻き上げた。
視線の先には、忘れ去られたように地面に転がされている扇がある。
「うん。そうみたいー」
慌てて扇を拾いながら、ナナギはそれをぎゅっと握り締めた。
「クリスがいなかったら、あたしもシャオロンも多分ここにいなかったんだよ。だから、感謝しなきゃだねー」
「…使いこなせたナナギも凄いんじゃないですか?」
興味なさげにシャオロンが言う。
彼はクリスが実体化した姿にも特に興味はないらしく、先程までまだ鼻を啜っていたリィーリアを宥めていた。
宥めていたというよりも、毒舌で追い打ちをかけていただけのような気もするが。
「そういえば。この扇貰っていいのかな」
「さぁ。どうなんだろう。カウンターに代金を置いていくか」
答えながら、クシナはきょろきょろとレジを探す。
だが、それらしいものは見当たらず、ただどこまでも薄暗い空間が広がるばかりだ。
「置いていっても、出ていけって言ったから、ルラ帰ってこないよ、多分」
「そうか…」
泣きながら去っていきましたからね。
自分は魔物のくせに、お化けは怖いんでしょうか?
「どうするかな」
困ったようにため息をつくクシナに、レイはにこりと笑った。
「代金は、また会ったときに渡せばいいよ。会わなかったら、縁が無かったって事で。なんだったら、他の商品もそうしようか」
「レイ、それって……」
「またの名を、万引きとも言うね」
いい笑顔です。
清々しいほど爽やかな笑顔で、仮にも勇者である彼が絶対口にしてはいけないことを、レイはあっさりと言ってのける。
「でも、そうするしかないと思いますよ?」
ここでシャオロンもレイに同調してきた。
これは手強い。
「だ、駄目だ。勇者が法に触れるなんて…」
「ルラは私達(主にナナギ)を殺すつもりだったんですよ。これは立派な殺人未遂です。だから、むしろこれは慰謝料の代わりなんですよ」
「そう考えるのが妥当だね」
「だ、だが…」
「クシナは何ですか? 犯罪者を庇うのですか?」
「そういうつもりじゃ…」
口籠もるクシナの隣で、レイが手を叩いた。
「じゃあ、決まりだね。さ、とっとと宿屋に戻ろうよ。町の人にも教えてあげなきゃ」
「いなくなった人達、みんな戻ってるといいね」
大丈夫かな、と心配そうに呟いたナナギに、リィーリアは笑った。
「戻ってるはずよ。今この町にはわたくしとシャオロンの魔力しか感じられないもの。支配する力が消えれば、自然と呪は解けるわ」
いつになくまともな事を言うリィーリアに、ナナギは目を丸くする。
「…リィーリアさん、ちゃんとしたことも言えたんだー」
「え?」
「だな、俺も少し感心した」
「あらあら?」
「ふーん。ま、確かに役にはたったな」
「ちょっと?」
「すごいよ、リィーリア」
「あの?」
「伊達に数百年生きた年増だけありますね」
「年増!?」
当たり前のことを言っただけなのに、皆手放しでリィーリアを褒め称える。
「お前の評価、どれだけ低いんだよ…」
ぽつりと溢したクリスの言葉は、的確にリィーリアの急所を突いていた。




