夕陽のせい
「あれ…? 皆いない…」
ごしごしと目を擦りながら、ゆっくりとレイは起き上がった。
いつの間に眠っていたのだろう。
気付けば陽は傾きかけている。
ナナギの髪に似てるなー、なんて考えながら、レイは体を起こした。
「皆行っちゃったのかなー?」
呟きながら、辺りを見渡す。
と、先ほどまでの彼と同じように気持ちよさそうに眠る、一人の女が目に入った。
瞼を閉じていても、その女の美しさは匂い立つように気高く、妖艶だ。
「………ハサハ…」
小さく名を呼び、慌てたように口を押さえる。
今、何と言った?
血の気が引いていく。
まさか、まさか。
この女性とは、似ても似つかない彼女の名を呼んでしまうなんて。
華奢な体も。
甘い香りも。
雪のように輝く真っ白な、長い髪も。
エメラルドのような、翠の大きな瞳も。
こんなに鮮明に覚えている。
思い出すたびに胸が高鳴り、同時に涙が零れそうになる。
そっと、レイは額に埋め込まれた翠の宝石に触れた。
『…許さないから。私は貴方を……許さない』
最期にそう言って、この宝石を彼女は遺した。
最期の最期に、それを言わせたのは、この自分。
鏡を見るたびに、記憶が駆け巡る。
辛くて、苦しい。
この宝石は、自分にかせられた重い重い十字架。
甘く優しく、自分を縛る枷。
「レイ?」
ぎゅっと唇を噛み締めたレイに、控えめな声が聞こえてきた。
「どうかして? ああ、それよりシャオロンは何処に行ったのかしら」
上品に首をかしげながら、リィーリアはレイを見た。
「こんなところで寝たせいで肩が凝ってよ。ちょっとシャオロン! 何処!? 肩を揉んでよ!」
ヒステリックに叫び始めたリィーリアに、レイは苦笑を浮かべた。
「皆出かけたみたいだよ」
「えっ? シャオロンも?」
「みたいだよ」
心底驚いたように目を見開き、リィーリアは声を上げた。
そして目を伏せる。
「…そう」
「リィーリア?」
「喜ばなくてはね」
にっこー、とリィーリアは満面の笑みを顔に浮かべて、言った。
「シャオロンはいい子なのよ。わたくしの傍にいなければ、きっと幸せになれるのに…」
「それは、違うと思うけど?」
レイは、間髪入れずに疑問形で返す。
「リィーリア達がどういう関係かは知らないけど、別にシャオロンが不幸には、僕には見えないよ」
柔らかな銀髪が揺れた。
優美なその仕草は、老若男女問わず魅了して止まないだろう。
そして、それは魔物とて例外ではない。
「そ、そう?」
微かに頬を赤くしながら、リィーリアは顔を背ける。
「どうしたの? 顔が赤い……」
「ゆっ、夕陽のせいではなくて!?」
顔を覗き込まれ、苦し紛れにリィーリアはそうまくし立てる。
「ふぅん。まぁ、元気になったみたいだけど」
そう、レイが不思議そうに眉をひそめた瞬間、控えめに戸を叩く音がした。
「お、お入り!」
びくりと肩を跳ねさせた後、リィーリアはいつもの高慢ちきな声色でそう言った。
ナイスタイミング!
表情がそう語っている。
「申し訳ありません。少しご忠告しておきたいことがありまして…」
現れたのは、受付にいたはずの若い女将だった。
たおやかな黒髪といい、影のある顔立ちといい、艶を人間にしたような女性だ。
そんな女将の言葉に、レイが目を丸くした。
「忠告?」
「はい、最近町人が度々行方知らずになっておりまして。それが、どうやら越してきたばかりの少女の仕業ではないかと噂になっています。ですので、その少女の傍には近寄らないほうが……」
「肝心の、その少女の住み家はどこですの?」
珍しくリィーリアがまともなことを口にした。
人には有り得ない、壮絶な美しさを持つリィーリアに、女将は一瞬息を呑んだが、すぐにまた微笑を浮かべた。
「それは………」
『町外れの装備屋です』
こんにちは。
椎名です。
皆さんサンタさんにプレゼント貰いましたか?
私も、一応もらえました。
で、今回の話もまったくクリスマス関係なし!
な感じのお話です・・・。
ちょっと暗くなっちゃうかな~と思ったんですけど、レイ君の過去についてです~。
昨日のチサヤ君の過去は、なんか軽い感じがしましたけどね~。
あ、それと。
宣伝っぽくなっちゃうんですけど、クリスマスの企画で短編を書きました~。
もし良かったら、読んでもらえると嬉しいなー、なんて。
すみません、厚かましくって・・・。
では。
瑞夏