悲鳴時々謝罪の言葉
「え、うそっ! シャオロン!?」
どさりと音を立てて地に伏したシャオロンに、ナナギは声を上げた。
「きゃふっ。効果バツグーン」
愛らしくルラが笑う。
ころころとしたその声色は、魅力的でひどく艶めかしい。
リィーリアとはまた別の、違った色香にナナギはごくりと唾を飲み込んだ。
「シャオロンに、何したの?」
擦れた言葉に、迫力は微塵も感じられない。
それでも、これはナナギの精一杯の脅しだった。
「やっだぁ、まさかただの水だとでも思ってた?」
そう言って、またルラは可笑しそうに笑う。
耳につくその甲高い声に、ナナギは顔をしかめた。
「ふふふぅ。大丈夫だよ? 死んだりしないもん。目が覚めたら、ルラの下僕になってるだけ~」
「だけ~、ってそれ結構困る!」
拳を固めて猛然とナナギは抗議する。
「あはっ。あなたの事情なんて、関係ないもぉん」
「あるから! シャオロン起こしてよ!」
「だーかーらぁ、そのうち起きるってばー」
「でも、その時はあなたの下僕になってるんでしょ!?」
「んもうっ、煩いなー…」
引き下がるナナギに、ルラの表情が一変した。
ぞっとするほど冷たい視線をナナギに向ける。
背筋の凍るその瞳に、ナナギはヘタレ全開で、ひっと縮こまった。
「ルラ、女には興味ないしー。ウザイしー。邪魔だなー」
あからさまな嫌悪の表情に、ナナギは引きつる。
足元には、依然意識を失ったままのシャオロンがいるのだ。
ルラの言葉が本当のことならば、目を覚まされても困るが。
状況は圧倒的に不利。
「まぁ? あなたみたいなひよっ子ちゃん、ルラが相手する迄もないから?」
やたらと語尾を上げながらそう言って、ルラはぱちりと指を鳴らした。
ルラの姿が闇に掻き消える。
「ちょっと、待ちなさいよ!」
消えた方向に向かってナナギが叫ぶ。
もう一度、闇の奥から指の鳴る音がした。
どこからともなく聞こえてきた咆哮に、ナナギはぴたりと動きを止めると、礼儀正しく頭を下げた。
「ごめんなさい。待ってください」
「急がねぇと!」
「分かってる! シャオロンはともかく、ナナギはまだ戦い方も知らないのに…」
不安げにクシナが眉を寄せた。
万が一何かあったら、果たして対処できるのだろうか。
「……無理だろうな」
ご名答。
只今ナナギさん、ヘタレ発動中ですよ。
「あーもーっ! 早く行くぞ!」
いらいらとチサヤが声を荒げ、歩速を速める。
「無事でいてくれよー…」
クシナが祈るように呟いた。
思った以上に、部屋は広かった。
走っても走っても端に辿り着くことはない。
これが吉なのか凶なのか、まだナナギには分からなかった。
魔物が現れた後、ナナギは迷わず戦略的撤退を選んだ。
もちろん、シャオロンを置いていくことは出来ず、抱えたまま、駆け出したのだ。
火事場の馬鹿力。
まさにそうとしか言い様のない、パワーだった。
ごくごく普通の少女が、一人の少年を抱えて走るのは、常識的に難しい。
童顔だけど、シャオロンは立派な男だ。
「きゃーっ! いやーっ! ごめんなさーいっ!」
それでも、ナナギは走っていた。
悲鳴時々謝罪の言葉を叫びながら。
ずるずると、シャオロンのズボンの裾が擦り切れていってるのはご愛嬌だ。
「も……やだぁっ!!!」
こんにちは。
椎名です。
・・・後書きすることがないですね。
なら書かなきゃいいなんて言わないでっ。
はい。
では、また。
感想いただけると嬉しいです。
瑞夏