全世界の勇者様方
ナナギ・グローラ様
この度はおめでとうございます。
貴方様のことを、国をあげてバックアップさせて頂きます。
さて、今回は各国で選抜されました勇者の皆様との顔合わせが行われます故、参加をお願いしたく願います。
それでは貴殿のますますのご発展をお祈りします。
アヴェロン国勇者委員会
筋肉だるま。
よぼよぼ熟年魔法使い。
グラマラスな妖艶美女。
まさに、十人十色を実感する場だ。
友好共和を結んだ、全36ヶ国から一名ずつ選ばれた勇者の面々は、超個性的な面々だった。
偶然、ナナギの瞳に映ったのは透き通った海の色の目を持った細身の少年だった。
目が合うと、彼は優しげに笑い、丁寧に礼をしてきた。
慌ててナナギもお辞儀を返し、苦笑いでその場を去る。
知らない人は、どうも苦手なのだ。
「うう。…誰も知らない」
当たり前のことを恨めしげに、呟きながらアヴェロン国勇者こと、ナナギは硝子のテーブルに並べられた、アンティークなグラスを手に取った。
薄い赤紫の液体は、ぷつぷつと発泡していて、甘い香りを放っている。
ラズベリーソーダ。
「美味しそ」
薔薇色の透き通ったそのグラスは、ナナギの着ている白いカジュアルドレスによく映えていた。
このドレスは、ナナギが気に入っているもので、フリルと小さな花模様がふんだんにあしらわれた、可愛らしいデザインだ。
こくり、とグラスを傾け、ナナギは細い喉を上下させる。
刺激のある飲み心地に、胸がすかっとした。
その瞬間、ナナギは背中に衝撃を感じた。
「……ぶふっ」
バシャリ。
グラスが揺れて、ラズベリーソーダが波打ち、零れる。
その雫は純白のドレスに、染みを付けた。
「ぎゃっ…あああ!?」
「あ。ヤベ」
悲痛な叫びに被って、小さく焦ったような声がした。
「あ、あっ、あなた!」
どもりながら勢い良く振り向いたナナギの目に入ったのは、二人の少年だった。
一人は背の低い、金髪。
もう一人は長身で焦げ茶色の髪をしている。
どちらも、道を歩けば幾人もの女性達を引き付けるような顔立ちをしていた。
「悪ぃ、ちょっとぶつかった」
「チサヤ。誠意が感じられないぞ」
確かに。
へらへらしながら頭を下げられても、全く真実味が感じられない。
ナナギは眉をひそめた。
「あなた、謝り方も知らないの?」
「は? なんだこの女…」
チサヤと呼ばれた少年が、顔をしかめる。
どうやら、こちらも負けず嫌いらしい。
「見なさい、この染み。これ、洗っても落ちないんだから!」
「あー、そうかよ。どうもすんませんでしたねぇ」
「だからねー!!!」
「チサヤ…」
憤慨するナナギを見て、隣にいた少年が、チサヤを嗜める。
「ちょっとクシナは黙ってろ!」
「てゆうか、クリーニング代出しなさいよーっ!」
「はっ。給仕係が出しゃばってんじゃねぇよ」
「給仕係ぃ!? 誰のことよ、それ!」
「おまえ以外に、誰がいるかよ」
「失礼ね! あたしは、アヴェロン国の勇者よ!」
「「勇者!?」」
二人の声が、重なった。
礼儀の正しい少年の方も、さすがにナナギが勇者だとは思っていなかったようだ。
その反応に、少なからずいらっとしたのか、ナナギは白い額に青筋を浮かべた。
「なーによぉ」
「勇者……しかもアヴェロン国の……」
呆然とする、クシナ。
それもそうだろう。
アヴェロン国は、友好共和を結んだ国の中でも、一二を争う大国なのだ。
「そんな大国の勇者が、よりにもよってこんな小娘なのか、って?」
ぷくっ、と小さな頬を膨らませナナギはそっぽを向いた。
そんなこと、人に言われなくたって分かってる。
一番訳が分からないのは、あたしなのに…。
「ふぅん。おまえ、何か特技とかあんのかよ?」
「特技?」
「そ。例えばこいつ…クシナは剣を持たせたら、右に出る者なんていないし」
「オレよりすごい奴は、いっぱいいるよ」
「謙遜は、今はいらないっつの。…で、俺は自分で言うのもなんだけど、銃なら百発百中だな」
そう言って、チサヤはズボンに掛かったホルスターから、短銃を抜くと、くるくる指で回してみせた。
ナナギは、少し俯く。
「おまえの体じゃ、力は無さそうだよな。んじゃ、魔法か? もしくは…んー、妖精使いとか」
「…魔法なんか使えない。…妖精なんか見えたことないよ」
「は? じゃあ何が出来るん……」
「チサヤ。アナウンスが始まった」
ナナギの様子を察したのだろうか。
クシナがチサヤの声を遮った。
チサヤも、今度は反発することなく素直に従う。
『全世界の勇者様方。これから、皆様には魔物を倒す旅に出てもらうわけですが、一人では厳しいとのことで、四人一組のパーティを組んでいただくことになりました。しいては、ご入場の際に配られました、パンフレットの一番最後のページに、パーティの名前が書かれていますので、その四人でお集まり下さい』
有無を言わせる間もなく、アナウンスは早口で告げた。
しばし静まった会場だったが、はっとしたように、各々パンフレットを確認しだした。
惚けたように口を開けていたナナギも、置いてかれまいと、慌ててパンフレットを捲る。
「お! ナーイスっ! クシナ一緒だな」
一足早くそのページを見つけたチサヤが、嬉々とした声をあげた。
「えー、あとは…レイズン・シャーロン。もう一人は女かな…ナナギ・グローラ…」
ぴくん、とナナギの耳が動いた。
そんな様子は気にも止めず、チサヤはナナギのパンフレットを覗き込んで言った。
「よぉ。おまえに迷惑掛けられる不幸な奴は、誰だった?」
にやにやするチサヤを、ナナギは睨み付けながら、震える指で指した。
「あんたよ……」
「はっ?」
「ナナギ・グローラは、このあたしよ!」
どうも、こんばんわ。
椎名です。
ヘタレシリーズ第二話です。
明日は、ちょっと場面が変わって魔物世界のお話を書きます。
別に暗い話ではないです!
女王様な魔物と、その部下(?)の人間と魔物のハーフの男の子のお話です。
次話も、読んでいただければ、幸いです。
瑞夏