オレの全ては扇の主に
『いいか。オレの言うとおりにしろ』
「う、うん!」
ゴスロリの美少女の凄味は、何だか微妙な迫力がある。
迫力に気圧され、ナナギは何度も頷いた。
『ったく、こんな小娘に何でオレがー…』
「クリス! 来た、来たよぉ!」
やがてゆっくりと動きだした魔物に、ナナギはパニックになる。
「ひいぃーっ!」
『ちょ………』
「うわっ!」
クリスにしがみ付こうとして、ズシャーッ、とナナギは地面に滑り込んだ。
うつ伏せに倒れたナナギを、クリスが呆れたような目で見る。
『…馬鹿か、お前』
「いたいー…。クリス透けてたんだねー…」
『当たり前だろ。オレは精霊だからな』
もう、今日はこけてばっかり!
とナナギは憤慨するが、残念ながら全て自分のせいだ。
『いつまでも寝てんなよ。…来るぜ?』
嘲ったようなクリスの笑みに、ナナギは無言で起き上がる。
パンパンッと服についた土埃を払い落とし、ナナギは扇を構えた。
「準備オッケーです!」
ナナギの宣言と同時に、魔物の動きが早まった。
『念じろ』
「はぁ?」
突然の言葉足らずな命令に、思わずナナギは眉をひそめた。
意味が分からない、そう言いたげな視線をクリスに送る。
『…オレが自分の意思で出来ることは、数少ないんだ。不本意ながら、オレの全ては扇の主に委ねられてる……』
何故か、そう説明するクリスは哀しげで、ぞっとする程綺麗だ。
「クリ…」
『だから、お前がしっかりしてくれないと、どうしようもないんだよ』
「わ、分かった」
こくり、とまた頷きナナギは拳を固める。
『そうだな…』
呟き、クリスは値踏みをするように迫り来る魔物達を眺め回した。
『…雑魚か』
「え。雑魚?」
クリスの言葉に、ナナギは顔をしかめる。
『なんだよ、文句あるのか? 小娘のくせに』
「……」
どう考えても、見た目はそっちの方が年下じゃん!
あえて言わないが。
『こんな雑魚共に大技決めてやる義理はない。小娘、目を閉じろ』
「は、はい」
『扇をしっかり持て』
「こう?」
言われるままに、ナナギは目を閉じ扇をぎゅっと握り締めた。
『次が大事だ。イメージしろ。風が渦巻き、暴れる様を』
「風が渦………難しいね」
『あれだよ、台風。ハリケーン?』
クリスが指をくるくると回す。
「えと…えと…。あ、多分出来た!」
『んじゃ、最後。復唱しろよ?』
「らじゃ」
『あー、今日は略したの教えてやるよ。普段はこれで十分だ。しっかり覚えろよ? ……我、玻璃扇の主也。我の想いを汲み取り、示されよ……はい』
「えーっと…我、玻璃扇の、主…也。我の……想いを? 汲み取り…示され…」
『イメージ忘れんなよ!』
「…よ!」
ナナギの声が響き渡った。
『よし、扇を振れっ!』
「はいっ!」
思い切り扇を振り抜く。
先刻とは違い、身体中を風が吹き抜けるような感覚にナナギは襲われた。
ギュウンッ、と風が巻き起こる。
『目、開けていいぞ』
クリスの声にナナギがそっと目を開いた。
「…っ」
そして、息を呑む。
渦を巻き、風が辺りをおおっていた。
中心部にちらちらと見え隠れするのは、深紅の布で。気付けば傍にクリスはいない。
「う、そ………」
力が入らず、腰が抜けそうになる自分を叱咤しながら、ナナギは光景を目に焼き付ける。
迫ってきていた無数の魔物は、いつのまにか一匹もいなくなっていた。
『何ぼけっとしてんだ?』
しゅるしゅると、少しずつ力を失っていくつむじ風を惚けたように眺めるナナギに、クリスが声を掛けた。
「え、あ…」
『ん?』
その声に、慌てて振り向いたナナギの瞳に映ったのは、前髪一つ乱さずに先ほどと全く変わらない様子で立っているクリスだった。
『なんだ』
「いや、今のあたしがやったの?」
ナナギの問いに、クリスは数秒黙った後ぷっと吹き出した。
『小娘、お前自分の力に驚いたのかよ』
「そ、そういうわけじゃないけど…」
『そーだよ、お前がやったんだ』
くすくすと笑いながら、クリスはナナギの頭を掻き回した。
「ひゃあっ。何すんのよ」
髪崩れるじゃない、と眉を上げるナナギを面白そうに見る。
『気に入った。お前に仕えてやるよ、小娘』
「あたしの名前は小娘じゃなくって、ナナギ」
『ただし、条件がある』
「無視ですかー?」
『オレを置いて、いなくなるな。これだけは、絶対守れよ、小娘』
ナナギの言うことを丸無視して、クリスは勝手に約束を取り付ける。
「分かったわよ~。それは守るから、しっかり仕えなさいよ? じゃじゃ馬ちゃん」
先ほどの光景を皮肉ったつもりだったのだが、予想以上に効き目があったらしい。
クリスはぴくりとこめかみを動かし、眉をひそめた。
『オレ、男なんだけど…?』
「……えぇっ!?」
こんにちは。
椎名です。
ナナギちゃん頑張りますね~。
クリスに言われながら頑張っています!
では。
感想いただけるとうれしいです。
瑞夏